2.坂道を走る女
ダンジョン配信を生きがいとしているアルバイト、平坂 詠美は帰り道が嫌いだった。自宅へ帰るときの唯一の道が急こう配な坂道だからだ。それでも彼女は、この街が嫌いになれずに2年ほど生活していた。ある日、彼女はアルバイト帰りにいつも通りにダンジョン配信を視聴していた。その時にふとおすすめに載っていた『廃ダンジョンに行ってみた!』というフレーズのアーカイブを見つける。彼女が見たアーカイブはころんという名の売れない配信者のたわいもない配信、のはずだった。
その動画を見た矢先、彼女の生活が一変していくのであった......。
「今日も遅くまでお疲れ。平坂さん」
店員の一人が、私に声をかけた。
そうか、もう店じまいの時間か......。長かった、早く帰りたい。
まあ、バイトをしたいって言ったのは私だけど、やっぱり仕事をするのはしんどい......。
「お疲れさまでした」
私は厨房を出てスタッフルームへ向かった。
ロッカーの中にあったハンガーに、エプロンをひっかけた後、自分のバッグを取り出した。
バッグの中のスマホを取り出すと、もう23時。ため息をつき、私はお店を出た。
「わぁ。外、真っ暗......。はぁ、いつものことか......」
暗く、人通りも少し減りつつある時間帯に、一人言をつぶやきながら歩いていく。
それでも、一番の救いはバイト先と自分の家が徒歩20分くらいの距離にあるってことくらいか。
「早く帰って配信見よ」
今一番私が楽しみにしていることと言えば、配信だけだ。特に、私は今ダンジョン配信にハマってる。
日常とかけ離れた景色に、モンスター。それに、武器やアイテムもみんな異世界にあるみたいだ。ただクリックするだけで、私を簡単に別の世界へ誘ってくれる。それに、配信者はみんな面白い人ばかりだ。
「今日は誰の見ようかな......。それにしても、暑いなぁ......。なんか、怖い系とかあれば涼むんだけどなぁ」
私の家に関してはなんの申し分のない良物件だ。事故物件でも、田舎というわけでもないのに良心的な家賃。バイト先との距離。イベントの多い東京へのアクセスのしやすさ......。
他にもあるけど、まあ悪くない物件だ。
「この急な坂がなければだけど......」
自宅に欠点があるとすれば、帰りの坂道が急と言うことだ。
家から駅方面へ向かうときは、下り坂だからまだ楽だ。
だが、家に帰るとなると話が変わる。
人の歩みを妨げるように、壁となって視界に広がる道。
さらに、深夜になると、明かりは心もとない街灯だけとなって、暗闇が私の心を襲う。
そんな暗闇の坂道を足早に抜けると、ようやく平坦な道と一軒家が広がってくる。
家と家の間にある細道を通ってすぐ右に曲がると私の借りたアパートが見える。
「ただいまー」
大学生が住むような3階建ての賃貸。
その3階の真ん中の部屋が私の住む家だ。
電気をつけて、パソコンの電源を付けると至福の時が始まる。
昨日の残りのカレーライスを適当に温めて、パソコンの前に座る。
「えーっと、Dストリームっと......」
ダンジョン配信専用の配信投稿サイトである『Dストリーム』を開き、おすすめのアーカイブを確認しながら、作り置きしていたカレーを口に運ぶ。ダンジョンは、私を虜にさせる。自分が絶対にできないことを、配信者たちはやっている。そこに夢やロマンはあるかもしれない。それでも、私の仕事の方が幾分かマシだと思ってしまう。
「ん、なんだこれ? 『廃ダンジョン 深淵に行ってみた』?」
ふと、おすすめアーカイブ欄を見ると、妙なサムネイルと動画タイトルが掲載されていた。
一度も見たこともない配信者名にも驚いたし、その再生数も異常だ。
「5000万再生? たった登録者数千人規模なのに......。どんな配信だったんだろ」
