3.ハイシンジャ
十字路常時は自称ホラー作家である。
彼は、常に自分の作品を世に出すため奮闘していた。
そんな中、同業者である小林に声を掛けられ「呪いの配信」について話しを聞くことになる。
十字路は半信半疑で聞きつつも、小林の異常な行動に目が移り彼を尾行することに。
尾行するとそこは、呪いの配信の元凶だったダンジョンとそこへ向かおうとする錯乱した人たちだった。彼らの異常性に興味を引かれた彼は、ダンジョンで行われる祭りへ参加することになるのだった。
ホラーとはなにか、いつも考えている。
本を出していないとはいえ、私は作家の端くれだ。
擬音、言葉の韻、ビジュアルで構成されるエンタメを取るか、人の醜悪さ、狂気、信仰で構成されるリアリティを取るか......。
「賞を取るためにも、アイデア出ししないとな......」
カフェでノートパソコンを開き、一人自分の世界と向き合う。
コーヒーを一口、含みキーボードで数文字くらい打ち込んでいると、突然一人の男が私の向かいの席に相席してきた。
「もしかして、十字路常時先生?」
私は顔を上げて、メガネをくいと上げるとそこには爽やかな童顔の青年が座っていた。
私が思っていたよりも陽気が強く、目をすぼめながら頷くと彼は続けて身を乗り出した。
「僕、最近作家になった小林っていいます。あ、こういうのってペンネームの方がよかったかな......」
「別に、どっちでもいい。それで、作家先生が私になんのようかな。それに、なんで私を知っている? 作品なんてどの本屋を探してもないぞ」
私は皮肉めいた言葉を吐きながら彼を恨んだ。
私なんて、数年前に賞をもらったというのに書籍化の打診も一つもない。
だが、私よりも若く見える彼は作家として世に何かを出したというのか?
にしても、どうして私を知っているんだ?
「web作家同士のオフ会覚えてますか? 秋葉原の喫茶店で」
「......。ああ、確か5人ほど集まってプロットの描き方や、アイデアについて意見交換をした気がする。君もいたのか?」
「ええ。覚えてませんか?」
私はあまり人の顔をよく覚えられない。
というか、興味のないものは見えないと言っても過言ではない。
つまり、あの時の私にとって、彼はそれくらいの人物だったということだ。
「すまない。あの時は、久しぶりの他人とのコミュニケーションだったんだ。あまり覚えてない。自分のアイデアを思いつくので精一杯だった」
「そうでしたか......。別に気にしてないです。そう言う人、この界隈では多いですから......。あ、そうだ。アイデアと言えば、作家仲間にも教えてる面白いものがあるんですけど、知りたくないですか?」
「......いや。アイデアってのは、作家の命だろ? そう易々と人に話すのはどうかな?」
だが彼は、話を聞かずにスマホを見せてきた。
そこには、最近話題の『ダンジョン配信』の動画がずらりと並んでいた。
「最近のダンジョン配信で、話題になってる『呪いの配信』って知ってますか?」
私は小林君からスマホを借りていくつかの配信のサムネイルをスライドさせていく。
そこには、彼の言う呪いの配信っぽそうなものは一切ない。
ただ、ひっかかるのは検索ワードにある『廃ダンジョン配信』だ。
「どうせ、見たら呪われるだとかそういう類だろ? ありがちな話だな、ボツだね」
私は小林君にスマホを返すと、彼は少し悲しそうな目でこちらを見つめる。
「そうなんですけど、実際に視聴者の中に行方不明者も続出していて......」
「それって、運営が誰かが配信自体を閲覧禁止にすればいいだろ?」
コーヒーカップをつまみ、口に含ませていると小林君は突然人が変わったかのように机を叩いた。
