攻略準備の錬金術師⑤
「オレ達の世界の戦車ってのはな、いわゆる自走する兵器なんだわ」
急遽始まった戦車の講義。
「分かりやすく説明すると、鋼鉄で周りを囲んで安全を確保しつつ、草原の悪夢を蹴散らしながら前進できる馬に牽かせない車を作ろうと思う」
「「「 おおー 」」」
「ゾンビもののゲームで車に乗ると爽快に敵を吹き飛ばせるアレだね!」
「まあそんな感じ」
「栞ちゃん、相手はゾンビより硬そうだよ?」
講義終了。だって戦車の細かい説明なんてできんもの。
地面の穴を考慮して、タイヤではなくキャタピラを採用だ。
ロードボートは大元のフェリーがあったが、今回はゼロから作成する形になる。それなりに時間がかかるだろう。
「ジジイにはオレ達の世界の技術を余り外に出すなって言われてたんだけどなぁ」
「ゲオルグ様にですか……」
「ああ、度の過ぎた技術は危険だって言われててね」
オレがだっちょんやら馬に馬車を牽かせているのは、自動車を作るなとジジイに言われていたからだ。
「いいんじゃね? どうせ道長にしか作れねえだろ。ここの突破にだけ使えばいいんだから他に見られる心配もないだろ」
「それはそうなんだが」
「あれば便利だからって言って使い倒すみっちーが見えるわ」
栞の言う通りである。
「んで、いきなりそれらを作れる訳じゃねえだろ? 何がいるんだ?」
「確かに勇者様方が残された素材だけでは足りないのではございませんか?」
「作るのは確定かい」
「作りたくないの?」
「作りたいですとも!」
「決定っすね」
決定したっ!
「ゲオルグ様にはわたくしも一緒に謝りますから」
「姫様、私もご一緒いたします!」
「ありがとう、セリア」
しかし戦車か、戦車かー! あれだ、滾るっ!
「内部、というか足周りの部分は完全に一から作らないといけないから……まず模型から入るか。設計図から作らないとだな……キャタピラってどんな構造だっけか」
「道長君?」
「そうなると、どの程度の出力が必要か本体の重量も計算しないとだな。素材は何がいいか。魔鉱石は大量にあるし、ミスリルは軽いが硬度で考えるとオリハルコン? そんなに用意出来るか? 合金にしないと重量がかなり嵩むな。いっそのこと新しい物を……セーナ、紙とペン」
「は、はい」
「始まっちゃったね」
セーナに渡された紙に簡単に戦車の絵を描く。砲塔が付いてて回転できるオーソドックスな物だ。
「変なタイヤだな。これで走れるのか?」
「楕円形? ですわね、不思議ですわ」
「うん。私も良く知らないけど結構早く走れるらしいよ?」
「これは鉄の塊なのだろう? エイミーの世界ではこのような物が走っているのか」
「これは、戦争で使われるものだから私は見た事ないけど」
「街中じゃ走ってないね」
キャタピラ、無限軌道は鎖の様に鋼鉄の小さな板を並べて回せばいいのか? 下手に柔らかい素材だと草原の悪夢に貫かれてしまう。
あれ? 戦車って左右への移動ってどうしてるんだ。この作りだと前進と後退しかできなくないか? わからんな。
「聞こえなくなってしまいましたわ」
「だねー」
「セーナ、ご飯にしようぜ」
「はあ、まったく。仕方ありませんね」
こういうのっていきなり本体を作るのっていかんのよな。模型じゃなくてラジコンみたいなのを作ることにするか。
あと本体の素材だな。草原の悪夢の攻撃力をしっかりと把握したい。連中の体当たりを食らっても横転しないように少し大きめに作らないとだし、かと言って重すぎて動けなくなるのも問題だ。
あ、動けなくなったら転移ドアで逃げればいい様に設置しとけばいいか。あれ? なんか引っかかるな。まあいいか。
ガソリンがある世界ではないので代用品を使う事に。や、どっか掘れば石油が出るかもしれないけど。探してたら何年かかるかわからんし、石油からガソリンにする方法も良く分からない。
なのでフルアーマーセーナやロードボートの燃料に使っている上級魔力回復薬を燃料にする事にする。
かなりの量が必要になるだろうからオーガの里で増産をお願いし、更にレドリックと栞に材料の回収にダンジョンなどに走ってもらう。
魔力を込めた水もかなりの量が必要になるし、各種の水溶液も必要だ。魔草だけでなく、材料となる生命関係の素材もダランベールのクルストと自由都市ヘイルダムの冒険者ギルドに依頼した。