私は興味をそそられて、その動画をクリックした。
『うぃーーーーーーーっす! こんにちころころ! ころんさんです!』
挨拶は至って凡庸。というか、あまり好きじゃないタイプのイケイケ系の勘違いおじさんって感じ......。それでも、廃ダンジョンという聞き覚えのないワードに、私は食べ終わって器だけになったカレー皿を置いて動画に見入った。
『赤色かぁ。まあ、討伐して損はないか......』
動画の内容は至ってシンプル。ダンジョンのルート内にある攻略禁止となった場所へ行くだけ。
そのダンジョンルートも30分くらい経ってもなにもなく、赤いオークと戦っただけ。
正直、ハズレかなとも思ったその時だった。急に動画の雰囲気が変わる。
それはちょうど、変な女神像が映った時だった。
「うわ、気持ち悪ぅ......」
女神像の顔にびっしりとブツブツとした何かが見えて、鳥肌が立った。
流石に気分が悪くなって動画を停止してパソコンを閉じた。
「思ってたよりマジなやつだった......」
明日は遅番だけど、バイトはあるし寝ないと......。
眠れそうにない自分の目をこすりながら、私は流し場でコップに水を入れて飲み干す。
「目、閉じたら寝れるっしょ」
コップを流しに置いて、布団に入って目を閉じた。
暗闇にさっきの女神像がちらつく。振りほどくように寝返りを打ちながら、私はうとうととし始める。
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次の朝、私はとんでもない冷や汗をかいて目を覚ました。
なにか悪い夢でもみたかのように、あるいは風邪を引いた時かのように悪寒が走っていた。
それでも体温計で測っても熱はない。どうやら風邪の類ではなさそうだ。
「もうすぐバイトの時間だ。行かなきゃ......」
クローゼットから自分のズボンとTシャツに着替えて、バッグを肩にかけて家を出た。
いつもの下り坂。昨日ヘトヘトになった道とは雰囲気が変わっているように見える。
バイト先にたどり着いた時には、いつも以上に元気が湧いてきていた。
「よし! 今日も一日頑張るぞ!!」
私は、ウェイターとしてまた一日を過ごした。
給仕にレジ打ち、テーブルの片づけ、トイレ清掃......。
その時間は、長いようであっという間に日が暮れて退勤の時間となっていた。
やっと帰れると、陽気になっていると後ろからトントンと肩を叩かれた。
「ひぇっ!?」
「あー。ごめん、ごめん。驚かせちゃった?」
「びっくりした。風祭さん、お疲れ様です」
バイトリーダーである風祭さんは、自分の荒れた鼻を触りながらこちらを見つめる。
別に悪い人じゃないんだけど、いつも気味の悪い笑顔で話しかけてくるから距離を置いてる。
「平坂さん、今日はいつになく元気だったね! なにか良いことでもあった?」
それでも、彼は私に気でもあるかのようにグイグイと攻めよってくる。
私は適当に相槌を打ちながら、躱していく。
「別に、いつも通りですよ? お疲れさまでした! 明日もよろしくお願いします」
「う、うん。また明日ね?」
私はスタッフルームで着替えた後、バッグを持って店を出た。
外はいつもの通り、暗く静かだ。
でも、今日はいつもと雰囲気が違うように感じる。
夏のはずなのに、どこか寒気がする。
家へ向かう上り坂もいつもよりも長く感じる。
そんなことよりも、一番奇妙に感じているのは後ろからの視線だ......。
「誰......?」
思わず振り向くも、そこはただの道だ。
誰もいない。大通りの車と、ほんのりと明るい車道だけが広がっていた。
「気の、せいだよね?」
家の方へ向き直り、私は速足で上っていく。
歩いても、歩いても坂道は続く。
さらに視線は増えるばかりだ。
一つだけと思っていたのに、今は3つくらい?
