第10話「再生の兆し―エレボス島で見つけた灯―」
社会復帰は終着点ではなく、新たな挑戦の始まり。
長期にわたる引きこもりや無職期間を経て、若者から中高年まで幅広い年齢層が、段階的な支援を受けながら社会復帰を目指している。
そんな彼らの一人がSNSに綴った言葉は、同じ悩みを抱える多くの人々の心に静かに届き、連鎖を生み出していく──。
「この度、無事に就職が決まりました。エレボス島での支援に感謝しています。本当にありがとうございました。」
──そのSNS投稿は、プロフィール画像もアイコンも風景画のまま。
本名や顔は明かさず、本文も静かに淡々と綴られていた。
それでも言葉の一つ一つが、読み手の胸にじんわりと染み渡るようだった。
投稿者は、エレボス島で数年間を過ごした青年。無職期間も長く、生きた心地のしない時間もたくさん過ごしたが、自らの意思で島に渡り、制度に沿って少しずつ自立の道を歩んできた“回復者”だった。
画面越しに見えるその笑顔に、スローダウン群:エレボス島の担当官・福富は目を細めた。キャリア官僚として制度設計にも携わってきた彼女にとって、この青年のようなケースは数少ない「確かな手応え」だった。
とはいえ、感傷に浸る暇などない。福富は投稿に付いたリプライを丹念に読みながら、冷静に分析を始めていた。
「私もずっと家に引きこもってる。少しだけ希望が見えた」
「申請のやり方、調べてみようと思う」
「“話しかけてほしい”って気持ち、よくわかる」
──これらは、ナッジの間接効果として重要な観察対象だ。制度の周知はメディアよりも、こうした“自然な拡散”の方が効果的な場合が多い。
「彼が自分の言葉で語ったこと、それ自体が最大の“成果”です」
福富は、同僚にそう話したことがある。彼のような“変化を見せられる当事者”の発信力は、制度設計では再現しきれない生の説得力を持つ。
もちろん、課題もある。
SNSという場は、ときに過剰な期待や過剰な共感を生む。実際、この投稿が話題になると「働けたんだから、もう支援は必要ないよね」といった冷笑的なコメントも混ざり始めた。
福富は、それを見逃さなかった。
「“支援=甘やかし”という見方をまだ多くの人がしているのよね……」
彼女は静かに、しかし確かな怒りを込めて呟いた。
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エレボス島では現在、「実習寮制度」が段階的に導入されている。青年も、そのプログラムを通じて社会復帰を果たした一人だ。
ステージ1:寮生活と行動スコアの記録。
ステージ2:限定的な外出と短時間の社会接触。
ステージ3:本格的な復帰計画と帰還申請。
「段階制」にしたのは、再び失敗させないためだ。
一足飛びに“普通の生活”に戻ると、周囲とのギャップに苦しみ、心が折れる。小さくても段階を踏み、“自分の足で立つ”実感を重ねていく。それがこの制度の中核にある。
「AIだけでは支援できない、“揺らぎ”の部分にこそ、人間の仕事が残っている」
福富は、何度もそう語ってきた。
彼と直接話したことはないが、最初に「誰とも話さない」と記録された週報も、「小声で“おはよう”と言った」と添えられた報告も、すべて目を通してきた。
島の寮で撮影された行動ログには、黙々と皿を洗う姿や、洗濯物を畳む手元も映っていた。
AIでは測れない“変化の気配”──それを拾うのが、彼女たち中間担当官の役割だ。
「こういう小さな変化を、ちゃんと“前進”と呼んでいいんです」
福富は、以前そう同僚に言ったことがある。
寄り添いすぎれば判断を誤る。突き放せば何も伝わらない。
官僚としての立場と、一人の人間としての感情──そのバランスを、彼女は日々の中で模索している。
現場の職員や担当者は、この青年の変化をリアルタイムで感じていた。最初は誰とも話さず、視線すら合わせなかった彼が、ある日、食堂で職員に小さな声で「ありがとう」と言ったという報告書がある。
「その日、現場の空気が変わった」と寮スタッフが書いていた。
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そして今、青年は こう綴っていた。
「SNSでバズってるって、職場の人が言ってました。まさか自分の投稿だとは思ってないみたいです。ちょっとホッとしました」
──きっと、バレていないという保証はない。でも、それでも彼は言葉にした。
「誰かが、“自分もやってみようかな”って思えるきっかけになれたなら、こんな嬉しいことはありません」
その投稿の最後には、あの日の寮の風景が添えられていた。夕方、うっすらとオレンジに染まった廊下の写真。誰もいない、けれど確かに誰かが生きていた気配の残る一枚だった。
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「よく、ここまで来たわね。
ただ、SNSでバズるのは良いことばかりではない。もし身バレした場合、本人の負担や周囲の目も増える。そこをどうマネジメントしていくか、これからの課題だ」
福富は、小さな声でそう呟いた。目の前の端末には、青年の支援履歴と現在の勤務先情報が並んでいる。
復帰先は、島で行っていた作業と近い業種だった。もしかすると、あの作業の中に、彼が“得意になれるもの”の芽を見つけたのかもしれない。
福富は報告書を一つ閉じた。島の支援は「終わり」ではない。むしろ、「次の一歩」の始まりなのだ。
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投稿を見た別の若者が、面談を予約したという報告もすでに上がっている。
社会の中で孤立する人々が、少しずつ自ら動き出している。
静かな連鎖──それが、エレボス島の本当の役割かもしれない。
福富は そう思いながら、次の申請者の名前を画面に表示させた。
貴重な時間を割いて読んでいただき、ありがとうございました!




