箱舟 第19話
丹羽「だから、毎日、人は死ぬし、それをいちいち系統立てて記録をとっちゃいえねぇって言ってるだろ。事件性が疑われるものは警察で、記録を残しているが、死因なんて、誰も考えちゃいない。ま、そこが盲点だった訳だが。」
皇「明らかに殺された、とかだったら警察の案件でしょうが、自然死の中に、イエスマンに殺された人間が含まれている可能性があるって事ですよね。」
丹羽「今回の事件で、上の連中は、そういう可能性を指摘してきた。・・・特別捜査本部を立ち上げたんだ、何かしら成果をあげなきゃ、税金泥棒と言われかねないからな。」
皇「それにしても、警察にしては、随分、頭の柔らかい人もいるもんですねぇ。」
丹羽「特別捜査本部の、愛川っていう人が、陣頭指揮を執っているんだが、噂じゃキレキレのエリートらしい。無差別破壊衝動対策課を設立してのも、その愛川って人なんだが、多少、変わっててな。」
皇「多少、変わってる、とは?・・・頭のキレる人は、だいたい、変わっている人が多い印象ですけど。ほら、うちのお店でも、そのぉ、世間で言う名誉職に付かれている方が、マゾプレイを要求してきますから。赤ちゃん衝動っていうのか子供返りと言うのか、とにかく甘えたいみたいなんですよね。とても奥さんや年頃の娘さんがいたら見せられる光景じゃあ、ないと思いますけど。」
丹羽「・・・まぁ。偉いセンセイほどストレスはたまるんだろ?知らねぇけどさぁ。だから、ま、ま、ま、そういう、変わっているじゃなくてぇ、超能力を信じるんだ。お前、信じられるか?超能力?」
皇「うぅうううん。いや、あの。ええ。信じるか、信じないかで言ったら、私は、信じる方ですけど。実際、目の前で、幾人もの人が、おかしくなって、それに、・・・街の仲間も殺されましたから。ミミズ大臣は、信じる信じないじゃなくて、超能力を使ったのは事実だと思うんです。」
丹羽「まぁ、俺も、お前と考えは同じだ。現場であれと対峙したんだから、異常さと異様さは、本物だった。どんなトリックかチンプンカンプンだけど、超能力を使うのは確かだ。だがよ・・・でも、今は、もう、まったく使えないって話だ。」
皇「・・・超能力が使えない?」
丹羽「ああ。そりゃもうデタラメな話だ。精神に異常をきたしていて、・・・まともに話も出来やしねぇ。百何人の警察官を精神異常にして、そいつらを使って風俗街を放火、暴動、破壊。大惨事を招いた張本人なのに、捜査に耐えられないどころか、自分の方が夢遊病者だ。自分が、世界の王様だとか、人間の支配者だとか、のたまわってやがる。責任能力は皆無。精神病院送りだそうだ。
被疑者は確保したものの、そっちの成果はゼロ。お手上げ。超能力の秘密も事件の背景、思想、単独なのか組織なのか一切、分からず終いだ。・・・どうにもなりゃしねぇ。」
皇「・・・演技の可能性はないんですか?捕まりたくないから、精神異常の演技をしている可能性は?」
丹羽「それは・・・・ないな。そこはちゃんと偉い医大の先生が、検査した結果だ。あれが演技だったら、ノーベル賞もんだぞ?」
皇「丹羽さん。アカデミー賞とかエミー賞だと思います。」
丹羽「ま、ま、ま、ま。そゆ事だ。・・・その愛川っていう警視正はな、被疑者が精神に異常をきたしているのは仕方がないとはいえ、超能力に関しては肯定的でな。・・・早い話、事実、捜査に当たった警察官が、ホームレス野郎に、精神異常をきたす超能力をかけられた。そこは否定できない真実だ。常識では考えられない、あり得ないからと言って、議論しても時間の無駄だって、そういう寸法だ。」
皇「合理的ですね。」
丹羽「でな。問題はそこじゃねぇ。・・・過去の事例を洗えるだけ洗いだしたんだ。警察に残っている、精神異常をきたして、破壊行動をとる事案。それに、突然死。おまけに、昔の新聞記事も漁りだしてな。・・・それで見つけちゃったんだ。異常行動を起こした事件の中に、今回と類似する、事案をな。」
皇「それっていうのは、・・・昔から、ミミズ男爵が、事件を起こしていたっていう事ですか?」
丹羽「俺はそう思わないけど。愛川警視正はそう考えている。
さっきも言ったろ?毎日、毎日、何人も人が死んでいる。自然死、突然死、心臓発作。寿命。みんな同じ、意味だ。その中の1%、下手をするともっとパーセンテージが上がるかも知れないが、突然死にしては、不可解なものが含まれていたんだ。」
皇「・・・不可解。・・・今回、殺されたソープ嬢のような、死因だったって事ですか。」