よくわからないけど、複数の視線が私を睨んでいるようだった。
私は走った。
すると、相手も走っているように感じてさらに怖くなった。
風を掻き分けるように走っていると、いつの間にか視線は消えて自分のアパートの前に立ちつくしていた。怖すぎて私はその場でしゃがんでしまった......。
「はぁ、はぁ......。なんだったの、今の......」
震える足を叩きながら立ち上がり、私はアパートの階段を上り家にたどり着いた。
あまりの気味悪さに私はすぐにベッドに横たわった。
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「......さん? 平坂さん?」
突如として、声が聞こえてきた。
私は今、目が覚めたかのように目を見開いた。
「え?」
「大丈夫? 体調でも悪いの? さっきまではあんなに元気だったのに......」
風祭さんが心配そうに私の手を握ろうとする。
私は彼から一歩遠ざかりながら、自分と風祭さんを落ち着かせる。
「大丈夫です......。今日はちょっと、人が多かったのでめまいが起きたのかも?」
「そっか......。じゃあ、ゆっくり休みな?」
「は、はい......」
自分の感覚がおかしいのかな?
私はいつバイトに向かった?
どんなふうに仕事をしていた?
なんでもう退勤の時間になってるの?
さっきまで寝ていたはずなのに......。
「まあ、いっか。忙しかったら、こんなことだってあるだろうし......」
気にも留めず、私は着替えてバッグを持って外に出た。
いつもの帰り道。いつもの暗闇。そして、昨日からの視線......。
「また、誰かが追いかけてる? もしかして、ストーカー?」
振り向くと、そこには黒猫がスッと通っていった。
なんだか、嫌な予感がする......。
振り向きなおし、家へと小走りで坂を上った。
後ろの視線は、またも増えて今度は息遣いまで聞こえてくる。
走っている途中、パリン!という音が聞こえた後、電気がショートするような音と目の前が真っ暗になった。
「え? なに?」
おもむろに私はバッグからスマホを取り出してライトを点けた。
瞬間、目の前に青白い顔が見えた。
「きゃああああああああああああああ!!?」
思わず腰を抜かして、道端に転がるも、誰もなにも聞こえていないかのようにシンとしていた。
そのまま、私はスマホのライトで前を照らした。だが、そこにはもう誰もいなかった。
これはもう気のせいとはいえない。立ち上がり、スマホのライトを頼りに坂を上っていく。
それでも視線は、私を追っているように感じる。
また、走っていくと坂の終わりが見えてきた。
その先の細道を抜け、私はアパートへと逃げ込んだ。
ドンドンドン! ドンドンドンドンドンドン!
扉の強くノックする音がする。
今、深夜0時だよ!? 宅配でもないっていうのに誰よ!!
扉の向こう側から声はしない。私は必死に声を殺して布団に向かい、布団にくるまって身をひそめた。
これは夢だ。疲れているから見ている夢なんだ......。
夢なら、早く醒めてくれ!!
ドンドンドンドンドンドン!
ドンドンドンドンドンドン!
扉を強く叩く音はまだ聞こえる。
だが、流石に諦めたのか扉を叩く主は消えて音もしなくなった。
私はそのまま、布団の中で目を閉じた。
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また、時間が飛んでいる気がする。
仕事の時は気を失っているみたいで、仕事の終わり際になると目を覚ますように記憶がはっきりとしてくる。風祭さんから、また言い寄られた。
「ねえ、本当に大丈夫? 僕が一緒に帰ってあげてもいいけど?」
「構わないでください......。お疲れ様でした......」
彼の顔が悲しんでいるのか、それとも怒っているのかわからないままに店を出た。
正直、帰り道の視線でさえも辛いのに現実の人間にも気を揉むのは耐えがたい......。
「仕事辞めて、引っ越そうかな......」
視線と不気味な息遣いは、どんどん近づいてきているように感じる。
でも、坂道にあった街灯は切れているのか先が見えないから走れない。
スマホを持って歩いていくしかない。
「い、いや......」
