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暴れん坊姫は運命をも踏み台にする

作者: OZO

 


 中世のヨーロッパのとある野っ原。

 朝焼け空がそろそろ青味を帯びてくる頃。

 一人の少女が二人組の男に追いかけられていた。

 奇声を上げながら迫る暴漢共に少女はたちまち距離を詰められた。


 「きゃっ」


 つまずき転んだ少女を下品な笑みで男どもが見下ろす。


 「観念しな」


 暴漢の一人が少女に手を伸ばそうとした時。


 ……どどっどどっどどっ


 何処からか馬の足音が聞こえてきた。

 音の方に男どもが振り向くと白馬がこちらに駆けてくる姿が見えた。

 馬を駆る者の姿が太陽の光を浴びて輝く。

 それは金髪を靡かせた麗しき少女だった。

 驚く暴漢共に白馬に乗った少女が迫る。

 どんどん迫る。

 まだまだ迫る。

 暴漢その1が声を漏らす。


 「えっ……」


 白馬は止まらなかった。


 どん!


 馬と暴漢その1激突。

 吹っ飛んだ暴漢その1地面に頭をぶっつけ失神。

 激突の反動でやっと止まった馬から少女はひらりと降り地に立った。

 ぴんと伸ばした背筋で彼女は暴漢その2にすたすたと歩を進めた。


 「なんだこの野郎!」


 当惑しながらも暴漢その2は懐から短剣を取り出した。

 しかしそれでも少女は全く止まらない。

 鋭い短剣が勢い良く突き出された。

 少女はそれを当たり前のようにかわすと短剣を持つ腕を取った。

 突き出した勢いに合わせて腕を引っこ抜くと男その2の体が泳いだ。

 更に足をぱんと払い暴漢その2を宙に浮かせた。

 最後に後頭部を捕まえ地面に顔面を叩きつける。


 ずん!


