攻略準備の錬金術師⑥
セリアさんの命懸けの検証の結果、一番効果が高かったのがオリハルコンメッキのミスリルがへこみがほとんどなく、有用そうに見えた。
ただ、手に来る衝撃はミスリルと魔鉄の合金タイプだったそうだ。
重量の部分を考えると、ミスリルに比重を寄せた合金にオリハルコンのメッキをつけるのが良さそう。
魔導炉三台をフルに使って比重の変えた合金をそれぞれ作成。セリアさんには悪いが、これで再度挑戦をしてもらう事にする。
車体の本体部分と装甲部分の間に緩衝材を挟む事も考える。その分重量は増えるけど、安全性を考えるとそちらの方がいい。
本体部分はエンジン回りにミスリルを使い、それ以外の部分は世界樹の板を使って全体的な重量の軽減を狙う。
ただ、地面の中から飛び出て来る草原の悪夢対策の関係上、戦車の下部の装甲を特に厚くしないといけないので相当な重量になりそうだ。
「一体何トンになるのやら」
これだけの大きさの物体の重量を測る道具なんか分からないが、100トンは超えるかもしれない。
そしてその重量を動かす車軸と歯車、固定ボルト、更に無限軌道を守るカバー部分、要は足回りの部分すべてが純オリハルコン製だ。
全部の型を作るだけで相当な時間がかかりそうでげんなりする。
大量のオリハルコンを見てセリアさんとミリア、レドリックが乾いた笑いをしていた。
でも足りないかもしれないから、ちょっと世界樹のダンジョンに行って来てくれない?
「へー、なんかすごいっすねー」
モノを知らないジェシカの感想にみんなして癒されたりもした。
レドリックやセリアさんと色々と話をした結果、先端部分に伸びる砲塔ではなく突撃槍のような物を付けた方がいいのではとの話になる。そりゃそうだな。
三角錐の長めの突起物を取り付ける事に。前が重くなると重心が偏るので、外装部分をオリハルコンで作り中は空洞だ。
「ドリルにしようぜ!」
「栞! いいなそれ!」
「趣味全開だね……」
無理でした!
回転させるギミックを付けると更に重量が増えるし、重心が前に来てしまいバランスが悪くなるのだ。
代わりに前面に出現する草原の悪夢を左右に弾き飛ばせるように先端の突撃槍には傾斜を付けて、下部分に潜り込まれても左右に弾けるようにガードを付ける。
無限軌道で踏みつぶしても乗り越えて進める……予定だ。
飛び上がって跳んでくる草原の悪夢は、耐えるのではなく迎撃したほうが良くないかとの話も出た。
上面部分を地面と水平に作って腰の高さくらいの柵を作って人が落ちない様にしないと危ないな。安全帯も付けれるようにする。ミリア、セリアさん、レドリック、イリーナ、セーナが長物の武器を使って叩き落せるように上に並んで迎撃する予定だ。
セーナとセリアは長物をご所望っと。作りますので訓練してください。相当揺れるぞ?
これらの話し合いと、模型の作成に3カ月以上かけた。
いくつかの素材が足りず、みんなに獲りに行って貰ったりオレ自身が採取をしにいったりと忙しい日々を過ごしていく。
そして全長1m近くのサイズになった模型が完成。試運転を行う。
「スタート!」
ノロノロとしか進まない。重すぎたようだ。
「子供のおもちゃにはちょうどいいかも?」
「オリハルコンとミスリルと世界樹の板の塊だからいくらになるかな……」
「あんなサイズでも街一つ買えそうな値段になるだろうな……」
笑えない。
だが課題は分かった。もっと出力の高いエンジンが必要だ。
エンジンは……エンジンと称しているが、作りは自転車の応用。
あれのちょっと太くてでかいバージョンである。車のエンジンの仕組みなんか知らんもの。や、作って初めて分かったけど自転車も相当に複雑よ? 日本はあんなもんどうやって量産してんだってレベルだ。
車軸を回転させるエンジン部分の大型化に加えてロードボードの加速装置も取り付ける。前面が草原の悪夢で詰まってしまったり、何らかの障害物が発生した場合にも対処できるようにしないといけない事に気づいたからだ。
更に大型化が行われる結果になる。
車体の重量の関係で。常識外れの力強い回転の力が必要だ。単純に回転させるだけでも強い風属性を持ったそれこそドラゴンクラスの魔物の魔石が必要になる。
世界樹のダンジョンにそんな奴いたっけかと悩んでいたら、エルフの里に魔石があることが判明。
過去に世界樹に襲い掛かってきた魔物だそうだ。大物でありその魔石も巨大だが、その分魔石の加工を行える者がおらず、ずっと村の近くに転がしてあったものだ。
そしてそんな魔石がいくつもあった。ついでに貰っておこう。
エルフ、恐ろしい種族である。
どんな魔物だったか興味があったんだけど、その手の戦いはそれなりに多いから覚えてないとか自分が生まれる前だとか。エルフの歴史ィ。
「ご主人様! すぐに来て!」
「セーナか。どうした?」
「生まれそう!」
「イドか!」
そんなこんなで車体のパーツのサイズを模型を元に作成していると、セーナがドッグに走り込んできた。
イドが産気づいたらしい。
「かわいい」
「うん、赤ちゃん。すごいね」
「イドさん、よくやりましたわ」
「ん」
イドのいるエルフの里に慌てて向いイドの元に向かうと、イドのお父さんであるクルフィンさんに羽交い絞めにされて、最近ご近所付き合いが頻繁なシルドニア皇国の祖王こと近所のおっさんの、ケンブリッジさんに押しとどめられる。
く、扉の向こうから楽しそうな声が聞こえてきやがる。
「ダメだよライト君、まだ男が入っては」
「はーなーせー!」
赤ん坊の泣き声が聞こえるのに!
