箱舟 第5話
ルシア「・・・四人目が出たそうですね?」
丹羽「ようスメラギぃ。誰に聞いたんだ?」
ルシア「狭い界隈ですから。嫌でも耳に入るんですよ。・・・ストリップの客がソープの客だって不思議じゃないでしょう?」
丹羽「ま、そりゃそうだわな。・・・今回は人が大勢いたから被害者が死なずに済んだ、けどなぁ。」
ルシア「・・・ッ。今回は本当にヤられたって感じですよ。まさか、ストリップの方に行くとは思わないじゃないですか。これまでは全員、個人で客を取る人達が被害者だったのに。大勢の前で、しかも、舞台の上にいるダンサーさんを狙うなんて、正気の沙汰とは思えませんよ。」
丹羽「まあな。・・・なぁスメラギぃ。正気の沙汰じゃなけりゃぁ人は殺せねぇぜ?」
ルシア「・・・その通りだとは思いますが。」
丹羽「俺達はいくら威張り腐っていても人は殺した事はない。捕まえるのが仕事だからなぁ。人の命を取った奴と留まった奴の違いを見てるとな、一線を越える奴は、やっぱタガが外れてるわ。簡単に一線を飛び越えられるんだ、一瞬だってよ。人を殺すは簡単だったんだ、って話すんだ。どうして今まで躊躇してたんだろ?って。そっちの方が疑問に思えるんだと、よ。」
ルシア「・・・私は人を殺した事がないのでその心境は理解できません。」
丹羽「俺だって出来るかよ。ただ、人を殺せる人間っていうのは案外、どこにでもいるって話だ。簡単に一線を越えちゃう人間がな。」
ルシア「犯人を誰かが見てたりしてなかったんですか?」
丹羽「いぃいや。誰がやったのか、皆目、見当がつかない。お手上げだ。」
ルシア「劇場の支配人さんとか、見てないんですか?ああいう所で、珍しい客がチケット買えば、覚えているもんじゃないんですか?」
丹羽「いちいち誰が買ったなんか覚えてないだろ?ああ、でも、女じゃないのは確かみたいだな。」
ルシア「女じゃない?」
丹羽「今回の被害者。有名なストリッパーじゃないから、客はいつも通り、男連中ばっかりだったそうだ。それは聞いている。ほら、中には有名なストリッパーだと、女のファンも多い。女の客なら目立つから覚えているけど、今日は女の客はいなかった、って言ってたぞ。」
ルシア「・・・貴重な情報、ありがとうございます。」
丹羽「なんの、なんの、南野陽子」
ルシア「丹羽さん。今回の一件で、犯人は、いつでも人を殺せるって証明した訳ですよね。」
丹羽「・・・お前。そういう所、鋭いねぇ。スメラギぃ。お前、長生き出来ねぇぞ?
ああ。犯人は、大勢の人ごみの中でも、どんな方法で殺そうとしたのか分からないが、殺す事が出来た。たまたま今回、AEDがあって、オッサン達が束になって心臓マッサージしたから助かったんだ。死ぬ気でやったって言ってたぞ。・・・あのままストリッパーが死んでたら夢見が悪いだろうからな。あのオッサン連中の気持ちも分からなくはない。」
ルシア「カメラ、とか、何か、証拠は残っていなかったんですか?」
丹羽「お前、劇場は基本、撮影禁止だろうがぁ?・・・お前、素人か?」
ルシア「素人ですけど?」
丹羽「ストリップ劇場は紳士の社交場だ。盗撮するような奴は袋にされるのがオチだから最初からやらねぇんだ。」
ルシア「あ、ああ。そういう事ですか。」
丹羽「下手に騒ぎ起こすと、全国の劇場に情報が出回って、本当に袋にされるからなぁ。どんな遊びでも郷に入れば郷に従えだ。」
ルシア「・・・犯人の目的は何なんです?殺しが目的なんですか?それとも、いつでもどこでも人を殺せる、っていうのをアピールしたいんですか?」
丹羽「わっかんねぇ。それはわかんねぇ。犯行声明も予告も何もない。今回の一件だって、たまたま類似性を指摘したから上がってきたものの、こんなの、ストリップ劇場で、ダンサーが心臓発作で倒れた、ってそれだけの話だぞ?誰がこの風俗街で起きてる連続殺人事件の関連性を疑う奴がいる?」
ルシア「でも、犯人からしてみれば、四件中、二件は、殺しそびれたって事ですよね?怒り心頭なんじゃないですか?」
丹羽「俺は逆だと思う。余裕なんだと思うぜ?いつでも人を殺せる余裕っていうのを感じる。・・・不気味な余裕をな。奴は本気になればいつでも人を殺せるんだ。それをしないだけでな。」
ルシア「頭にきますね。腹が立つ。」
※本作品は全編会話劇です。ご了承下さい。