「それが、配信は一つだけじゃないんですよ! 元凶の配信はすでに公開停止になってるんですけど、それに影響を受けた配信者たちがこぞってこの廃ダンジョンで配信しているんですよ。まるで伝染病かなにかのように......。これって怖くないですか?」
声を荒げて立ち上がった彼を、私は彼の腕をゆっくり引っ張りおちつかせるように椅子に座らせる。まるでライオンを手懐ける猛獣使いのように。
「おい、あまり人様に迷惑がかかるようなことはするんじゃないよ......。それで、その呪いの配信とやらを君も見たのかね?」
そういうと、血走っていた彼の顔が切り替わって、初めて彼の顔を見たときよりもさわやかな笑顔で答える。
「はい! でも、全然呪われなかったですよ?」
あまりにも不気味すぎる彼に、目を合わせられない。
でも、彼に警戒されないように笑顔を作りながら口元だけを見る。
「本当に......何もなかったのか?」
「はい。なにも......。配信しすぎて呪いの効果薄れたんじゃないですかね? ハハハ」
彼はあっけらかんに笑う。私は飲んでいるブラックコーヒーよりも苦い表情を浮かべて笑う。
そもそも、呪いなんてあるはずがない。いや、作家としてはあるかもしれないと言うべきか。
ないとは言い切れないからこそ、そこに恐怖が生まれる。そのギリギリを突くのがホラーだと私は思っている。
「なんにせよ、あまり面白そうではないな。他を当たってみるよ。貴重な情報をありがとう」
「いえ、とんでもありません。私はただ、邪神様を知ってほしいだけですから」
そういうと、彼は私の飲んでいたコーヒーのカップを手に取りゴクゴクと音を立てるように飲み干した。口元からコーヒーをこぼし、彼は虚ろになりながら席を離れようとする姿に私は違和感を覚えた。
いや、違和感を覚えない方がおかしい。あの男、なにかがおかしい......。
「あいつについていけば、その邪神とやらの正体が拝めるかもしれないな......」
私は荷物を持って、フラフラと歩く小林を追いかける。
始めはどこへ行ってもどっちつかずな雰囲気で目的などないのかと諦めかけた。
だが、電車を乗り継ぎ、とある駅へとたどり着くと足取りが変わって速足になった。
まるで、そこに吸い寄せられているかのようだった。
そこには、ダンジョンのゲートがあって小林はその地下街のエレベーターに乗った。
「あいつ、ダンジョン探検なんて趣味あったか?」
さしても知らぬ同業者なので憶測でしかないが、彼は外へ出る趣味が多そうだからありえなくはない。
エレベーターが開き、小林が降りた。その顔は生気が感じられない。
私の憶測は間違いなのかもしれない。もしかして、こいつは操られてここに来ているのか?
ますます気になる......。
「やけに人が多いが、これはいつものことなのか?」
ダンジョンへと続くゲートには、わらわらと人が集まっていた。
困惑しているのは、私だけではなく運営の受付嬢も同じようだった。
そんな中、ダンジョンへ探索へ向かおうとする人たちの声が響く。
「早く聖地へ行かせてくれ!!」
「あ~! 邪神様!!」
「直接お会いしたいわ!!」
多くの人たちは朦朧とした目で、受付嬢の元へと群がる。
受付嬢は一人で耐えながら大声をあげて彼らを制する。
「大変申し訳ございませんが! こちらの13番ゲート『アリ塚』ダンジョンは当面の間閉鎖となっております!! 皆様のおっしゃる邪神なるものは調査中ですので!!」
彼女の言葉は、妄信的な彼らの心を逆なでする一方だった。
「邪神様を調査するとは何事だ!! 邪神様はお怒りなのだぞ! 背信者に叩き起こされ、見世物にされたんだぞ!! お前もそうなりたいのか、背信者め!!」
「いえ、配信者はあなたたちでしょう?」