 暴漢その2失神。

 暴漢共に襲われていた方の少女は、暴漢共を失神させた方の少女を呆然と見つめていた。

 よく見ると自分よりも年下のようだ。

 貴族らしい高潔そうな衣装に身を包んだ彼女は優しく微笑みながらこちらに歩み寄った。


 「大変でしたね。もう大丈夫ですよ」


 手を差し伸べ尻餅ついたままの少女を引き起こした。

 と、その時。


 「お見事でした、姫様」


 声の方を二人が振り返るといつの間にか灰色の馬に乗った女性がいる。

 歳の頃は三十代後半、肩に付くかどうか位の漆黒の髪。

 少し東洋の血が混じったらしき風貌。


 「もう私の教える事は何も有りませんね」


 「そんな、私はまだまだ未熟です。先生、これからもご教授願います」


 先生と呼ばれた女は馬から降りると姫様と呼んだ少女の傍に立った。


 「姫様……」


 「そうでしたね。あなたのお名前は?」


 「は、はい! ジルと申します」


 「そう。私は……マリアです!」


 凛とした声が響いた。




 「また外に出て行ったのですか」


 マリアの母は不機嫌そうにつぶやいた。

 どうしてこうも奔放に育ってしまったのか。

 しかもあちらこちらで騒ぎを起こし挙げ句の果て暴れん坊姫と呼ばれてるそうな。


 「ヒバリコを教育係にしてしまったがために」


 唇をかむ。

 ヒバリコ ドージ。

 東洋の血を引く謎多き女性。

 幼きマリアに巧みに取り入り世話係、更に教育係に収まった。

 彼女によってマリアはずば抜けた才能を開花させた。

 母国語、外国語、算術、歴史、果ては馬術まで。

 しかも密かに格闘術まで教えているらしい。

 いったい娘を何に育てようと言うのか。

 何度も引き離そうとしたがマリアは彼女に心酔しており叶わなかった。


 「時が近づいていると言うのに……」


 昼食までに城に戻らなかったらどうしてやろうか。

 物憂げな表情で彼女は二人を待ち構えていた。




 二人はジルの家で昼食を取ろうとしていた。

 ジルを馬で家まで送った後も居残っていたのだ。


 「すみません、こんな物しか出せなくて」


 「いえ、こちらこそ無理を言って申し訳ありませんね」


 目の前に置かれたのはカラカラのパンとスープのみ。

 裕福でない農民にはありふれた食事なのだろう。

 農作業に出てる親兄弟に頼み収穫を持ち帰らせればもう少し何とかなった。

 しかしマリアはそれには及ばないと止めたのだった。


 「ではいただきます」


 聞き慣れない言葉を発しマリアが手を合わせる姿を怪訝な表情で見るジル。


 「マリア様、いけません! 怪しげな宗教と間違われたらどうします」


 ヒバリコが制した。


 「あ、ごめんなさい」


 「お気をつけください」


 二人で食事をする場合だけ見られるヒバリコの所作。

 食に対する感謝の意を表す習慣だそうだがヒバリコはマリアに勧めなかった。

 マリアの母に疎まれている彼女はつけ入られる隙を作らない様気を配っていた。


 マリアはパンを一口かじった。

 宮廷で出されるパンより遥かに硬く無味乾燥とした味。

 しかしマリアは知っている。

 こんな味気ないパンで命が繋げる事にすら恵まれていると感じる人もいる事を。

 城の外で見て聞いて触れねば決してわからない事。


 「マリア様……やはりお口に」


 ジルの気遣う言葉にマリアは答えた。


 「いえ……感謝この上ありません」


 ヒバリコは小さく微笑んだ。

 自分の真似するでもなく最近彼女が民に対してよく使う言葉。

 だからこそ価値がある。

 と、その時。


 どんどんどん!


 入り口の戸が激しく叩かれた。


 「おい、ジル!開けろ~!」


 声に振り返り立ち上がるマリアとヒバリコ。


 「来ましたね」


 「はい」


 ジルを家に送った時彼女を襲った連中が昔からの知り合いだった事を聞いていた。

 要はジルが彼らの欲情をそそる女として成長してきたので襲ったという訳だ。

 ならばマリアが帰ってもまた襲ってくるに違いない。

 だからマリア達はあえてここに居残ったのだ。


 「ジルさんは奥へ隠れて下さい」


 「は、はい」


 言われるまま避難しようとしつつ、ジルは思う。

 自分より年下なのになんでここまで頼もしいの?


 マリアは扉のかんぬきを開けた。

 暴漢たちは扉が開くとジルでなくマリアが現れたのに驚いた。


 「お、おめぇは!」


 「またお会いしましたね」


 言いながらマリアは暴漢が四人に増えているのを確認した。

 しかも奥の一人はボウガンを携えている。

 ジルの親兄弟が家にいた場合のためだろうが、今の相手はマリアである。


 「この!」


 暴漢その1が拳を振り上げる前に素早く伸びたマリアの手が彼の両目を塞いでいた。


 「うあ?」


 マリアが腹にふんっと力を込める。

 力が連動し両目を塞いだ手がバチンと弾けた。

 手の親指がこめかみに突き立っていた為、そこからの衝撃で暴漢その1の脳が揺れた。

 足元がふらつく暴漢その1をマリアはそのまま押し込んでいった。

 傍でその有り様を見て狼狽える暴漢その2にはヒバリコが取り付いていた。

 懐に潜り込むと両手の掌で顎をかち上げた。


 「あごぉ」


 もんどり打って倒れんとする暴漢その2の髪を掴んで押し進んでいく。

 二人共後方にいるボウガンを構える暴漢その3に備えて人間の盾を作ったのだ。

 ボウガンの矢がマリアに向けられた。

 マリアは暴漢その1を突き飛ばした。

 暴漢その1が地に伏して暴漢その3の視界が開ける。

 が、そこにいるはずのマリアがいない。

 突然視界の横から腕が伸びボウガンを掴んできた。

 慌ててボウガンを引っ張ると今度はそれに合わせて押し込まれた。


 びゅん! どす!


