お笑い芸人
「どうも~!右脳こと、宇野君です!」
「左脳こと、佐野君です。」
「2人あわせて脳民です!よろしくお願いいたします!」
「いやあ~!私はね!名前の通り右脳が発達しておりますものでね!五感が人並外れております!」
「なるほど、五感が!」
「そうです!五感が良すぎて悪寒がして振り向くとおかんがいた!ぎょえっ!」
「だじゃれかっ!」
「ノンノンノン!駄洒落じゃないよ、ラップだよ!」
「かえるじゃないよあひるだよ!みたいに言うな!」
「佐野君!」
「なんだよ!」
「君には、足りていない五感が!もっとパッションを受け入れろ!パッショナブルに生きろ!パッショナブルに!」
「パッショナブルってなんだよ」
「こうして空を仰ぎ」
「空を仰ぎ?」
「目をつぶり」
「目をつぶり?」
「心を開放するのだ!」
「ハイハイ、心を開放ね、」
「そして!後ろ向きになり」
「後ろ向きになり?」
「地面に手をついて」
「地面に手をついて?」
「おケツを出し、ぶりぶりぃ~ぶりぶりぃ~!」
「クレヨンよんちゃんかっ!」
「ハイ、ストップ!」
トビオがさえぎった。理由はわかっている。
「だから!おケツ出さなきゃダメじゃないか!」
「いや・・・だから、何度も言っているけど、なんで僕がおケツを出さなきゃいけないんだよ。」
「だって俺がおケツ出したっておもしろくないだろ?コージが出した方が100倍面白い。」
「そんなこと言って自分が出したくないだけだろ!」
「はあ?何言っちゃってんの?俺はいくらでもおケツ出せるぞ」
そう言うとトビオは、ためらいなくおケツを出し、クレヨンよんちゃんがごとく、ブリブリィ~っとカニ歩きをした。そうだった、こうゆう奴だった。ここは人気のない丘の上にある駐車場だから、まだいいけど、露出狂がいるって警察に通報されたらどうするんだ。
「やめろ!もういい!しまえよ、早く!」
「そう?」
「残念そうに、しまうな!」
「あのな、僕は、おケツを出して笑いを取るより、もっと知的な頭脳プレーで人を笑わせたいんだよ。」
僕がそう言うと、トビオは鼻で笑って言った。
「何が知的な頭脳プレーだ!そんなんで大笑いが取れると思っているのか?そんなものでとれる笑いは「ふふふ」とか「クスクス」止まりだ!お前は、お笑い芸人として中途半端なのだ!恥ずかしがってる芸人は、一番恥ずかしいぞ!」
「別に恥ずかしがっているわけじゃない!おケツを出さなきゃ笑いが取れないなんてナンセンスだ!」
「ノンノンノン!わかっていないねえ~コージくんは、、大事なのは、笑いのためなら、おケツさえも出せる覚悟があるかどうかだ。お笑い芸人としてのプライドの問題なのだよ?」
「何がプライドだ!おケツなんか出さなくても、いかにして笑いを取れるか!それが僕のプライドだ!」
お笑いに対する考え方が、どうもトビオとは食い違う。特にこのケツ問題について僕たちは、何度も議論を重ねていた。
「もう稽古はやめよう、帰るよ」
僕は、そう言うと坂道を、下り始めた。最近いつもこうだ。
僕とトビオは、お笑いコンビ歴2年目の芸人だ。この1年間ひたすらネタ作りと稽古に励んできた。時々、地方の特設ステージなどでライブは行ったが、お笑い番組に出たことは一度もなかった。これからテレビ進出に向けて頑張ろうと思っていたら、世の中はいつの間にか、ネット中心になっていて、僕たちの夢は宙ぶらりんのまま行き先を失っていた。
僕たちは、稽古しすぎて、浦島太郎並みに世間に疎かった。そんな状況もあってか、最近は、稽古しようと集合しても、ケンカ別れになる事が多かった。
