おいてけぼりの錬金術師⑤
「お集り頂きありがとうございます」
明穂の家の道場を借りて、ここにいるメンバーに大事な話があると集まってもらった。
便りが来てから全員の日程を合わせるのに、そこまで時間がかからなかったのが幸いだ。
大学4年になった僕は、この場に集まった全員の顔を改めて見る。
「うん。それはいいけど……」
明穂が不安そうな目で周りを見渡す。
そんな顔を彼女にさせて申し訳ない気持ちはあるが、そそくさと届いた箱をみんなの前で開ける。
「前もって言った通り、道長から便りが届いたんだ」
「マジか! やっぱ無事だったか!」
「こっちに連絡を寄こせるってのがあの男らしいわね」
高校のころと比べて、かなりガタイの大きくなったコウの言葉と、篠塚が呆れたような呟き。
「そっか、道長君無事だったか」
「だってミッチーだもん!」
マサが安堵した表情をし、何故か自信満々に明穂が返した。
「あいつ、どうやってこっちに便りを出したんだ?」
「まあ、光君だから。なにか作ったんだと思うけど」
システム的な事に疑問を持った海東に曖昧に答える白部。
白部の言う通りだと思う。
「道長の親父さんにも、相良や川北のご両親にも……これで本当の事が話せるようになったと。そう思ったのでお呼びしました」
「いや、それは構わないが」
「ええ、でモ……」
相良のお母さんが周りに視線を向ける。
事情を知らない彼女から見れば、しょうがないと思う。
「僕もまだ手紙しか見ていないので、ですが全員で見るようにと道長に言われていますから。とにかく、これを見てください」
僕は箱の中にある布を取り出して、それを地面に敷く。その布にはびっしり魔法陣が描きこまれていた。
真ん中に同じく箱に収納されていた立方体のクリスタルのようなものを置いて、その上からやはり道長の送ってきた液体を掛ける。エーテルか?
道場のカーテンも閉め切ってるし、怪しい儀式をしているみたいだな。
「えっと、小太郎君?」
「静かに。始まりますから」
僕の言葉に呼応するかのように、立方体のクリスタルが光を放ってそれが形を帯びてくる。
数年ぶりにみた魔法の力は、やはり神秘的な光景だ。
そして僕達の前に、大きなソファに座った道長が映された。
……僕達と同様に、成長した姿で。
「立体映像……か?」
「みっちー、それにリアナとセーナも」
道長の後ろに控えている二人のホムンクルス。彼女達も無事だったようだ。
『えっと、久しぶり。こっちからしか物を届けるシステムしか作れなくてさ、こういった形をとるしかできなかったんだ、悪い』
そう言いながら道長は頬を掻いている。
『まず、先に報告させて欲しい。オレ達は無事だ』
「ああ……」
思わず返事をしてしまう。
『女神クリア様がみんなを送喚した時にさ、オレ工房にいたんだけど。どうにも工房がクリア様の力を遮断したのが原因で帰れなかったんだ』
「……道長、いったい」
「親父さん、今は」
今は静かにしていて欲しい。
『大変だったんだぞ? オレ達全員で成し遂げた事なのに、気が付いたらオレだけの功績になりかけたり、祀り上げられたり……貴族になっちまったりさ』
そんな苦笑をする道長の部屋には、豪華な調度品も映っている。
静かに後ろに立つメイド服のリアナとセーナもいるから、本当に貴族然として見えるな。
そんな事を思っていると、思わず苦笑してしまう。
『父さん、母さん。何年も音信不通にして悪い、詳しい事情は小太郎が説明してくれると思う。こんな突飛な技術、そっちにはないだろうから……ないよな? 開発されたりしてないよな? だから、信じて欲しい』
「ある訳ないだろ、バカ者が……」
嗚咽の混じった声で道長の親父さんが呟く。
『こっちの世界に残って、帰る方法を模索している所なんだけ。とりあえず小さなものならばこっちから送れる技術ができたから、先にこうやって知らせようと思ってさ。映像を封入した魔道具を送ってみた。小太郎もビビっただろ?』
「ああ、朝起きたら枕元に転がってたからな。しかもクリスマスに」
僕の憮然とした返事に、失笑が生まれる。
『それくらいの小包程度のサイズならばなんとか送れるようにはなったんだけどさ、流石に人間一人が出入りできるような大きさを作るには、人間の魔力じゃ厳しいらしくてさ……流石は神様って感じだよな』
今のままでは戻ってこれないと道長は言う。
『それと、報告があるんだ』
道長が左右に顔を向けて頷くと、映像の中に二人の女性が映りこむ。
『やっほー』
『ひ、久しぶり』
「うそっ!」
「栞!」
「栞、エイミー!」
「エイミー!」
思い思いの呼び名が交差する。相良と川北の両親も混ざっているだろう。