視線と不気味な息遣いは、歩く度に増えていく。
坂道はどんどん伸びていくように見える。
すぐにたどり着けるはずなのに、それを拒んでいるみたいだ。
ゆっくり歩いていると、見慣れないお地蔵様のようなものが道端に鎮座していた。
視線を不気味な視線は消えたので少し止まって見て見ると、お地蔵様は見たことのある印の付いた布切れを顔に乗せていた。
「これ、配信で見た女神像にそっくり......」
思わず、その布切れを触ろうとしてしまいそうになって驚いて後ずさりした。
「嫌な予感がする......。絶対に触ったらダメだ」
自分の手を握りしめながら、私は前を向いて走った。
走って、走って、走り続ける。この坂を抜けるまで......。
坂を上っても、上っても、両脇にあるのは知らないマンションや一軒家だけ。
いつまで経っても私の家にはたどり着かない。昨日よりも、おとといよりもずっと遠くに感じる。
ひたすらに坂道を上っていくと、またあの女神像が見えた。
同じ道を永遠に繰り返し歩いている感覚がして、気味が悪くなった。
「女神様に触れれば、元の世界に帰れるとか......ないよね?」
女神像は、私に触ってほしいと言わんばかりに存在を主張している。
でも、本当に大丈夫なのかな......。ここにあるはずもなかったものを信用するなんて。
「でも、女神様なんだからご利益があって当然だよね?」
私はその女神様の頭をさすった。
すると、突然私は家のパソコンの前に座っていた。
いつの間に帰ってきたんだろう......。
しかも、部屋の電気つけてないし......。
机の上に置いてあった照明のリモコンの電源を付けると、同時にパソコンが勝手についた。
「え? なにこれ......」
そこには前に見たダンジョン配信の続きが映されていた。
女神様、いや邪神様のカメラが配信者を追いかけていく。
カメラマンからうようよと出現するムカデのような虫の数々。
そして映像が乱れて、赤い背景に謎の白い文字が浮かび上がった......。
なんなのかわからないまま、私の心は配信に捕らわれていくように感じた。
「電源消さないと!!」
必死にパソコンの電源ボタンを押すも、動画はシークバーが最後になるまで再生されていく。
再生が終わったと思うと、パソコンの電源が落ちて部屋の照明も消えていった。
「な、なんなの? 一体......」
突然、眠気が襲って暗闇が訪れた。
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次に目が覚めた時、私は家までの道のりにある坂道に立っていた。
朝起きた感覚もなければ、仕事に行った感覚もない。
でも、もうどうでもいい。
「帰らなきゃ......」
私はいつも通りに走った。
坂道を上って走り続ける。
道の脇に見えていたのが、いつものマンションや一軒家じゃなく柳になっていても走り続けた。
自分の世界に帰れると信じて走り続けた。
「こんな世界、みたことない......」
いつも異世界を気軽に楽しんでいた。
ダンジョン配信を通じて、異世界という非日常を思い描いていた。
だからと言って、自分がその場に行きたいわけじゃなかった。
それでも、邪神様はその願いを叶えてくれた。
「邪神様が、たくさん並んでる......」
走っている坂道に並ぶ邪神像。
それらはまるで、走る私を応援するように数メートルごとに並んでいる。
坂が月明りで赤く照らされる。それでも私は走り続けた。
いつか邪神様が私を元の世界に返してくれると信じて......。
「もう、いいよ。邪神様......。 私を元の世界に帰して!」
走り続けたり、道端に鎮座する邪神像に触れても元の世界にはたどり着かない。
自分の家に帰れない......。私はまた走り出した。
坂道の風景は、柳と森、そして赤い鳥居に囲われた。
森から視線を感じる。いつも感じていた視線だ。
でも、それは不気味な視線ではなく、陸上選手を応援するような眼差しのようにも感じた。
「もっと、早く。もっと早く走れば邪神様は喜んでくれる!! 喜んでくれたら、きっと元の世界に帰してくれる!!」
私は、足の筋肉がちぎれそうになっても走り続けた。
右足から、ブチブチと筋肉が剥がれる音が聞こえる。