魔王討伐の際に渡された報奨金と、クルストの街や旧港街で錬金工房として稼いだ金の力をダランベール側で。魔導炉の技術提供や皇国で貰った報奨金をヘイルダムでそれぞれ大放出である。
集まった素材の受け取りをエイミーとジェシカにお願いし、水溶液の作成と、集まった素材の加工はユーナに任せた。
エーテルは手持ちの物と品質を統一しないといけないからオレが作らないといけないので、その前の部分で止めてもらう。
「オレは装甲の素材と足回りの素材、それと本体の構造の作成だ」
特に正面や左右、後部の一部に取り付けるガラス部分をどうするかだ。
前や周りが見れない状況では話にならない。
しかもその部分を草原の悪夢の体当たりで破壊されてしまっては、元も子もないのである。
「透明度の高い物質で、ガラスの素材になるものかぁ」
草原の悪夢の前の部分の先端や足が尖ってなければ、ガラス部分を鉄格子で覆えば問題なかったんだけど……まあ仕方ない。
防犯ガラスとか強化ガラスって何で作られてるんだ? まあバールのようなもので殴られればヒビが入るらしいが。
ヒビが入って視界が遮られたら不味いんだよな。とにかく前進しないといけないから。
「取り合えずオレが考えられる中で作れそうなものからだな。軽くて丈夫な金属からだ」
オーガの島の、先日魔導炉を置いた場所。つまり外だ。
そこに手持ちの金属を並べていく。
銅、鉄、銀、金、魔鉄、ミスリル、ケルバリス、アダマンタイト、隕鉄、オリハルコン。
異世界を代表する金属からオレ達の世界にもある金属。
隕鉄よりもオリハルコンの方が多いのが笑える。まあ隕鉄はゴーレムを見た事がないけどオリハルコンはゴーレムが世界樹のダンジョンの上層にいるからなのだが。
「軽い金属だと、やっぱりミスリルかな」
軽くて丈夫の代名詞。冒険者達の武具にも大人気のミスリルさん。
これは産地によって硬さが変わるのも特徴的だ。今回はダンジョン産のミスリルゴーレムだから最高峰の物である。
硬さでいうと魔鉄を加工した魔鋼鉄のが上だが、同じ体積でも倍近く重くなるのが難点。
「オリハルコンが一番硬いけどな……」
オリハルコンは神鉄とも呼ばれる究極の金属である。だが同じ量を使うとミスリルよりも重量があるし加工も手間だ。
ちなみにオレが知る異世界の物質の中で一番硬いのがハクオウの鱗、次がオリハルコン、その次辺りに世界樹の板が来る。まあ加工時の感触での判断なので実際には違うかもしれないが。
加工しやすいのは世界樹の板だが、あれ何気に熱に弱いし、万が一貫かれたらそこから全体にヒビが走ってしまうので今回の装甲には向かない。
ハクオウの鱗は単純に数が足りないな。こんなことなら粉にしないで一部を残しておけばよかった。
クラスメートの武具の作成やイド、栞、最近だとミリアやセリアさん、レドリックの装備にも使っていたこのオリハルコン。
かけらを一つ掴んでもてあそびながら、どうすればいいかを考える。
「セリアさんは平気かな」
セリアさんには草原の悪夢の攻撃力の調査に行って貰っている。
オレが既存で作った事のあるミスリルと魔鋼鉄の合金の盾や、魔鋼鉄とオリハルコンの合金の盾、ミスリルの盾にオリハルコンを薄く表面に塗ったメッキのような盾なんかを渡してある。
セリアさんは防御の天才で、盾を使った防御術を心得ている。そんな彼女の技能をあてにして、受け流さずに草原の悪夢の攻撃を受けてきて欲しいとお願いをしてしまった。
ミリアはセリアさんの護衛だ。立場が逆転している。
逃走のフォローにセーナも付けた。
逃走先にリアナも待機させたので怪我をしても回復させられるはずだ。
リアナの力でも回復が間に合わなければ使うようにと奇跡の回復薬も1ダースほど渡してある。
イドをフリーにするのが不安だったので、ドリファスの奥さんでありハイナリックの屋敷のメイド長をしているハルティアさんにお願いした。今頃礼儀作法を教え込まれているはずだ。
南無三。
とにかくどれだけの敵がいようとも、セリアさんとミリアが共に戦えば負けないとの信頼はあるが、怪我だけは心配だ。
「まずは……倉庫。や、ドッグからか」
オレ、栞、エイミー、ミリア、ジェシカ、セリアさんにレドリック、イリーナとセーナ。
合計9人が乗れる乗り物を作るんだ。
製作基地もそれ相応の大きさが必要になる。
一度金属類を魔法の手提げに吸い込ませる。
オレはお手製の魔法の杖を取り出した。
「地属性の魔核に変更をかけて、地面を平らにしてっと」
