10分後
10分後、僕たちはドーベルマンに囲まれていた。
12345,全部で5匹いる。
門から堂々と入ったのに、僕たちを最初に出迎えたのはドーベルマンだった。
ウウウ~ウウウ~
僕たちを見て、うなっている。
屋敷は塀に囲まれ、その内側には高い木が植えてあり、中の様子はわからないようになっている。門の中に入ると、まずちょっとした森のような木が生い茂っているエリアがあり、真ん中に小道があった。車が入る門は、また別にあるのかもしれなかった。
その小道の真ん中で、僕とトビオと情報屋、そしてサラリーマンの町田さんの4人は、オブジェみたいに体を寄せ合って、ドーベルマンと向き合っていた。
間近で見るドーベルマンの歯は鋭く尖っていて、恐ろしかった。どうしても自分が噛みつかれる場面を想像してしまい、足がすくんでしまう。
ウウウ~ウウウ~
少しでも目を離したら、今にも嚙みつかれそうだった。
ドーベルマンの黒くツヤツヤと輝いている短い毛を見ながら、いいもの食べてそうだとか、どうでもいいことを考えてしまう。
僕たちは、お互いに誰かの陰に隠れようと、もがいていた。
「あのお、、武道の心得がある方が、どうぞお先に」
「関係ない、人間以外無理」
人は緊急事態になると言葉も無礼になる。
トビオが町田さんの腕をつかんで
「ほーれ、ボンレスハムだよ」
とドーベルマンに言っている。なんて奴だ。
「大丈夫だよ!僕たちは怪しくないよ、」
と僕も犬たちをなだめてみたが、どう考えても僕たちは怪しかった。
「そうだ!怪しい順に並ぼう。」
「誰が一番怪しいんだよ。」
「僕が一番怪しくないです。」
ウウウ~オワン!
ひ~!犬に吠えられて、僕たちは一瞬にしてトーテムポールのごとくコンパクトサイズになった。
「僕が犬語を話してみる。」
またトビオが訳の分からない事を言った。
「そんなん、無理に決まっているだろ!」
「いつも話しかけている。」
そういえば、そうだった。
トビオの奇行は犬にまで及んでいた。
ウウウ~ウウウ~
犬がうなる。
ううう~ううう~
トビオがうなる。
ゴゴゴ、キュルキュル、、ンゴゴゴゴゴオ~
お腹が鳴る
「わんっ!」
突如トビオが吠えると、弾けるようにドーベルマンが襲い掛かってきた。
失敗だ。
トビオが矢のごとく逃げていく。
僕も1匹のドーベルマンに襲われ、訳がわからない。
犬の荒い息遣いが間近に聞こえたかと思ったら、服の袖をガッチリ噛まれて、ぶんぶん振り回された。僕はされるがままに、あっちにヨロヨロこっちにヨロヨロとなり、完全に人間としての尊厳を失っていた。
その時だ。
急にドーベルマンの動きが止まった。
耳を澄ませているようだ。
と同時に僕たちの周りから引き揚げていった。
何があったのか知らないが、助かったようだ。
僕は犬に襲われたショックで、しばらく座り込んでいたが、
「み、皆さん、大丈夫ですかぁ?」
という町田さんの声で、我に返り、やっと立ち上がった。
「僕はなんとか大丈夫です。」
僕がそう言うと、情報屋も無事だったようで手をあげて合図をしていた。
「良かった、、はあ~」
町田さんも、よほど怖かったのか、小刻みに震えている手を僕に見せて苦笑いした。
「トビオは?」
トビオの姿が見当たらない。
「どこまで逃げたのでしょうか」
町田さんも心配してくれている。無事だといいが・・。
そこへ
「申し訳ございません。大丈夫ですかー!」
と言いながら、小道を歩いてくる人影が見えた。
僕が情報屋に視線を送ると、彼は返事するようにと僕に向かって、頷いた。
「はーい、大丈夫です。」
と言いながら僕たちも声のする方へ行くと、男の人が歩いてきた。男はハンチング帽をかぶっており、一目で上質な素材とわかる上着を着ていた。首に笛のようなものをぶら下げている。
「申し訳ない、私の犬たちが失礼なことをした。ケガはなかったでしょうか。」
男は歯切れ良い口調でそう言い、僕たちを観察するかのように見回した。
「ええ、ケガは幸いありませんでした、大丈夫です。」
僕がそう言うと
「服がひどいことになっていますね。大変申し訳ございませんでした。弁償いたします。さ、こちらへ」
と言いながら案内してくれた。
「今日は、彼らの自由時間が少し長くなってしまってね。私もすぐに気づいて呼び戻せればよかったのだが、大変申し訳なかった。」
彼らとは、ドーベルマンのことだろう。男は詫びながらも、高圧的な姿勢が崩れることはなかった。
「あの!もうひと・・・」
僕がトビオの事を言おうとしたら、袖をグイっと引っ張られた。情報屋が無言で首を横に振っていた。トビオの事は言わないでおいた方がいいという事だろうか・・。
「何でしょうか?」
僕は男に聞かれ、
「ああ、いえ、広いお庭ですね!もうひと踏ん張りしなきゃ、ハハハ」
と言って、ごまかした。
「ありがとうございます。私は自然が好きなものでね、森林は気持ちがいい。でもほら、もう着きました。出口ですよ!」
森の小道を出ると、そこには開けた風景が広がっていた。