彼女の言葉を皮切りに、ゲートに群がっていた人たちは海から浜辺へ押し寄せる波のように大きく、そして恐ろしいほどに膨張していき封鎖されていたゲートを貫いていく。その先頭に小林はいた。
「邪神様のご加護があらんことを!! 彷徨う魂の奴隷たちよ! 邪神様の意思に従え!!」
彼らは、13番ゲートをやすやすと通り抜け、ぞろぞろと洞窟の中へと入っていく。
その中にいた、一人の女性が私に声をかけてきた。
「あら、あなたも迷えるお方? そのような秀麗なお姿でいらっしゃるのに」
自分でいうのも空しいが、私はお世辞にも秀麗と言える男ではない。
だが、それでいても褒められて嫌な気はしない。
だが、そんなことよりも今の状況だ。この異常事態はなんなんだ......。
「いや、それよりも彼らは何をしているんだ?」
「決まっているじゃない。邪神様を鎮めるためのお祭りを開くのよ。突然目覚めてしまったあのお方を、たくさんたくさん遊ばせて疲れさせるの。そうすればまた眠ってもらえる」
彼女は洞窟を指さす。その先には大声、奇声を繰り返す人たちと、対応に追われながらも必死に食い止めようとするダンジョンの運営側の攻防が見えた。
「なるほど......。それにしても暴徒だな、これは」
「これくらいの騒がしさでないと恐怖に憑りつかれてしまいますからね。あなたもどうですか? お祭りに参加してみますか?」
私は少し悩んだ。
彼女の虚空を見るような視線が私を包み放さない。
その気味の悪さと好奇心のせめぎ合いをしていると彼女が私の手を取る。
「一度来てくだしゃんせ。今日は祭りにおいでませ。あがかみさまもおいでませ。祭りに来たくば、13の赤き月の日に 大洞穴へ通りゃんせ」
わらべ歌のような歌詞を彼女は口ずさみながら、私の手を引っ張る。
反響していた彼女の声がいよいよ奥にいた人たちの騒々しい物音でかき消されていくと、邪神なるものを崇拝しているものたちに彼女が混じっていく。
「何がどうなっているんだ? だが、一つだけ確かなのはこの集団はイカれてるってことだ」
彼らは、持ち寄った野菜や生肉をおもむろに袋から取り出した。
鍋やフライパンも大きなリュックを持っていた人から手品のようにポンポンと取り出されていく。
本当の祭りや、宴くらい豪勢な食事があしらわれていく様子に、私は思わず唾を飲み込んだ。
だが、その食事のすべてはさして美しい料理とは言えず、洞窟の地面には食材の切れ端や肉の血やはらわたが転がっている。
「こんなにも、料理が不快だと感じたことがない......」
「おや、十字路先生ではありませんか。本日は祭りに来ていただいてありがとうございます。どうぞ、楽しんでください」
小林が、突然人込みの中から私を見つけて目の前に現れた。その目は、正直どこを向いているのかわからない。彼は顔をゆっくりと動かして、またも人込みの中へ消えていく。
なんなんだ、一体......。
狭い洞窟の中にミチミチと並ぶ人たちと料理の数々を見渡しながら、私は後ずさりをする。
これ以上深入りしてはならない。私の直感が、そう訴えかけていた。
「いや、私はただ君の様子が変だから追いかけていただけだ。長居するつもりもないから、お暇させてもらうよ」
そう言って軽い気持ちで踵を返す。だが小林は、逃がすまいと私の腕をうっ血しそうなほどがっつりと掴んできた。振り向くと、依然の爽やかさのない張り付いたような笑顔で私を見つめる。
「祭りは最後まで。最後まで楽しみましょ。今日はあがかみさまもこわいほど食べて飲んで赤き月夜を過ごしましょ」
「な、なんなんだ。お前は!!」
彼らの抑揚のない歌が洞窟に響き渡る。
ふと見ると、洞窟の奥には祭りを穏やかに見守る像が一つあった。
あれが、彼らのいう邪神か?