イリーナにペッタンコハンマーを使わせなくても、地面の操作は魔力で出来る。街中でやると近くの建物に影響を及ぼす可能性があるので出来ないが。
ちなみに外でもペッタンコハンマーを使ったのはイリーナが好きだからなのと栞への嫌がらせである。
整地が済んだらアイアンゴーレムを大量に取り出しす。
魔核を抜いたアイアンゴーレムはただの鉄の塊だ。ただの鉄ならば魔法抵抗がほとんどないので、魔導炉を使わなくとも加工が可能だ。
叩いて鍛えないから武具にするには使えないが、建物の骨組みにそのまま利用する程度ならば問題ない。
アイアンゴーレム達を魔力で無理矢理溶かして、一つの鉄の塊にする。
そしてそれらに魔力を込めて、大きな建物の骨組みを作る。
スライムのように鉄塊が動いて、そこから鉄の触手が縦横斜めに動いて鉄骨となる。普通の鉄骨と違ってボルトで固定せずに、一筆書きみたいな形で鉄塊が固定されていくから強度的にも安心だ。天井にも鉄骨を走らせる。
「こんなもんか。次は壁だな」
壁はストーンゴーレム製だ。
地面から取り出すと、地盤が緩くなってしまうからストーンゴーレムを使う。
アイアンゴーレムと同様に魔力で無理矢理加工だ。
加工と言っていいのかわからんが、とりあえず壁と屋根を作成。
長方形の天井高のある体育館の出来上がりだ。床は剥き身だけど。
作成する車が出入りできるように搬入口はかなり大きい。扉は面倒だから布でも取り付けておこう。
「ほいで、魔導炉を3つほど設置」
ハイナリックの鍛冶職人達に炉の部分だけくみ上げてもらった物だ。
後で魔導炉にして返すからと言って貰って来た。
中に入り魔導炎の依り代を取り付ける。炉の部分はどうしても力仕事なので時間がかかるが、こうして先に設計図を渡して作って貰えば人海戦術で作っておいてくれるのである。
耐熱レンガがダランベールよりもいいものなので、ハイナリックの炉を選んだ。
下書きもせずに、魔力回路はオレの膨大な魔力で一気にくみ上げてしまう。
そうすると普通の人間のように半日とか1日炉に張り付いて魔力回路の定着を行う必要はない。
「ふう」
魔力量的には問題ないが、魔力回路の作成は綿密な魔力操作が必要だ。
炎の魔核を杖にセットし1台1台魔力回路を走らせるには精神的な疲れがくる。
「あ、転移ドアもどっかに取り付けないとだな」
他にも机とか棚とか必要だな。
あ、コンロだけは先に置いておこうか。
体が揺らされると共に、眠っていた体が起こされる。
ああ、ソファで寝てしまったのか……。
「おはようミチナガ、私達に戦いを強いておいて寝ていたとはいいご身分だな」
「ああ、おかえり。色々準備して落ち着いたら、な」
「お前はここに住むつもりか? まったく」
「ふふ、素敵な寝顔でしたわ」
オレに苦言を落とすセリアさんとニコニコ顔のミリアだ。
ミリアはオレの用意しておいた椅子に座り、リアナの給仕を受けている。
「怪我は?」
「姫様に問題はない」
着替えてラフな格好で登場したから判断はつかない。ただセリアさんのセリフが気になる。
「オレのためにすまない」
「も、問題ないと言っただろうっ」
「姫様は、だろう? セリアさんは相応の怪我をしたんじゃないか?」
「た、多少だ。リアナとセーナを付けてくれてたんだ、勿論無事だぞ」
嘘だな。
「リアナ」
「大怪我という訳ではございませんが、あまり何度もしてもらいたい行為ではございません」
「あ、こら!」
リアナはオレの造ったホムンクルスだからね、オレに嘘は言わない。
「造血剤は?」
「使いました」
「そうか、わかった」
よっこいせと立ち上がり、あらかじめ作っておいたキッチンセットに足を運ぶ。
「ミチナガ?」
「姫様と休んでてくれ、何か食べれるものを作るから」
オレがお願いしたことだ。これ以上謝ったりしてもセリアさんの居心地が悪くなるだけだろう。こういう時はとびっきり美味しい物を作ってあげるくらいしかオレにはできない。
風の魔石で空気を循環させて、セリアさんの好きなニンニクマシマシ餃子を作ろう。
究極消臭剤&禁断の口臭撃退剤(金貨20枚相当の価値)も必要だ。
「美味しそうな匂いに釣られて」
どこから出て来たイドさんや、座ってでいいから餡を皮に入れるの手伝いなさい。
「ん」
身重なイドが手伝い始めたので、他の女性メンバーも餡を皮に入れ始める。
帰ってきた他のメンバーも手を洗って参戦。
え? 何? 何人前作る気よ?