拠点をめぐる錬金術師④
「研究所の10倍時間がかかった!」
「でも満足の出来っ!」
「なんというか、今までも家だったはずだけど、規模が違うね」
「シルドニアの屋敷より大きいわね」
「お前ら全員の要望を取り入れた結果だかんな?」
すでに家具や布類、それに食器やらなにやら細々したものなんかもドワーフ達に作って貰って帰ってもらったあと、改めて屋敷の前に全員で並ぶ。
今回はイドもリアナ達も一緒だ。
イアンナ? オレの胸元でギャン泣きしているよ?
「父の威厳んんんっ」
「無理、リアナのがいい」
「マスター、イアンナ様はリアナがお預かりします」
すぐ泣き止むぅ!
「はあ、これが世にいる父親の悩みか」
「これから慣らしていくしかないですわね」
「わ、私の子も抱っこしてくれよな」
「リアナにお任せください」
「あれ? オレに頼んだんじゃないの!?」
「はいはい、入るよ」
「進まないもんね……」
そんな取り留めない話をしながらも、その建物をしみじみと見つめる。外観はまさに貴族然とした屋敷である。豪商や上級貴族の屋敷の制作を仕事としているドワーフ達とそれらの屋敷をよく知り、目の肥えているミリアとセリアさんの二人の監修の元に作られたコの字で白亜の屋敷。
バランスの良い建物と、大きさの割に威圧感の無い様相が素晴らしい。どっかの夢の国の施設の一つと言われても違和感がない。
「さ、開けて開けて」
「最初の開錠は家長の仕事ですわ」
もう何度か入ってるけどね。言われるがままに中にはいると、大きなエントランスホールと上の階に繋がる大きな階段が視界に入る。
「おおー」
栞が感嘆の声を上げて上を見る。そこにあるのは豪華でいて煌びやかな魔道具でもあるシャンデリア。
この屋敷のすべての照明器具が魔力による照明器具だ。日本の様にドアの近くにスイッチを用意してあるのですぐに動かせる。スイッチを囲うケースはダンジョンの発光石で加工してあるので暗くても見えるようにしてある。
「こ、これはすごいな! 天井まで光っているようだ!」
天井にも目立たない様に反射板をしいてある。それもカットされたものだ。
シャンデリアから生まれた光が反射板を通してエントランス全体に光を当て、更にそれぞれの反射板には角度を調整した細かい石が埋め込まれているので、それらが互いに乱反射を生む。
個室やキッチン、工房なんかには付けていないが、ダンスホールや温室にはこれらが取り入れられている。
「窓も大きいです」
「ん、動きやすそうでいい。侵入者がきても安心」
「多分侵入者は……ハクオウくらいじゃないかな?」
ハクオウに壊されてはたまらないが、入れないという選択肢はないので入り口からの出入りの許可は出してある。
でもこの屋敷を建てる程世界樹素材は残っていないので、壁や天井は特別な部屋以外はこの島の森で獲得した木材だ。ハクオウが酔っ払って元の姿に戻ったら……おお怖い怖い。
「一階は食堂とメインキッチン、オレの工房、食糧庫や素材庫、客間。それとリアナ達の個室だな」
リアナ達の中にはレドリックとジェシカも含まれている。
「セーナ達も個人の荷物とか増えてきたからうれしいわ!」
「広くてお掃除が大変そう……」
「エイミー、それは各個人の努力次第だ」
「もっとホムンクルスメイド増やせばいいんじゃない?」
「簡単に言うなよ……」
ドッペルゲンガーの死体なんかなかなか手に入らないんだよ。
「まあ素材が手に入り次第かな」
「ホネホネにまたお願いしようよ」
「そうするとここにディープ様を招待しないといけなくなるかもしれないぞ」
「か、神がご降臨するというのか!?」
「結構簡単にこれちゃうらしいんだよね。ディープ様の場合」
どうやって来るかは知らないけど、気持ち的には気軽かもしれないな。
「そのときはユーナが全力で調理するしかないな」
「ここの台所はユーナの規格に合わせたものもあるです! 最高の腕が振るえるです!」
