僕のプライド
デザートを食べた後、荷葉夫人は退席した。
なぜだか、その場が、モノクロの世界に変わったように感じた。
僕は主人に
「着替えの準備が出来ましたので、こちらへ」
と言われ、2階の方へ案内された。
町田さんは、まだデザートにパクついている。
「少し、君の持つプライドについて話をしようじゃないか。1対1の方が話しやすいだろう。」
階段を上りながら、主人は、にこやかにそう言った。
プライド?プライドかあ・・・僕のプライドの話なんて聞いて面白いのだろうか・・?
主人を楽しませる自信が、僕には無かった。
ご馳走になった上、着替えまで用意してもらっていいのだろうか。
僕は、すっかり恐縮していた。
しかし謎は深まる。このお屋敷は、なぜあのような噂がたってしまったのだろうか・・。
さっき屋敷から出てきたゾンビサラリーマンも同じようにランチをしたのだろうか・・・?
僕の見る限り、トビオの言っていた、ゾンビ伝説なんてものは存在しなかった。
唯一、ダイニングルームで見かけた男は気になるが・・。
僕は、男の顔を思い出し、身震いした。
いろいろ相談したいのに・・・トビオは一体どこにいるんだろうか・・?
「どうぞ、私の書斎です。」
モヤモヤ考えていたら、いつの間にか書斎に着いていた。
書斎の中は普通の家のLDKくらいの広さだろうか、、左手奥にバーカウンター、そして左手の手前には、ちょっとした着替えスペースがあった。
あそこで着替えるのだろうか?
真ん中に脚付きのアンティーク調の応接セットがあり、右手には、オーク材を基調とした主人のデスクスペースと書棚があった。
主人は僕を長椅子のソファーに案内してくれる。
「何か、飲むかい?」
主人に言われ、恐縮しつつ、コーヒーをお願いする。
「すごいお屋敷ですね。僕たち2人は感動しっぱなしで、こんな、おもてなしをして頂いて本当にありがとうございました。」
僕は素直にお礼を言った。
「いいえ、楽しんでいただけたら、それで結構。妻も喜んでいた。」
主人はこだわりがあるのか、自分で淹れたてのコーヒーを作って、持ってきてくれた。
僕が今まで飲んだことが無いような本格的コーヒーだ。豊かな香りに包まれながら、一口すすると、食後の疲れた胃にスッと入り込み、心身ともにリラックスする。
「こんな財産をお持ちなんて、羨ましいですね。失礼ですが、ご職業は何ですか?」
僕は、すっかり安らいで、饒舌になったが、反対に主人は、僕の言葉に、コーヒーを見つめたまま無言になった。
何か悪いこと言っただろうか・・?
トビオじゃないが、僕も会話が上手い方では無かった。どうしよう?何か言った方がいいだろうか・・・。僕は不安になった。
そんな僕の様子に気づいたのか、
「まあ、プライベートなことはお互い控えておきましょう。君のプライドについて聞かせて頂きたい。君はどんなことにプライドを持っている?」
と主人が言った。
そうだった。プライド‥プライドかあ・・。プライドって言われてもなあ・・。正直言うと僕は困っていた。僕にはこれと言って得意なものも無ければ、僕はこれです!って胸を張って人に誇れる何かを持っている訳でもなかった。一応、お笑い芸人ではあるものの、売れていないから常に貧乏で、実家は一般的な中流家庭だし、その中流家庭に、いい大人が、未だにお世話になっている始末・・。考えれば考えるほど、溜息しか出てこなかった。
「僕には、これと言って、まだプライドを持てるようなことは、何も無いんです。」
苦笑いしながら、そう答えた自分が、何だか情けなかった。
「そんな事は無いだろう。君は持っているはずだよ。」
主人はそう言ってから、にっこり微笑んだ。
「以前、君と同じような人がここに来たことがある。君と同じような瞳の輝きを持っていた。」
そう言いながら主人は僕の目をじっと見つめた。
先程と同じく、僕は、所在なげに愛想笑いするしかなかった。
「その時と同じような質問をしてみようか・・。
君は、ある神社にお参りに行きました。人気のない神社で、君以外は誰もいない。おみくじの看板が出ていたから君は引くことにする。
おみくじは1回1000円だ。相場よりかなり高い。だが販売所は無人でお金を支払う相手はいなく、お金を入れる木の箱が置いてあるだけだ。箱の中が見えるが誰一人お金を入れている人はいない。君ならどうする?」
何の質問だろう?
「どうするって・・・仕方が無いので、木の箱に千円を入れて支払います。」
「なるほど、では質問を変えよう。」
「君が犬を飼っていたとする。ある日、散歩に言ったら犬が糞をした。ところが君はたまたま糞を入れる袋や掃除する水など所持していなかったとする。君ならどうする?」
さっきから何を言っているんだろう、、この人は。
「どうするって・・・一旦家まで袋と水を取りに行って、糞を片付けに行き、掃除して帰るしかないです・・よね?」
「ははは・・・期待通りだね、君は。いいねいいね・・・・そうだね、ではもう一つだけ。」
「君は、そうだな、、どこかへ買い物へ行ったとする。ところが品物を手に取ってみているうちに誤って破損してしまった。お店の人は気づいていないようだ。君はどうする?」
主人の意味の分からない問いに、僕はだんだんイライラしてきた。
「破損してしまったことを伝え、弁償すると思いますが・・・あの、さっきから、この質問一体何なんですか?」
僕が聞くと、主人は嬉しそうに言った。
「思った通り、君は特別だ・・・だから、ここに案内したのだ。」




