第18話「静けさの中の告白(エコーチェンバー島:カナリア区)」
陽翔が、これまで誰にも明かさなかった事実を、蓮にそっと打ち明ける。
カナリア区の中庭で交わされる、柔らかな会話と微かな本音。
二人の距離がまた一歩、確かに近づいていく──。
午後の柔らかな陽射しが、中庭に差し込んでいた。
木々の葉がさらさらと音を立て、時折吹く風が草花をくすぐるように通り抜けていく。
空は薄く透けるような水色で、遠くで鳥のさえずりが控えめに響いた。
カナリア区特有の“静けさ”には、どこか現実味のない膜がかかっているようにも感じられた。
蓮は芝生に腰を下ろし、雲を見上げていた。彼の視線は揺れる雲の流れを追いながら、どこか遠くを見つめているようだった。
隣に、少し遅れて陽翔がそっと座る。体を寄せるでもなく、微妙な距離感のまま。二人の間に流れる空気は、言葉にならない感情をはらんでいた。
「ここ、風が気持ちいいっすよね」
蓮が笑顔でそう言うと、陽翔も小さく頷いた。
しばらく、二人の間には静けさが流れた。蓮は無理に話題を作ろうとしない。
陽翔の沈黙が、何かを言い出そうとしていることに気づいていたからだ。
陽翔は少しだけ視線を落とし、やがて静かに口を開いた。
「蓮……ちょっと、話があるんだ」
「はい。なんすか?」
「鈴木さん覚えてる?」
「たまーに巡回に来てる人ですよね?」
「そうそう。実は……俺と鈴木さん兄弟なんだ」
言葉が落ちた瞬間、空気がわずかに張り詰めた。
蓮は一瞬だけ驚いた表情を見せたが、すぐに口元を緩めた。
「やっぱ、そうっすよね」
「え……?」
「顔、似てるって思ってたんすよ。雰囲気もどことなく。あ、でも言えない事情があるのかなって。推しの陽翔さんから直接聞けて、嬉しいっす」
その言葉に、陽翔は思わず吹き出しそうになった。
蓮は、いつもの調子で、まるで何のわだかまりもないように微笑んでいる。
「……蓮には、隠したくなかった」
「打ち明けてくれて、ありがとうございます。ほんとに」
蓮は、そう言ってそっと隣に寄った。
「こっちに来てから、誰にも話したことなかった。兄弟ってバレたら、色々面倒になりそうでさ……」
「わかりますよ。俺、ちゃんと黙ってます。兄弟って言われて、なんか凄く納得しましたし」
陽翔の表情が少し和らぐ。心の奥で張り詰めていたものが、ゆっくりとほぐれていくのを感じた。
「鈴木って名字、本名なんだ。下の名前は同じ。“鳳凰”は芸名でさ。
週刊誌に勝手な記事書かれて、逃げるように兄貴に相談したら、アプリ【チャットILS】のこと教えてくれて……それで気づいたら、この島に来てた」
「陽翔さんも同じアプリ経由なんすね。すげー、俺たちが出会ったの運命じゃないっすか(笑)」
「いや、ほんとにな(笑) ここで蓮に出会えたし、わけあってこの島のことを調べたいって気持ちもあって……今は来て良かったって思ってる」
蓮は静かに頷いた。少し空を仰ぎ、目を細める。
「俺の方こそ、陽翔さんに出会えてよかった。
あんな彼女と別れてよかったし、今じゃ浮気してくれてありがとうって思ってるくらい(笑)」
陽翔は笑いながら、少し照れたように視線を落とす。
「蓮はさ、なんで俺に懐いてくれたの?」
「……え、今さらっすか?」
蓮は笑いながらも、真剣なまなざしで陽翔を見た。
「陽翔さん、ちゃんと話してくれるじゃないですか。俺のことも、周りのことも。自分の言葉で話そうとしてくれる。
それに、俺の話もたくさん聞いてくれる。
そういう人、ここには あんまりいないんすよ。みんな穏やかで、優しいけど……なんか、自分から人に踏み込まない」
陽翔は、その言葉に思わず黙り込んだ。まさにそれが、この島の空気だった。
誰もが波風立てず、関係を深めようとしない。“もう人と関わらなくていい”という安息と引き換えに、熱を手放していた。
「俺、多分……まだ、人とちゃんと繋がりたいって思ってるんですよね」
「……俺も、かもな」
陽翔は、小さく息を吐いた。
蓮と話すたびに、自分の中に残っていた“何かを信じたい気持ち”が、少しずつ蘇っていくのを感じる。
蓮は、少しだけ顔を曇らせて陽翔の方を見て言った。
「……あのとき、鈴木さんに変なこと言ってなかったかなって……ちょっと不安で……」
「何言ったんだ(笑)」
「陽翔さんに似てるって言ったら、よく言われるって……あと、陽翔さんは俺の推しだって(笑)」
「多分、笑ってるわ(笑) 仕事中に癒されただろうな」
「そうなら、いいんですけど……」
「大丈夫だから気にすんな」
陽翔の口元が緩んだ。
この島に来る前の自分には、考えられないような会話だった。誰かと“信頼し合っている”という実感。それが、今確かにここにある。
「……蓮」
「はい?」
「ありがとな」
──
その日の夕暮れ。中庭のベンチには、もう誰もいなかった。
空は、淡い茜色に染まりはじめていた。
草の香り、風の温度、余韻のような沈黙。
それら全てが、二人の間に確かにあった時間をそっと包み込んでいた。
静けさの中に残るのは、彼らの言葉の余韻と、これからの未来への小さな期待だけだった。
この時間が、二人にとってどれほど大切かは、誰にも言葉で表せない何かが伝わっていた。
それはまるで、静かな湖面に映るゆらぎのように、心に深く刻まれていった。
そして、やがて日は沈み、夜の帳が静かに街を包み込むのだった。
貴重な時間を割いて読んでいただき、ありがとうございました!