「それは期待できますわね」
「ん、でもリアナの素朴な料理も好き」
「イド様っ! 恐れ入ります」
イアンナを抱いているリアナが嬉しそうな声をあげる。
「たまには旦那様も使ってくださいな? わたくし、旦那様のお菓子がとても好きですから」
「ん、週8で食べたい」
「一週間が一日増えとる」
「あたしもー!」
「わ、わたしはちょっと……」
「私も、だな」
ボイン組が泣きそうな顔をする。
「まあ新築祝いになんか作るか」
「あれやろ! お餅を屋根から投げるやつ!」
「良く知ってるね……」
「なんだそれは?」
「ご近所に新築のご挨拶をするのに、屋根からお餅を投げる習慣がオレ達の国にはあったんだ。都心、都市部ではやらない、まあ一部地域の風習だし由来とか流れとか知らんけど」
「ご近所さんが一人しかいないよね……」
「一頭の間違いじゃないかな?」
ハクオウしかいない。あとは全部魔物である。
「二階はダンスホールと客室。つかダンスホールを作らなければ二階建てで済んだんだけど」
「屋敷にダンスホールは必須ですわ」
「そうですね。この規模の屋敷にダンスホールが無いのはありえません」
「雨の日の鍛錬に使える」
元王族さんと貴族さんの価値観のせいで屋敷の規模が倍くらいになってしまいました。あとイドは雨の日でも外でしろ。せっかく綺麗に作ったダンスホールが壊されかねない。
「ささ、旦那様。お手をどうぞ」
「逆じゃないかなぁ」
苦笑いしながらも、ミリアの手を取る。
そして無駄に広い、エントランスホール以上に煌びやかな光を放つシャンデリアと、壁に備え付けた照明器具がダンスホールの中央をより目立つようにしてある。
この辺はドワーフの職人の手腕だ。芸術的センスがオレの100倍はあるんじゃないか? スーパーすごい。
「意外と忘れておりませんわね?」
「だなぁ」
音楽もない空間で、ミリアと体を密着させてステップを踏む。
見ているみんなも静かだ。
「みっちーなんで踊れるのさ」
「ず、ずるい」
「みんなが帰ってからオレだけ残っただろ? あの時に仕込まれたんだ」
主にドリファスとその奥さんに。
「旦那様? 今はわたくしに集中してくださいな」
「おっと、マナー違反だったな」
お詫びにと、とても近い顔の頬にキスをする。
「……不意打ちはずるいですわ」
「ダメだったか?」
「もちろん、嬉しいですわよ」
そりゃ何よりで。
「ずるい……わたしも覚える」
「私は次に踊ろうかな」
「セリアさんも貴族だった!」
「ご令嬢だもんね。私も覚えたい……」
そんな言葉が外野から聞こえてくる。
「ありがとうございました」
「こちらこそ。素敵な時間でしたわ」
最後のステップを済ませて、お互いに礼をする。
そしてミリアをエスコートしてダンスホールの入り口近くでオレ達を見ていたみんなの前に戻る。
「セリアさん、一曲……曲はかからないけど、踊って頂いてもよろしいですか?」
「……セリアだ」
「あ」
まだ慣れない呼び名に文句を言い、頬を赤らめて横を向いてしまうセリア。
「わー、セリアさんめっちゃかわいいね」
「ん、胸も大きい」
「道長君、呼び名は大事だよ?」
「旦那様? やりなおしですわ」
失敗したな。頭を掻きながら再度姿勢を正す。
「セリア、踊ろう」
「え、ええ。お願いします」
オレの差し出した手の、指のほんの先に手を乗せるセリアさん。オレはその手を掴んで自分に引き寄せる。
「きゃっ!」
胸元に収まったオレと同じくらいの背のセリアさんを強引にエスコートしてダンスホールの中央に連れていく。
イド達が拍手をしてくれる中、今度はセリアさんとゆっくりと手を取り合ってステップを踏む。
「「 覚えた 」」
「覚えてないけど、やりたいかな」
この後妙な才能を発揮したイドと栞と踊り、エイミーには足を踏まれたりしながらたどたどしいステップを楽しんだ。
おかしい、新築の家の確認が進まない。




