第17話「足元への支援 後編(島外:アクシスタワー・ヴェリタス)」
一人の母親が追い詰められた出来事をきっかけに、新たな「支援のカタチ」が模索されていく。
最先端の技術と理想を掲げた人工島プロジェクト。
だが、その構想に向けられるまなざしの中には、静かに疑問を投げかける者もいた。
本当にそれは、「誰もが助かる」仕組みなのか。
“支援の名を借りた隔離”ではないのか。
会議の席で交わされる議論は、制度の限界を超えようとする意志と、その裏でこぼれ落ちる声とが交錯する。
「助けて」が責められない社会のために。
カナリア担当の鈴木が、問いを投げかける。
「鈴木と申します。率直に申し上げて、私は この人工島プロジェクトに強い疑念を抱いています。“なぜ島なのか”という問いに、私たちは誠実に向き合うべきです。支援を届けるだけなら、陸地で既存の資源を活かしてできるはずです」
推進派の代表が答える。
「島だからこそ、専門スタッフを集中させ、AIの支援も最大限に活かせる。環境を整えることで、質の高い支援が可能になるのです」
鈴木は、すかさず返す。
「理想論です。実際には、医療的ケア児や介護者を“社会の目”から切り離して、都合よく管理するための“装置”になってはいないか。『支援』の名を借りた“隔離”ではありませんか?」
別の声が挟む。
「今の制度では限界があるんです。孤立してしまった家庭が、どれだけあるか分かりますか?」
鈴木は、視線を鋭くしながら言う。
「制度の限界を理由に、人を“社会から遠ざける”。それは支える側の論理です。
本当に必要なのは、地域全体で支え合う仕組みの強化です。
“見えない場所”に送り出すという発想そのものが、私は間違っていると思います」
推進派が再び言う。
「AIや遠隔ケアで孤立させない設計にしているつもりです」
鈴木は、警告するように口調を強めた。
「AIによる“見守り”が、いつの間にか“監視”にすり替わる。『安心』の代わりに、自由や人間らしさを奪う構図が生まれないとは言い切れない。“助け合い”のつもりが、“隔てる”ことになってはいけないんです」
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鈴木は、さらに一歩踏み込んだ。
「そもそも、おかしいと思いませんか?
AIや遠隔ケアが“有効”で、“孤立を防げる設計”だと胸を張って言えるなら──なぜ、“島に行く必要がある”んですか?
その支援こそ、本来なら家庭や地域にこそ、最初に届けるべきものでしょう」
会議室に、空気の張り詰めた静けさが戻る。
推進派の代表が、少し口ごもった。
「それは……島の方が、技術の導入やスタッフ配置が、効率的に行えるからです。
限られたリソースを集中させれば、より質の高い支援が実現できます」
鈴木は、即座に切り返す。
「つまり“支援を届ける”のではなく、“支援がある場所に人を運ぶ”。
効率のために、暮らしの側を移動させているということですね。
それが本当に“支援”ですか? 制度の都合に、生活を合わせろという発想じゃないですか?」
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別のメンバーが割って入る。
「でも、在宅支援には限界があるんです。どこまでAIで見られるか、夜間に対応できる人材の確保だって──」
鈴木は、言葉を重ねた。
「それは分かります。でも、だからこそ、島で“試す”のではなく、足元の制度をまず広げるべきです。
AIも人材もあるのに、なぜそれを“島に行った人”にだけ与えるのか。
それではまるで──『支援を得たいなら、家族を引き離せ』と社会が言っているようなものです」
鈴木は静かに付け加える。
「……おそらく、同じような境遇の人と出会えたことで、ようやく“自分だけじゃなかった”と救われた気持ちになる方もいるのかもしれません。
孤立の中で、それがどれほどの救いになるか──私も理解しているつもりです」
だが、と続けた。
「それでもやはり、支援を“島に行くことの対価”として与える構造は、おかしい。
誰かと繋がれる場所を、あえて“離れた場所”にしか用意しないのは、“孤独”を前提とした支援の在り方です」
鈴木の声が落ち着くと、誰も言葉を返せなかった。
一瞬、誰かが小さく息を呑んだ音が、マイク越しに響いた。
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推進派の代表は苦い表情で言った。
「……でも、今この状況で“全ての家庭に”同じレベルの支援を提供するのは、非現実的です。
まずはモデルケースとして、限定的に始めるしか──」
鈴木は静かに遮った。
「その“非現実的”という言葉で、これまでどれだけの家庭が切り捨てられてきたか。
“できるところから”という枠組みが、結果的に『できない人を見捨てる口実』になってはいないか。
あなたたちは“支援”だと思っている。でもそれは、“選ばれた人しか助けられない構造”そのものなんです」
反論が続く。
「希望者だけが利用する制度です。強制ではありません」
鈴木は冷静に問いかけた。
「それでは、島に行かなかった人たちは?
離島で暮らすには、仕事を辞めなきゃならない人もいる。
学校に通う兄弟がいたら、全員連れて行くのか?
介護する親がいたら、その人を置いていけるのか?
それでも“自由に選べる制度”って言えますか?」
「……もちろん、島に行かない人への支援も並行して考えています」
「“考えています”では遅い。今この瞬間も、誰かが限界を迎えかけている。選べるかどうかではなく、支援が“特権”になってしまう構造そのものが問題です」
沈黙が、数秒の間、会議室を満たした。
鈴木は言った。
「“できることから”という言葉で、どれだけ多くの人が“置いてけぼり”にされてきたか。
今、あなたが“島”を動かしている間にも、別の誰かが静かに限界を超えるかもしれない。
そして、また『たった一度の判断』で犯罪者にされるんです」
視線を受け止めながら、鈴木は言葉を締めくくった。
「私たちに本当に必要なのは、“モデルケース”ではなく、“足元への支援”です」
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その夜、鈴木は受話器をそっと手に取った。
「推進派に対して、あれだけはっきり言える人はお前だけだ。よく頑張ったな」
電話越しに届く声に、鈴木は少しだけ肩の力を抜き、ほっとしたように微笑んだ。
貴重な時間を割いて読んでいただき、ありがとうございました!