邪神像はどこか私を見ているようで気味が悪かった。
だが、分かっている。決して目を合わせてはならないものだと自分の心が警鐘を鳴らしている。
「さ、先生。おいでませ。おいでませ。今日は祭りに宴で盛り上がり。よいよい、こわいほどに歌いましょ。遊びましょ。踊りましょ」
小林の後ろにいる邪神の信徒たちはガツガツと宴に出た料理を貪り食う。
それはおよそ人の品性などなく、下品そのものだった。
その姿をさも普通かのように小林は一度振り返りニコニコと微笑む。
「やってられん! 私はもう帰るぞ! 帰って新作の原稿を書かないと!」
もちろん、こんなの嘘だ。
新作なんてアイデアさえ出ていないのに......。
私は小林の力の弱まった腕を振りほどいて、洞窟を後にする。
だが、彼らはそれを許さなかった。
「邪神様に背を向けた」
「背を向けた」
「背は穢れ! 背は穢れ!」
「私たちの祭りを穢した。穢れたものには恐怖を。穢れたものには氷の純粋な心で溶かしてやろうじゃないか。私たちは、等しく正しい物語だ。それは、とても悪い病原体です。振り出しにもどしてはいけない」
彼らの言葉が私には理解できない。正確には、日本語であるにも関わらず、支離滅裂な言葉を繰り返しているように聞こえる。私はおっかなびっくりになりながら彼らをおいて洞窟を歩いていく。
彼らの視線が私の背中を刺す。彼らの足音が私を追いかけていく。
「まずい、非常にまずいぞ!!」
私は足をあげて走っているはずだった。だが、どうもうまくいかない。右足が先か、左足が先だったか......。足は、速度を上げれば上げるほどに、もつれていくようだった。
私は一生懸命に走っている。走っているはずなのに、動けない!!
周りの景色が代わり映えしなさ過ぎて、動いていないのかとすら感じる。
そして後ろの足音だけが、速度を上げていく。私の息はどんどん上がっていく。
「動け! 動けよ、俺の足!!!」
ハァ、ハァ......。
私は焦る拍子で「俺」と口走ってしまった。
ここで焦ってはならない。今は走ることに集中すればいい。
「独りよがりな先生。あなたも僕とひとつになりゃしゃんせ。あなたは羽ばたく鳥になれる人だ。優雅に飛ぶ鳥は狩人に屠られる。あなたはそういうお人だ。だから、僕と一緒になりゃしゃんせ」
小林の声が洞窟にこだまする。
やはり言葉は支離滅裂だが、言いたいことは理解できる。
あいつは私を煽っているような気がする。
彼と一つになれば、というより彼らと共に生きれば、この不快感もなくなるのかもしれない。
だが、私は普通の生活をすごしたい。元の世界に戻りたい......。こんな、脆弱な精神の人間たちとは違う!!
「誰が一緒になるもんか! お前のつまらないライトノベルなんかよりも、私の作品の方が優秀に決まっているだろう!? 私は絶対に生き残ってやる!!」
私は小林の声を振り払うように、走り続ける。
足の筋肉がけいれんを起こしてきた。だが、私は気にせずに走った。
すると、光が見えてきた......。
「出口か......!?」
そこは、一番初めのダンジョンの13番ゲートだった。
私はそこにいた運営スタッフに事情を説明して13番ゲートを完全封鎖してもらった。
「だ、大丈夫ですか? お怪我は??」
「い、いやない。大丈夫だ......」
受付をしていた女性は、腰を抜かしていた私に手を差し伸べた。
震える手を押さえながら、私は彼女の力を借りて立ち上がった。
「とにかく、あの邪神とやらに触れてはいけない。あの信徒たちにもだ......。彼らはいわば感染者だ。邪神と言う病気を振りまく存在だ。ここで大人しくしてもらった方がいいだろう......」
「そうですね。我々は、彼らが逃げないよう最善を尽くします。そして、邪神様を他のダンジョンに移動しないよう丁寧に祀ります。我々にはそれが可能です」
彼女の口調の変化に、少したじろぎながら私はダンジョンの地下街を出た。
外はすでに日が沈んでおり、静かに時が進んでいた。
夜の静寂さがこんなにも安心するものだとは思わなかった......。
私はへとへとになりながら電車に乗り継ぎ、自宅へと戻った。
「こんなにも、自分の家が恋しくなるなんて思わなかったな......」
私はバッグからパソコンを取り出して、今日あったことをまとめてみた。
だが、これはホラーといえるのか? ただの私の体験談じゃないのか?