 ボウガンの矢が真上に放たれ家の庇に突き刺さった。

 ボウガンの引き金を引いたのはマリアだった。

 あらぬ方向に矢を打たされ狼狽える暴漢その3の股間をマリアは蹴り上げた。


 ぼこっ

 

 暴漢その3失神。

 残る一人もヒバリコが投げ落としていた。

 マリアは一息つくとジルの方に向けて微笑みかけた。


 「もう大丈夫ですよ」


 (え? まだ10数える位しか経ってないのに……)


 この後ジルは4人の失神した暴漢が転がっているのを見て更に驚くことになる。

 



 結局暴漢共は役人に引き渡す事にした。

 マリアの王族としての顔を使い厳罰に処すように言い含めて。

 2度とジルに手を出さぬ様に脅す事も忘れなかった。

 ジルに別れを告げ二人は帰途についた。

 城に戻った直後に待ち構えていた母からは当然のごとく激烈に叱られた。

 いつもの事ではあったが。

 お叱りタイムが終わりマリアが自室に戻ると程なくドアをノックする音が。


 「マリア様、お話が」


 ヒバリコだった。

 部屋に入って来た彼女は普段より神妙な雰囲気だった。


 「マリア様、今日の戦いお見事でした。よって免許皆伝の証を差し上げます」


 持っていた袋をうやうやしく差し出した。

 錦織と呼ばれる東洋の織物の袋だ。


 「これは……」


 おそらく中身はヒバリコが大事に所有していた小太刀だろう。

 こんなものをどうして。


 「マリア様、この十年間に私は私の全てをあなたにお伝えしました。私の役目は終わりです」


 「そんな、私はまだ!」


 「運命の時が近づいてます。それはマリア様もお分かりでしょう」


 「……」


 「この十年マリア様は私の予想以上の成長を遂げられました。しかしそれをどうお使いになります?」


 「それはもちろん…」


 「マリア様は私の影響を大きく受けています。でも私の願う通りに行動する必要はありません」


 「それはどういう意味でしょうか」


 「あなたは私の望みを叶えるための道具ではありません。自分の思うままに行動してほしいのです。もちろん運命を拒絶する事もできるし踏み台にも出来ましょう。マリア様はすでにその器をお持ちです」


 ヒバリコは一旦言葉を切るとマリアを見つめ直した。


 「もうお決めになっておられるでしょう?」


 「……はい」


 「では、進むべき道を行きましょう。お互いに」


 マリアの目が大きく見開いた。

 お互いに、という事は。


 「そう、お別れの時が来たのです」


 「……」


 分かっていた。

 それでも。

 一気に涙が溢れ出した。

 自分にとって母にも勝る存在だから。


 「私はここを出ます。しかしながら二度と会えない訳ではありません。いつかマリア様の元へ馳せ参じ、お力になるつもりで旅立つのです」


 マリアはヒバリコに抱きついた。


 「先生……ヒバリコ先生ぃぃぃ~!」


 しばらくの間二人は抱擁を続けるのだった。




 翌日ヒバリコはマリアの教育係の任を解かれ出て行った。

 マリアの母はご満悦の表情を隠さなかったという。

 その日の内に母はマリアを自室に呼び出した。

 対峙する母と娘に張り詰めた空気が流れる。


 「マリア」


 「はい」


 「分かっていると思いますが」


 きた。

 運命の時が。


 「あなたにはフランス王朝に嫁いでもらいます」


 「……はい」


 「もう我がままは許されませんよ」


 「はい……覚悟は出来ております」


 「よろしい。これよりは婚礼に向けての準備を整えます。あなたもそのつもりで」


 「はい」


 マリアは決心していた。

 他の誰でもない自らの志を必ず体現することを。


 


 彼女こそ……


 のちにフランスの暴風雨、ヨーロッパの天変地異と呼ばれ貴族階級を恐怖のどん底に叩き込んだ暴れん坊王女……









 マリーアントワネットその人である。

 


 暴れん坊王女のその身を賭した世直しが今、始まる。






 暴れん坊姫は運命をも踏み台にする(完)




 暴れん坊王女マリーアントワネットに続く?

 

 初めまして、OZOです。

 歴史小説は登場人物がこの先どうなるか分かってしまうのが困り物です。

 織田信長然り坂本龍馬然り。

 それで歴史上の人物が歴史通りに全く動かない事でこの先どうなるか分からない話が読みたいと思いました。

 自分で書いたらこうなったという感じです。

 という事でよろしく願います。

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