丹羽「ああ。そうだ。ジジイやババアがアパートで一人で死んでいたって、そりゃ、寿命だろう?って誰だって思うだろ。当然だ。死ぬのに不思議じゃない年齢だからだ。若くて、仕事をしていて、それでいて、他者と接点がない人間。過労死?心臓発作?・・・誰も疑わないだろ?かわいそう、それでお終いの話だ。それまで病歴もないのに、突然、死ぬんだ。それって突然死以外、言い表せないだろ?」
皇「心臓発作なんてそんなもんですけどね。健康で元気だったって、突然、死ぬから、突然死だし、心臓発作な訳ですから。」
丹羽「都会で暮らす単身者なんて、みんなそんなもんかも知れないけど。死んでも、誰も何も悲しまないし、死んだ事さえ、分からない。ただ、ただ、唐突に死ぬんだ。事件性はないと、これまで、されてきたけど、愛川警視正の見解だと、ホームレス野郎の超能力の可能性が高い。」
皇「今回が初めてじゃなくて、ずっと昔から、幾度も、繰り返されてきたって事ですか。」
丹羽「ああ。むしろそう考えるべきだろう、って、話だ。・・・本来なら、その手口が分かるかも知れない可能性があったんだけどな。もしかしたら動機も。」
皇「・・・動機なんてあるんでしょうか?」
丹羽「どういう事だよ?そりゃ。」
皇「ミミズ人間からしてみたら、その場にいる人間を生かすも殺すも自分次第じゃないですか。目的をもって殺しているとは、思えないんですけど。」
丹羽「風俗街で殺された彼女達も、性風俗をなりわいにしていただけで、それ以上の共通点はなかったしな。しいて言えば、さっきの話と一緒だ。特に悲しむ人間がいないって事くらいか。」
皇「短期間で、風俗街の人間を殺し過ぎました。仮に一件だけだったら、営業中に心臓発作で亡くなったと、捉えられても仕方が無かったと思いますが、ミミズ伯爵も調子に乗り過ぎたんですよ、明らかに、不自然すぎます。」
丹羽「目的も不明。動機も不明。責任能力は皆無。殺害手段である超能力も解明不能。おまけに本人は精神病院送り。手詰まり感ハンパないだろ?」
皇「・・・」
丹羽「殺しだけじゃなくて、衝動的に、町や人を襲う事件があるだろ?あれも同様に何%か、ホームレス野郎の仕業だと類推された。そうでなけりゃ、歩行者天国に大型車で、突っ込むなんて、正気の沙汰じゃないからな。いろいろ後から動機を調べてみているが、最終的な解明に至っていない事が多い。」
皇「日本だけじゃないでもんね。よその国でも、急に、不特定多数の人間に銃を乱射したり、爆弾で自爆したり、・・・理解できない事件を起こしている連中を操るミミズ侯爵。そりゃぁ常人には理解しがたい事件ですよ、人間じゃないんですもん。」
丹羽「ああ。まったくだ。無差別破壊衝動人間対策課は過去の事案と、今後、発生する事案で、超能力者の介入を捜査していくんだそうだ。・・・この社会に、・・・俺は、ワームなんて存在、認めてねぇからな。あり得ねぇ。あれは人間の犯罪だと思っている。今もそうだ。」
皇「はぁ。」
丹羽「ただ、この社会に、そういう超能力を使う輩が紛れ込んでいて、人をおかしくさせる事件を起こす。人も殺すしな。たまったもんじゃねぇぜ、警察の仕事の範疇を超えてるっちゅーの。ただでさえ、特殊詐欺だの強盗だので忙しいのに、人間以外の連中まで面倒みなくちゃいけねぇんだぜ?なんなんだよ、まったく。」
皇「きひひひひひひひひひひひ。社会に、人間以外の奴が紛れ込んでいる。頭の悪い話すぎて笑っちゃいますね。」
丹羽「・・・・・。ああ、笑うしかねぇな。・・・給料、あげてくれねぇかなぁ。」
空知「あら。丹羽さん、いらっしゃい。ええ?今日は瑠思亜ちゃんをご指名?」
丹羽「ちがいますよ、こんなガキ。空知さんをお待ちしていました。是非、指名させて下さい。」
空知「あら、そう?」
皇「嫌な客ですよね、空知さん。」
空知「じゃあ、どうぞ。」
丹羽「スメラギぃ、いいか、さっきの話、誰にも話すなよ?いいな。」
皇「はいはい。」
空知「あら、仲がいい。」
空知「そんな訳ないじゃないですか俺ぇ空知さん一筋なんですから。」
オーナー「いらっしゃいませ」
愛川「君、この、スメラギルシアっていう娘は?」
オーナー「ご指名ですか?」
愛川「ああ。」
オーナー「ルシアちゃん、指名が入ったよ。」
皇「え?あ、はい。いま、準備します。」
オーナー「では、こちらへ。どうぞ。」
※本作品は全編会話劇です。ご了承下さい。