拠点とダンジョンと錬金術師⑤
「話には聞いていましたけど、ここのダンジョンに来るのは初めてですわ」
「湖面から光が優しく降り注いでいて、美しい光景ですね」
「ん、わたしは久しぶり」
「あたしも久しぶりー」
「私は、初めてかな。綺麗なところだね」
転移ドアをくぐって向かった先は『湖の底のダンジョン』だ。明穂が暑いからって泳いでたら見つけた、湖の底にある為に訪問者のいないダンジョン。
こんなとこになんでダンジョンがあるんだよ。てか普通気づかねえわ。見つけた明穂も阿呆だけど。魔物のいる湖で泳ぐんじゃない。
今日のメンバーはダンジョンアタックの為大人数だ。
オレ、イド、栞、エイミー、ミリア、セリアさん、セーナの7人体制である。
ここは湖の底に大きなシャボン玉のような結界を張っておいてある。
その期間も長いので、湖底はぬかるんでいないし、空気もある。気が付いたら植物も少しだけ生えているほどだ。
水族館のドーム水槽のような光景にセリアさんが瞳を輝かせている。
「そこがダンジョンの入り口ね」
青と白の光が降り注ぐ神殿の入り口が静かにたたずんでいる。この扉を開けると、ダンジョンだ。
「ん、行きましょ」
軽い口調で先導をするイド。
その横にミリアがつく。
「ちょっと、先頭はあたし!」
「最初はゴーレムでしょ?」
「そうだけど! 罠とかないはずだけど!」
「ん」
イドが首で合図をしたので、扉を栞が開く。
栞先導に代わり、早速ダンジョンに足を踏み入れた。
「順調ですね」
「まあ戦力でいえば過剰な位だし。30階くらいまでは特筆する魔物もいないしね」
ダンジョンの中に入り、最初のゴーレムを瞬殺したのは栞。これを見せたくて最初に足を踏み入れたらしい。
そこからは栞先導の元、通常のダンジョンアタックだ。
栞がトラップ類を解除しつつ、敵の気配を探る役目。
主な戦闘は栞とイドとミリアが交互に行う。敵の数が多い時はエイミーの幻術とセーナの弓による殲滅。
時たま飛んでくる遠距離攻撃はセリアさんの大盾が防いでくれている。
オレは回復要員兼アイテム回収係である。うん、ポーターってやつだ。
「てか余裕過ぎよねー」
「ライトの装備のおかげ。エルフの里の剣じゃこうはいかないわ」
「栞が道を覚えていてくれて、魔物の分布も覚えているから助かりますわ」
「にひひー」
ダンジョンという環境になると輝く栞の才能。トラップの解除もそうだが、このダンジョンの構造と魔物の配置を記憶しているので、対策がしやすい。
自分で戦闘をするのももちろんだが、敵に合わせてイドに魔法を使わせたり、エイミーとセーナに助力を求めたりと的確である。
何より血気盛んなイドとミリアを程々に戦わせており、飽きさせていないのが素晴らしい。
「安心だな」
「私は随分楽をさせて貰っているがな」
防御メインのセリアさんはオレとエイミーの警護が主な仕事だ。
遠距離持ちの魔物や、高速で突っ込んでくる魔物などが視界に入ると、すぐに身を挺してオレ達を守ろうとしてくれている。とても頼もしい。
「セリアさんは、魔物の知識が豊富ですね」
「近衛騎士としては、本来であれば必要のない知識なのだがな」
オレの言葉に苦笑して返してくる。戦闘中なので、普段の長い髪をポニーテールにまとめていてそれが揺れている。
「そりゃあ、ダンジョンに潜る王族なんて普通はいないからってこと?」
「ミリア様や殿下方もたとえ実力があっても本来であれば前線に赴くようなお立場ではないからな」
王族が矢面にでないと士気が保てない程、魔王軍には苦しめられていたからな。
「だがおかげでこうして役に立てている私がいるから皮肉なものだな。魔王軍も様々な魔物を使役していたおかげで自然と覚えたし、魔物の形状でなんとなくどういう系統かもわかるようになっていった」
「だな。まあ昔と違ってこういう戦いの場でオレが魔法を撃つ機会は減ったけど」
「以前はパーティを割って行動していたからな。どちらにせよミチナガの遠距離攻撃はあった方が助かるが」
「そりゃどうも」
と言ってもオレ自身がやる事は本当に何もない。
まだダンジョンの魔物は強くない。正確にはかなり強い魔物なのだが、オレの魔法の出番がないのだ。
オレが魔法を撃つ前にエイミーの魔法が早く届く。
オレが魔物にダメージを与えられる程の魔法を撃つには【マジックブースト】による溜めが必要なのだが、エイミーにはその貯めはいらないうえに広範囲に影響を与える幻術でなければ幻魔弓の札もいらないし詠唱も必要ない。
攻撃魔法と違うが、幻術による足止めや同士討ちの強要。
その間にイドやミリアがトドメを刺せばいいし、数が多い時には後回しにできる。
最強である。
「エイミーには驚かされたな。周りは強いと言っていたが、正直ここまでとは思わなかった」
「そ、そんな事……」
「エイミーは最強だから。魔王越えてるから」
「み、道長君! もうっ!」