「やめよう。現実で起きたことを書いて、もしあの邪神信仰が増えたらどうする......? 閉鎖しておくと運営は答えていたが、果たしてうまくいくのやら......」
結局いろいろなことが気になって、私は作品に手を付けられなかった。
今日はもう休もう。いろいろありすぎて疲れた......。
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朝起きて、テレビをつけるとニュースではダンジョン全面閉鎖のニュースが流れた。
『管理できない超常的な現象を調査するため、ダンジョン運営は一般の立ち入りを当面の間禁止するとの話ですが......』
キャスターが登壇していた専門家や、自分の言葉に責任の持てなさそうな芸能人があることないことを適当に話し合っていく。私はテレビを消し、パソコンを開いた。
「さて、始めるか」
私は、ホラーに関するあらゆる資料を読み込みながら自分の作品に心血を注ごうとした。
だが、心のうちではまだあの廃ダンジョンの事が気になっている。
もしかして、私の潜在意識が邪神に捕らわれているのか?
「......。本当にダンジョンは閉鎖しているんだろうな。気になる。私が実際に行って確かめてやる」
私はパソコンを閉じて、着替えた後もう一度あのダンジョンへ向かった。
最寄り駅の賑わいはそこそこで、降りてダンジョンに向かうと報道陣や野次馬がひしめき合っていた。
その様子が、昨日の人の群れのように感じて私は気分が悪くなった。
「クソっ......。私がこんなにも人混みが苦手だったとは......」
元から人の多い場所は好みではなかったが、体調を崩すほどではなかった。
私は少しふらつきながらも、電車に乗って家に戻った。
安心感はとうになく。不安と底知れぬ恐怖が私を襲う。
「忘れよう。ホラーに出てくる怪異や事象は、覚えているからいつでも襲ってくる。だから、そういうものの一番の対策は『忘れること』だ。もしくは『気にしない』......」
頭を大きく横に振り、私は家の中に入った。
すると、リビングに見慣れない石像がポツンと立っていた。
「こ、これは......」
私は、その石像の頭に括りつけてあった不思議な印のついた布切れに見覚えがあった。
あれは、廃ダンジョンの中にあった邪神像なるものだ。配信は全部見ていないが、サムネにはこの邪神像があったことを覚えていた。
「忘れたいって思ったところなのに......」
私は、そっと家を出て鍵をかけた。
邪神が家にいる。そんなところに帰っても作品なんて書けやしない。
私は当てもなく道を彷徨った。
電車にも乗った。すべてを忘れようと旅に出るように......。
だが、私の無意識はそうさせなかった。
「どうして、ここに......」
気が付くと、私はあのダンジョンがある××駅に降りていた。私は焦りながら、反対車線の電車に乗り込んだ。家に戻っても意味はない。どこかに忘れられる場所があればいいのだが......。
電車を乗り継ぎ、私は見覚えのない土地へと足を運んだ。
「ここは、どこなんだ......」
土地勘もまるでない街並みと、古い駅舎。
伊那かと呼ぶには都心に近く、都会かと言われれば坂道の多い場所だった。
太陽は私を孤独にしようと沈んでいく。
私は一度戻るか考えた。だが、家に戻ってもあれのことを考えるばかりだ。
「とにかく、場所を変えよう......」
しばらく歩くと、ここ一体の地図が書かれた掲示板を見つけた。
「坂の上に公園がある。そこで一休みしよう」
私は重い足取りで坂道を上っていく。
すると、ズズ......ズズ......。という足音ともとれない音が聞こえてきた。
ペタ、ペタ、ペタ......。私に近づくその音は、ずっと続いた。
「視線を感じる......。寒気もする......。一体何なんだ」
ペタペタという音が早くなってくる。私は追われるように走った。
急かすようなその音は、さらに早くなっていき音もさらに近づいてくる。
後ろを振り向く余裕もなく、私はやっとの思いで公園にたどり着いた。
「なんだったんだ。今のは......」
公園のベンチに座り、夜空を見上げた。
ホッと一息つくのも束の間、またも視線を感じた。
「誰だ......。 っ......!!」
思わず声を失った。
視線を公園へ下した瞬間見えたのは、びっしりと並んで私の方を見つめる大量の邪神像だった。
お前を忘れたいのに、お前はなんなんだ......。