「おい!ちょっと待てよ、今日は違うんだ。目的がある・・」
トビオが訳わからないことを言いながら、慌てて追いかけてくるのが見えた。
それを無視して、僕が早足で坂道を下っていると、前から2人の男が、すごい形相で坂道を上ってくる。2人はまるで競争しているかのように横並びで歩いていて、片方が追い越すと、今度はもう片方が追い越し、無言の競争をしながら、僕の脇を通り過ぎた。サラリーマンなのか、2人ともスーツを着ていたが、汗だくでヨレヨレになっている。
僕は、なんだか気になり、振り向いて、しばらく様子を見ていたが、やがて坂の頂上付近にある屋敷の前で1人の男が中に入っていったようだ。残った、もう1人の男は、しばらく門に手をついて呼吸を整えている。
その男にトビオが何やら話しかけていた。
「何やってんだ?あいつ・・・全く!」
僕は仕方が無いので、また下った坂道を上り始めた。
全くトビオは世話が焼ける。なんで誰でも彼でも話しかけるんだ?それでいつも迷惑するのは僕なんだ。
坂を上りながら、少しずつ鮮明に見えてくるトビオの顔を睨んでやった。
「オ!戻ってきたか、君はすぐ僕に会いたくなっちゃうんだねえ~」
僕が頂上にたどり着くと、トビオが呑気に話しかけてきた。
「あほか、お前が人に迷惑をかける前に、止めに来ただけだ。」
僕がそう言うと、トビオはサラリーマンの男に向かって
「あ、こいつ、オレの相方のコージ君です。」
と、勝手に僕の名前を漏洩した。
男は気まずそうに会釈をした。20代だろうか・・?スポーツをしているのか、日に焼けて、がたいがよく、ワイシャツは筋肉のせいでパツパツしている。男は、初対面の変な2人組に声をかけられて、あきらかに戸惑っているようだった。
「じゃ、僕はこれで」
そそくさと踵をかえした男に向かってトビオが
「入らないんですか?」
と呼び止めた。
「何言ってんだよ、トビオ。迷惑かけて本当にすみません。」
僕はサラリーマンの方に頭を下げた。
いつでも他人に興味津々(しんしん)なのはいいが、もちっと距離感とか、あるだろ?ふつー。変化球とか?ふんわり投げるとか?
直球しか投げないトビオくんに僕はいつもドギマギしてしまう。
「入らないんですか?屋敷に。」
そんな僕の気も知らないで、トビオはさらに男に話しかける。
「だから入るって、、?私が何で・・」
男はそう言いながら、訳が分からないというようにトビオを見ている。
「あ、知らないのか・・。」
トビオは男の様子を見て、うなずきながら、ひとりで納得している。
「トビオ、何なんだ一体?失礼だぞ、あの、気にしないでいいので、本当にすみません。」
なんで僕が謝っているんだ?本当にもう。
「ああ、ごめんごめん、コージにも説明しなきゃいけないんだ。この屋敷のこと。」
「屋敷?」
「そう!この屋敷の変な噂について。ひょーひょひょひょ。」
「変な噂?」
「そう!秘かにささやかれている不気味な話が、この屋敷にはあるのさ!それを調査して撮影するよう仕事の依頼を受けたのだ!」
「仕事?聞いてないぞ、そんな話。」
「いきなりびっくりした方が楽しいだろ?サプラーイズ!」
「何がサプライズだよ、この屋敷が何だっていうんだよ。」
僕が聞くと、トビオは勿体ぶって言った。
「俺もよく知らないが、、この屋敷へ行くと、誰もがゾンビになってしまう、ゾンビ伝説があるのだ!」
トビオの謎の含み笑いを見ながら、
「・・・はあ?」
僕とサラリーマンは返答がハモってしまった。
タイミングよく、カラスが鳴いた。