それでも私は休むことなく走り続けた。邪神様が喜ぶのであれば、私はずっと走り続ける。
瞬間、ブツリという音が聞こえた。
「ぎゃあああああああああああああああ!!」
いたい。
いたい。
あしがいたい。
でも、邪神様は笑ってくれない。
元の世界に帰してくれない......。
「もっと早く。もっと早く」
私は、右足を引きずりながら走り続けた。
すると、左足からもブチブチと音が聞こえ始めた。
視線はどんどんこちらに向いてくる。
誰もが私に注目している。
邪神様もきっと見てくださっている。
「ぐあおがああああ!?」
左足が動かなくなった。
私は両手を使ってでも走り続けた。
ずるずる、ずるずると下半身を引きずりながら私は走った。
そうしていくうちに、両足はいつの間にか血を出しながらぐちゃりと体から離れていった。
これで軽くなる。もっと早くなれる。これで元の世界に帰れる。
「帰して......。帰して......」
懇願しても、邪神様も坂道も答えてくれない。
さらに、走っても走っても家にたどり着くことはない。
「かえして......。かえして......」
私は叫びながら坂道を上るも誰にも出くわすこともなかった。
私はさらに早く走った。私にはもう、走ることか叫ぶことしかできない。
すると、一人坂道を上る人を見つけた。
よかった......。これで私は助かる。元の世界に戻れる......。
「縺ー縲∝喧縺醍黄......??シ」
坂道を上る人は男の人のように見えるが、言葉がまったくわからない。
外国の人なのかもしれないけど、今は助けが必要だ......。
「た、たすけて......」
「縺ェ縲√↑繧薙↑繧薙□?溘??縺励c縲∝幕縺」縺滂シ?シ」
「かえして......。いえに、かえして」
「縺ー縲∝喧縺醍黄縺?繝シ繝シ繝シ繝シ繝シ繝シ繝シ繝シ繝シ繝シ繝シ繝シ繝シ繝シ??シ」
男の人は私を見るなり、走り去っていこうとした。
ま、待って......。私はただ家に帰りたいだけなのに......。
たすけて。いえにかえして......。どうして、助けてくれないの?
「どうして帰してくれないのよぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
「縺?o縺ゅ≠縺ゅ≠縺ゅ≠縺ゅ≠縺ゅ≠??シ」
何を言っているかわからないけど、彼が叫んでいることだけはわかった。
まるで化け物を見るかのような怯えるような目で彼は走り続ける。
すると、ほっとしたかのように彼は家の中に入ろうとしていた。
私が、家に帰れないっていうのに! 貴方は私を助けないで帰るっていうの!?
おかしいじゃない!! ちょっとは私のこと助けてよ!!
「ちょっとは私のこと助けなさいよ! この人でなし!!」
私は相手を小突くように拳を出した。
瞬間、彼の胸に穴が開いた。私の拳が彼の胸を貫いていた......。
「あ、ああ......。ご、ごめ......」
「......」
彼の断末魔は聞こえないほどに小さく、強張っていた。
彼は血を自分の家のドアに飛び散らせながら倒れていく。
私は悟った......。私はバケモノになってしまったんだと......。
ただ私は家に帰りたいだけなのに......。
「ああ、あああ......。ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
私はまた走り続けた。覚えのない坂道をただ走り続けた。
たまに坂道を上って家に帰る人たちに、助けを請いながら......。
都市伝説 レポート 『坂道女』 作:十字路常時
坂道女という都市伝説を最近耳にしたので、ホラー作家たるもの嫌々ながらその噂を調査することにした。
坂道女は夜中の坂道、特に坂を上っているときに現れるという。
テケテケと似て下半身がなく、夜道を歩く人を襲うらしい。
対策は現状ないようで、見つかったら最後時速100kmという速さで走って襲う。
両手で時速100㎞というのはかなり、上腕二頭筋が発達していないとできないだろう。
......。失礼、最近SF映画を見すぎて科学考証をしたくなっている。
正直、こういった『夜道は危険』という類の怪異は飽きたので違うフレーズが欲しいところだ。
ホラーとしては初歩の怪異だから、今回は紹介だけに留めておくとする。