「うああああああああああああ!! 創作の邪魔なんだよ!! お前!!」
私は立ち上がり、その邪神像たちをなぎ倒していく。
だが、それらは私を憐れむような目で見つめる一方だった。
私は怒りに任せてそれらを壊しまわった。
だが、流石に石ということもあってまるで歯が立たない。
情けなくなった私は振り切るように走っていく。
「ハァ、ハァ......。 なにか、武器はないのか!!」
目を血走らせながら、私は公園近くの資材置き場をあさった。
すると、そこに似つかわしくないパイプのようなものがあった。
「これなら......」
私は公園に戻ろうとした。その瞬間、またもペタペタと言う音が聞こえてきた。
その音は私を襲ってくる。私はその音が気に食わなかった。
怒りに任せて、私は振り向きざまにパイプを振り下ろした。
「ぐぎゃあああ!!」
音の主は、奇声を発して地面に伏した。
それは女のように見えて、さらに下半身のないようだった。
まるで私が噂に聞いて脚色した坂道女のようだった。
「そうか、これはみんな夢なんだ! 夢だから創作で作った坂道女がいるんだ! はは、はははは!」
静かになったところで、私は公園に戻ってあの邪神像どもに引導を渡すべくパイプをなんども振り下ろした。邪神像はすべて脆く崩れていく。
「ハハハハハハハハ! ざまあみろ!!」
私はパイプを持って、電車に乗った。
電車にもたくさんの邪神像があった。
私はそれを沢山壊した。
私の邪魔をするものはすべて壊してやる!!
私の作品を理解できないやつらもすべて!
「ハハハハハハハ!! 邪神め、思い知ったか!!」
私は、家の近くの駅で降りて邪神たちを壊しながら家に戻った。
邪神たちは私を憐れむような目で見つめる。
そして、私を理解できないなにか別の存在でも見るように蔑んだ。
私はただ、静かに作品を作りたいだけなのに......。
誰も理解できるわけがない。作り手の苦悩なんて......。
邪神が私を追い詰めてるんだ。
「私の家にある邪神を潰してやる!!」
私は怒りに任せて家に戻った。
家にはまだ邪神があった。
とうとう追い詰めたぞと言わんばかりに私は邪神にパイプを振り下ろした。
「ぎゃああ!?」
今まで声を発しなかったはずの邪神が初めて声を出した。
ふと見下ろすと、自分の家のフローリングに血が滴っていた。
目を泳がせているうちに、邪神が人間になっていた。
いや、私自身の目が、人間を邪神に変えていたんだ。
「だ、誰なんだ......」
目の前に倒れていたのは、男性のようだった。
うつ伏せになっていた彼を、ゆっくりとひっくり返すと恐怖したまま固まった顔が見えた。
「こ、小林?」
彼をゆするも返事はない。それどころか、彼から血がこぼれ落ちるだけだった。
どうして彼がここに? いつの間にここにいたんだ? なにが起きてるんだ?
「こ、これは......」
小林のポケットから、スマホが出てきた。
スマホを見ると、どうやら洞窟を出てからずっと私をつけていたとと思われる動画が見つかった。私はあの邪神から、そして小林から一歩も逃げることはできていなかったのだ。
「そ、そんな......」
絶望と共に『私が、同じ創作仲間である小林を殺した』という罪悪感が私を襲った。
そして、私は小林以外にも他の誰かを『邪神』と言って殺めたのではないかと思った途端自分の中から洪水のように言い表せない感情があふれ出した。
「あ、ああ......。 ああああああああああああああああああああああ!!!」
私はその場で泣き叫んだ。
家の近くでけたたましく鳴る、サイレン音も聞こえないくらいに......。
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あの日から、どれほどの月日が流れただろう。
私はまだ生きている。というより、法によって生かされている。
冷たい監獄の中で一人、私は月を見つめる。
どうやら今日は満月のようだ......。
「満月は人を変えるという。
時に凶暴に、時に艶美に......」
私はそのフレーズを、看守から唯一許された紙とペンで書き記した。
すると、看守の一人が私の元へやってきた。
「時間だ。思い残すことはないか?」
「十分、生きさせてもらいました。ありがとうございます」
看守に連れられて、私は別の部屋へと移動していった。
部屋へ入り看守に見守られながらも私は、部屋の中にある舞台に足を踏み入れたのだった。
廃ダンジョン配信 ‐終‐