攻略準備の錬金術師④
「出て来ませんね」
「主、問題なさそうだ」
だっちょんに乗ったイリーナ(大人)そして馬に乗ったセーナが杭の向こう側に足を運んだが、草原の悪夢は出てこない。やはり彼女たちが人間じゃないからだろうか。
しかし昨日地面からボコボコと出て来てガスガス歩き回ったからか、地面がボロボロだな。
「気を付けて動いてくれ」
「もちろんよ」
「了解っ」
セーナとイリーナが馬とだっちょんを操作して、穴を回避しながら動き回る。だっちょんも馬も穴に足を取られたら転ぶ可能性もある。慎重に動いて欲しい。
「しかし、あの地面のせいで抜けにくくなったな」
「だなぁ」
草原の悪夢を無視して突撃して抜けるという案もあったのだが、あそこまで地面に穴が空けられると走り抜けるのも難しい。
進行方向の地面から出て来る草原の悪夢を対応するのが困難だからそんな方法を元々取るつもりはないけど、足場が悪いと単純に戦いにくくなる。
「二人とも、次だ」
「「 はい 」」
次は適当な地面、といっても掘り返された跡のある場所を二人がシャベルで掘り返していく。
危険かもしれないが、無理矢理引っ張り出した草原の悪夢が動き出すかの確認だ。
昨日大量に沸いた草原の悪夢は、現在この場にはいない。つまり、どこかへ移動したか再び地面に潜ったかのどちらか、そして掘り返された跡があるから地面の下に戻っているはずである。
「ご主人様、いました」
「ふぬっ!」
穴を広げると、草原の悪夢が見つかったという。ここからは距離があるから視認できない。
「掘り出せるか?」
「危なくないかしら」
「危険かと」
「危ないと、思うよ」
「危なくないわけないわな」
「みっちー鬼畜だね」
「ライト様、悪人っす」
「やかましいわ」
セーナ達が掘りだそうと頑張っているが、出てこない。
セーナはともかく、イリーナの馬鹿力で出てこないとかどうよ。
「主、こいつ地面に潜ろうとする」
「了解だ。反撃される前に離れてくれ」
オレの言葉にセーナとイリーナが頷いて穴から離れて、メイド服についた汚れをはたいている。
「やっぱホムンクルスには敵対しないって事か」
「人間にしか興味を持たない魔物って珍しいっすね、聞かない訳じゃないっすけど」
「だな。ジェシカ、ああいう魔物と同系統の魔物の情報とかないか?」
「知らないっす!」
きっぱりと返事をするジェシカは唯一この大陸出身だ。兵士もしていたから魔物の知識も相当にあるのだが、やはり知らないらしい。
「そもそも自分の住んでたエリア:ウルクスは皇都から離れてたっすし」
「ああ、そういやそうだな」
ウルクスも草原の悪夢に出兵をしていたかもしれないが、記録上ではジェシカが生まれる前の話だ。
現代日本と違って自由に記録を見る事が出来ない異世界では、少しでも生活圏から離れれば別世界になることも珍しくない。ジェシカが知らないのも無理はないだろう。
「じゃあ次は人間で調べたいんだが……」
そうオレが言うと、一斉にレドリックに視線が向かう。
「やっぱオレだよなぁ……」
「わたくしが行ってもいいんですけど」
「姫、奥様を危険な目には合わせられません」
「すんませんっす、自分では実力不足っす」
「レドっちがんば!」
「よ、よろしくお願いします……」
まあ魔物の群れに囲まれるのが確定してるからな、嫌だよね。
「二人とも戻ってくれ!」
オレの言葉にセーナとイリーナが戻ってくる。
そしてイリーナがだっちょんから降りると、手綱をレドリックに渡す。
「よし、じゃあ行って……おいっ!」
「や、逃げる準備しとかんと」
「「「 うん 」」」
レドリックがだっちょんに騎乗すると同時に、オレ達も馬にそれぞれ乗って逃げる準備だ。
念のため、杭からも離れる。
「くう、しゃあねえ。頼むぞだっちょん」
レドリックはだっちょんの首元を撫でてご機嫌取をしつつ、表情を引き締める。
「行くぞ」
「逝ってこい」
イラっとした顔で一瞬こっちを見たが、レドリックは杭の向こうにだっちょんを走らせる。
杭のポイントから2,3歩だっちょんの歩を進めると、やはり地面からボコボコと草原の悪夢が地面から飛び出てくる。
「やっぱか!」
「栞っ!」
「りょうかいっ!」
前もって栞に持たせていた煙玉を投げる。この煙玉は視界は勿論の事、臭いも阻害する代物だ。
エイミーの幻術の効果が無かった相手だが、魔法以外の方法も検討しておいた方がいい。
「ぜんっぜんっ効果無さそうだなっ!」
一番近くにいたレドリックがだっちょんの上で大声で教えてくれる。
うん、なんとなくそうだろうなって思ってた。
距離を取って逃げるセーナとイリーナに視線を向けると、そちらには草原の悪夢が集まっていない。
大体がレドリックを追う動きをしている。
やはり人間がターゲットなんだろう。
そんな事を考えつつみんなして馬を駆り、全力で逃げ出したのであった。
「厄介だ……すっごい厄介だっ!」
今回の一番の被害者であるレドリック君が嘆く。
あの集団に追いかけられたらそりゃあ怖い。
「マジだっちょんで良かったわ」
「だっちょんが一番足が速いからね」
他の馬たちも早いが、だっちょんは大元の魔物の格が違うので足は速いし力も強い。
草原の悪夢相手でも、2,3匹程度なら倒してくれる程度の実力もあるのだ。
「実験を繰り返すのが必要なのは理解できますわ。でもそれだけ足場が悪くなるのが厳しいですわね」
「前衛の我々からすれば由々しき事態だ」
二人とも剣を振るうから、足場が悪いとそれだけ戦いにくくなる。
勿論それは栞やレドリックも同じだ。
「やっぱ空からいかねえか?」
「賭けになるな。空の魔物にロードボートが落とされでもしたら草原の悪夢の群れの中にドボンだ」
「それは御免っす!」
「しかも落ちた衝撃でオレ達が無事とも限らないしな」
「そこはほら、道長の魔道具で」
「レドリックよ、流石に高所から落ちた時に無事に済むような魔道具ってのは想像出来んぞ」
「だよなぁ、もういっそのこと突っ切っていきてえところだが」
そうなんだよなぁ。一番いいのがあの連中を無視して突き進むのが一番楽なんだよなぁ。
「地面には連中の出て来た穴や、鋭い足で穴だらけ。とてもじゃないが無理だ」
これが初めて到達した時であれば、行けたかもしれない。
しかし今は無理だ。
「なあ、お前のとこの世界でそういうのねえのか? なんつうか、ああいう場所をなんとかする機械とか?」
「無茶いうなよ。オレ達が元いた世界じゃそもそも魔物なんか」
「あ!」
レドリックに反論している最中に声を上げたのはエイミーだった。
「……ありそうですわね」
「マジっすか、ライト様の世界マジやべえっす」
「えっと、そうじゃなくて、ね?」
注目を浴びているエイミー。集まる視線が恥ずかしいらしい。
「えっと、装甲車とか、戦車とか、どうかな?」
エイミーの言葉に、オレと栞が思案顔になり、この世界の面々は首を傾げるのだった。