栞とエイミーとミリアがもう中で見てるのに!
「今産婆が赤子の状態を確認しているし、イドも憔悴しているからね? いけないよ?」
「はっはっはっはっ、すぐに会えるからもう少し待ちたまえ。イドリアルも赤ん坊も整えないといけないからね」
エルフのおっさん共は力が強いんだよ!
「ライトくん、いいわよ」
「あ、はい」
イドのお母さん、エインシャルさんが扉を開けてくれたのでおっさん達も放してくれる。
軽く息をはき、乱れた髪の毛を手櫛で整えて中に入る。
「ライト」
「ああ、イド」
ベッドに座っていたイドが赤ん坊を抱いていた。
失敗した。リクライニングベッドを作っておけばよかった。
「この子はイアンナ」
「イアンナか」
エルフの子の名前は集落の代表が前もって決めるのが習慣だ。里の中で名前が重複するのを防ぐ為らしい。みんな過去の英雄とか強かったエルフの名前にしたがって名前が被りまくるからだそうだ。
エルフの里の族長が決めてくれた名前。男の子だった場合はカルバンサードで女の子だった場合はイアンナ。
つまり、女の子だ。
名前はこっちで考えたかったんだが、その話をすると「ライト、族長になるの? 族長と戦う?」「あら、いいわね」「義理の息子が族長か、滾ってきたな!」と飛んできたので断念。
子供をエルフの里で育てる以上、こちらの習慣に合わせる形になった。
お義母さんがニコニコ顔でイドの前のイスを開けてくれたので、そこに腰かける。
「イアンナ」
「そう、抱いてみて」
オレは恐る恐るイアンナを受け取って、まだ皺が多く目も開かないその顔を覗き込む。
かわいい。
「女の子だから、イドに似るといいな。美人になるし」
「そうね。ライトに似ると弱いし」
「うっ」
事実だが悲しい事を言わないで欲しい。
「ライト、例のくるまって順調?」
「まだまだかかる、かな」
「そう、良かった」
「うん?」
「わたしも行くわ」
「何をおっしゃる」
「基本的にわたしがやるけど、それ以降は里の老婆衆や子供衆の仕事」
思わずお義母さんの顔を見ると、当たり前のように頷いている。
「えーっと……そういうもの?」
「そうね。狩猟隊や防衛隊は1,2カ月くらい里を離れるのも珍しくないわ」
でも危険な事には変わりない。
「完全に任せられる期間を終わったら合流する、体も整えとく」
「了解、その前にあそこを突破すればいいんだな」
「むう」
「口を尖らせないでくれ。イアンナにはお前が必要なんだから」
「ライトも必要」
「そだね」
「うん、お父さんも。道長くんもいないと」
「ですわ」
イアンナがぐずり始めたので、イドに返す。そしてイドの頭にキスを落としてから抱きしめる。
「イドはエルフだから、心配なんだ」
「ん、わたしもライトが心配」
「ああ、オレは弱いからな」
「ライト君、そろそろお披露目を」
「……分かりました」
子供が新しく生まれたのだ。エルフの里は世界樹の周りにいくつもあるが、一つ一つの里はあまり大きくないし人数も100人程度だ。
そんな中で授かった新しい命、それをみんなに知らせるのは父親の大事な役目である。
オレはあまりこの里にはいないが、石化を治したイドの旦那として里の人員として認められている。
男衆からすれば、美味しいお酒や食べ物を持ってきてくれるっていう人との認識だろうが。
今日は宴会になるだろう。
あとで宴会を抜け出してイアンナを堪能しよう。