『えへへ。みっちーに生き返してもらった!』
『うん、えっと、信じられないかも、だけど、本物、だよ?』
『ちなみにこのビデオメッセージ的な案は栞からでた』
『へへん!』
『手紙でもいいって思ったんだけどな』
『手紙は手紙で入れてあるから。パパ、ママ。後でコタコタにもらってね?』
『うん、私も……お父さん、お母さんに読んであげてね』
箱の中に何枚も手紙が入っている。それぞれにそれぞれの宛名が書いてあるので、後で全員に配布するつもりだ。
まあ道長は両親にしか書いてないけどね。
『それと……』
さらに画面の外から一人の女の子が元気に走ってきて、栞に抱き着いた。
エイミーも一度画面からはずれると、眠っている赤子を抱きかかえている。
『かおり、挨拶』
『こんにちわ!』
栞に似た顔立ちの女の子がこちらにぎこちない笑顔を見せる。
『ごめんね、こっちの言葉を教えてるから挨拶くらいしかできないんだ。えっと、みっちーの、みちなが君とあたしの子供の香です。ママの名前をもらいました』
栞の子供が不思議そうな顔をして栞を見ている。
『この子も、隆元って言います。その、私と道長君との間に出来た子供で、男の子です』
あいつ、二人に手を出したのか……。
『栞のご両親にも、エイミーのご両親にも申し訳ないと思います。でも、オレがこの世界で今までやってこられたのは彼女達のおかげでした。そして、彼女達もオレの事を愛してくれると言いました……こちらの方法ではありますが、それぞれと結婚式も行いました』
その言葉に唖然としてしまう一同。
『そちらに帰る方法は現在開発中です。どれだけかかるか分かりませんが、必ずそちらに戻り顔を出します。その時に改めて、ご両親とお話したいと思います。それと、二人は必ず幸せにします』
道長の言葉に、栞とエイミーの顔がほころび、道長の手を握る。
彼女達はもう幸せなんだな、そう信じられる笑顔だ。
『パパ、ママ。あたしはもう幸せだよ? こっちで友達もできたし、エイちゃんとも仲良くやってるから』
『お父さん、お母さん。道長君はいい旦那様です。私、道長君と結婚しました。道長君と一緒になれて幸せです。これからもっと幸せになります』
横目でちらりと見ると、困惑した表情の二人の両親。
そして涙が引いてこわごわした表情になった道長の両親の顔が見える。
「やるなぁ、光の奴」
「子供かぁ……可愛いなぁ」
「動物の子も可愛いけど、人間の子供も可愛いわねぇ」
「ふうん? みっちー、そうなんだ?」
明穂、周りが怖がるから抑えてくれ。
『悪い、もう時間がないや。また準備ができたらそっちに何か送ります……多分半年以上かかると思うけど、もう少し気の利いた言葉を入れて今度は送るよ。小太郎、後の説明は頼んだ』
『みんな、元気でね。あたしは元気だから!』
『また、顔を見せるね』
相良が息子の隆元くんの手を取って手を振る。そして光が消えて、映像が消えた。
「一応、あと2回は同じ内容が見れますが……先に、説明をしますね」
さて、全員に手紙は渡すとして……この後の説明か。骨が折れるな。
「今見て頂いたものなのですが……あれは、この世界とは別の世界。いわゆる異世界と呼ばれる場所から送られてきたものです」
今まで全員で口を噤んでいた、高校一年生のころの不思議な体験。
夢だったのかもしれない、そう考えてしまえる程の奇妙で信じがたい稀有な経験。
自分達の家族にも、3人の家族にも黙っていようと、全員で示し合わせていたその話を、改めて語ろうと思う。
損な役回りを押し付けられた気がしたが、同じ体験をした他のメンバーがフォローしてくれるだろうと信じている。
「みっちー、いつ戻ってくるのかな?」
「さあな、画面から見ても随分悔しそうな顔をしてたから苦戦中なんじゃないかな」
「光君ならば、きっとやってくれますよ」
「ああ。そのうちきっと、3人……それどころかリアナ達やら子供達やらを連れて大所帯でくるんじゃねえの?」
「それは随分と目立つ事を……」
「光ならやりかねないわね」
ああ、僕もそう思う。
「だから、待とう。あいつを信じて」
「小太郎……そうだな」
「ええ」
「うん」
「そうね、大丈夫よ」
みんなも頷いてくれる。
不可能と言われていた相良と川北の二人を蘇生させたくらいなんだ、きっと帰ってくる。
だってあいつは、必ず戻ると言ったのだから。
これにておいてけぼりの錬金術師は完結となります。
正直錬金風景の描写とか動きがなくて面白くなかった話も多かったと思います。
なるべく助手なんかをつけて会話をさせるようにしたりしたんですが、限界がありますね。




