『行き先はどちらですか?』
行き先も表示されず、アナウンスされていない、ただ銀色の車体に駅の街灯が反射する電車であり電車ではない、何かに
乗り込んだ。
何でそんな変な電車に乗り込もうと思ったのか今となってはわからない。あの時はただ、私がアナウンスを聞き漏らしただけだと思っていた。
乗り込んですぐに『発車します』と言う機械音と共に昔懐かしいベルが車内に響いた。ベルが鳴り止むと乱雑にドアが閉まる。車体がガクッと言う音を立てゆっくりとスピードを上げる。
車内はロングシートが対になるように置かれ、自分以外の乗客の姿は見えない。中吊り広告もなく、電光掲示板もない、古い電車。
車両の前方には運転手と思われる背の低い人がかちゃかちゃと音を立てながらレバーを動かしていた。
電車は運転手の操作と同調するように、スピードを上げ、何かに捕まらないと、身体が後ろは引っ張られる感覚を感じ、ロングシートの一番端の席に座り込んだ。
誰もいないロングシートの奥に見える景色は信号や一部の民家の蛍光灯以外の明かりはない。
車も走っている気配はない。ふと、前方に視線を向けると電車は暗闇を切り裂くようにヘッドライトで照らし駆け抜けていく。
いくら進行方向を見ようと、駅に近づく気配ない。
それどころか先ほどまで僅かながら見えていた信号の光も消え、民家の蛍光灯さえ、どこかへ消えた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「行き先はどちらですか?」
「行き先……?」
寝ていたようだ。私は車掌と思われる人の声で起きた。
起きてすぐ車掌が言った『行き先はどちらですか?』
その一言に私は違和感を覚えた。
普通であれば『行き先』ではなく『切符を拝見します』と言うはずである。
そもそも、もうそんな面倒なことをやる鉄道会社もほぼ無くなっているが。
だがそれでもおかしい。
30年以上前からこの路線でもICカードが導入され、そんな事を聞く理由もなくなった。まだ謎は残る。何故この車掌は『行き先はどちらですか?』何で聞いてきたのだろうか。
キセル対策に切符を拝見しますならまだ理解は出来ないことはないが……何故『行き先はどちらですか?』と問いかけてきたのか。
そんな考えに耽っていると車掌は同じことをもう一度聞いてきた。
「行き先はどちらですか?」
「行き先って?」
「この時間帯は、降りるお客様が居ない駅は通過させてもらってます」
答えた車掌の一言はさらに謎を生むものであった。
降りるお客様が居ない駅は通過? ありえない。そんな事をしている鉄道会社など聞いたことがない。
「乗る人がいたら?」
「………乗せます」
「どうやって判断するの?」
「………人感感知センサーが各駅に備え付けられており、人が居るのを感知する運転台にある機械に乗客が居ると通知が入ります」
車掌は、先頭で運転している同僚に視線を送りながら淡々と答える。
「行き先はどちらにしますか?」
車掌はまた同じことを聞いてきた。
私は答えた。
「追川まで」
「かしこまりました」
私は自宅の最寄駅を告げると車掌は足音を立てずに、運転席に近づき、乗務員用のドアを開け、運転手に何かを伝えると、車内アナウンスが聞こえた。
『まもなく、追川〜追川〜終点でございます。お荷物、お忘れのないようにお願いいたします』
そのアナウンスの直後、電車はスピードを落とし、駅の明かりが車内を煌々と照らした。
『追川でございます』
再度アナウンスが鳴ると、ドアが開かれた。
私は何故か降りようとはしなかった。
『追川でございます』
アナウンスが私を降ろそうとしているのか。もう一度鳴る。
『発車します』
痺れを切らしたようにアナウンスされると、ドアが閉まり、電車は動き出した。
私は何かに瞼が引っ張られるような感覚を感じる瞼を閉じると、無意識に意識を手放した。
〜〜〜〜〜〜〜
「お客さん、お客様さん、起きてください。」
誰かが私の肩を揺する。目が覚めると、先ほどの車掌とは別の車掌が私の前にいた。
「お客さん、終点です」
「終点?」
「ええ、終点、笠田です」
私が問い返すと車掌はそう答えた。
私はゆっくりと立ち上がり、膝の上に置いてあったバックを取り、電車を降りる。その後を車掌がついてきた。
「駅前のバス停から居眠り客救済のバスが出ています。それにご乗車してもらえば途中の門崎まで行けますのでご利用下さい」
車掌の話は私の耳には届かなかったが、駅の中に設置された救済バスと書かれた看板が私に車掌の話を思い出させた。