「ははは、だが謙遜の必要はないだろう? エイミーのおかげで私達の命は助かったし、部下達も死なずに済んだ。これは間違いのない事実だ」
エイミーが命懸けで魔王軍による挟撃を防いだ時の話だろう。
「そんな、もういいですから」
エイミーの蘇生が終わった後、復活した栞とエイミーに顔を合わせるたびに礼を言っていたセリアさんだ。
今回も同じような流れになってしまっている。
「盛り上がってるところ悪いけど、次ボス部屋だよー」
「あ、はーい!」
「了解だ」
次の階層のボスは、確かジェネラルタートルというえげつない防御力を持った大型トラックよりもでかいサイズの陸亀の魔物だったはず。
以前食べたんだけど、あいつのスープはスーパー美味しいんだよね。
そんな事を考えていたら、イドの剣で殻ごと切られていた。
殻にこもってたら避けられないもんね……。
「次の階層が、ディメンション・アイビーフェニックスのいるボス部屋だよ」
ダンジョンに潜ってはや5日。
妖精の工房と世界樹の柵で敵が近寄れないようにできるのが便利である。ダンジョン内では転移ドアが使えないのでダンジョンの外には出れないけど、十分な休息が取れるのが大きい。
道中、イドの戦闘欲を満たすために一人で戦わせたり、珍しい素材の採集に足止めをくらったりと少々時間がかかってしまった。
比率的には……まあ女性陣の表情から察して欲しい。
ごめんって。
「ライトの手提げは便利だけど、ライトが持っちゃダメね」
「魔法の袋ならあたしらも渡されてるけどね」
「あれ? イドさんは持ってないよね」
「それは、意外ですね」
「イドは袋の中身を整理できないからな」
オレのお手製の魔法の袋は無制限に物が入るわけだが、中身を把握しないといけないという欠点もある。
中に物が入っていても、忘れてしまうと取り出せないのだ。
イドに素材の回収をお願いしていた当初は渡していた時期もあったが、目的の素材以外にも魔物を狩ってきたと言うものの魔物の種類を忘れていたことがかなりあった。
何をどれくらい回収したか忘れてしまったというので、軽い気持ちで魔法の袋の中身をすべて出した時がある。
出るわ出るわ、とんでもない量が。
目的の物以外にも貴重なものが多く、オレ自身知らない物も多くあった。属性水溶液生成時の素材があらかた上級になったと言ってもいいだろう。
街中の自分の工房の庭で出したから大騒ぎになったし、室内だったら圧死してたかもしれないけど。
「失礼な話、でも真実」
「魔法の袋を自作できる時点で旦那様は規格外ですわ」
「普通はダンジョンなどで稀に見つかる物ですからね。ゲオルグ老でも気軽には作れないと言っておりました」
「そりゃ素材の入手難易度のせいだな。素材さえ手に入ればジジイでも作れる」
実際ジジイに教えて貰った錬金理論とたまたま手に入った現物を解析したうえで作成したわけだし。
「国お抱えの錬金術師が手に入れられない素材ってのがないわー」
「入手するには、こういうダンジョンの深い階層に潜らないといけないからな。そもそも時空に干渉できる生き物の発見例が少なすぎる」
魔法の袋を作成するには、それ相応の素材が必要だ。
無限に物を食べられんじゃないかと思えるような大蛇や蛙系統の胃袋や、今回倒す予定のディメンション・アイビーのような空間に作用する能力を持った魔物の魔石。
袋の入り口のサイズを無視できるようにするにはゴムのような特徴を持った魔物の腸などなど。
「意外と身近にいるんだけど。まあ身近な魔物の素材だと、体感できるほど容量が大きくならないんだ」
水とかお米とかを入れるには便利そうだけど。
「転移ドアとか工房の倉庫とかは全部ディメンション・アイビーの素材だよね?」
「だな。樹木系統の魔物で空間に作用できるタイプの魔物なんか他に知らないし」
「今回手に入れれば、転移ドアも増やせる?」
「たぶんなぁ」
転移ドアは現在ダランベールに4か所と赤角族の島に1か所、シルドニアに3か所だ。
携帯している工房と馬車にも取り付けてあるので、合計で10か所。
ぶっちゃけやりたい放題やっている自信がある。
「まあこれ以上転移ドアどこに置くんだって話もあるけどな」
「普通は転移ドアという概念自体が否定されるものだと思うがな」
「セリアさんは常識人だ」
「でも今更ですわよ?」
「ん、便利なものは使うべき」
「実際に助かってますからね……」
「むう、なんだろう。この敗北感は」
「セリアさん、勝敗とかじゃないと思いますよ?」
他のダンジョンと同様に、次の階層がボス部屋の場合はそのボス部屋に行く扉の周りには魔物があまりでないのでゆったりとできている。
妖精の工房のおかげで普段と変わらず休息も取れているし、他のボス部屋でも敗戦がなかったので余裕がある。
改めてディメンション・アイビーフェニックスの攻撃方法などを栞とオレで説明し、全員が気合を入れる。
さあ、ボス討伐の時間だ!




