攻略準備の錬金術師③
「びっくりしたね」
「あんなにポンポン出て来なくてもいいと思うのですが……」
「だな、足の踏み場もないくらい奥に見えてたぜ?」
栞の言葉にミリアとレドリックも頷いている。
セリアさんとジェシカは草原の悪夢が去っていった柵の向こう側をまだ睨んでいるが、やはり柵を乗り越えてこちらに向かってくる個体は見当たらない。
「色々と試してみたけど、幻術に掛かる様子はなかったね……」
エイミーが暗い顔をしていた。
そんなエイミーを慰めるようにセーナが頭を撫でてあげている? 待ちなさいセーナ、それはオレの役目のはずだ。
「奥に行けば行くほど草原の悪夢の数が増えるって話だったんだが、明らかにスタートから数が多かったよな」
「ここ何年かで繁殖したのかもしれないですわ。100年もあれば……人間も数が増えているのですから、草原の悪夢も数が増えてても違和感はありませんわ」
ミリアの言葉に全員が頷く。
「あるじ、イリーナあいてにされなかった」
「ああ、そういえば……」
イリーナがだっちょんと杭の向こう側に足を踏み入れても連中は出てこなかった。
「多分、俺だろうな。一応前もって話していた順番ではあったが、ちょっと不用心だったな。すまなかった」
「全員無事だったから問題ないだろ。レドリックの侵入がスイッチだったのはオレも同意見だ」
なし崩しに戦闘になりはしたが、見ていた限りではレドリックが杭の内側に入ったのと同時に連中が飛び出してきたように見えた。
レドリックもそれを感じていたんだろう、頭を掻きながら謝罪を口にする。
「イリーナを人間と認識していなかった、かな? 錬金生物であると分かってた感じ?」
「文字通り人間を倒すためだけの魔物なのかもしれないな、次は……セーナ、頼めるか?」
「ええ、大丈夫」
ホムンクルス達を囮にするのは心が痛むが、草原の悪夢の事をもっと知らなければならない。
セーナにもイリーナと同じように先頭に立って貰う必要があるな。
「魔法もほとんど効果がないんだっけ?」
「ああ、過去の資料にはそう書いてあるな。今のところ資料に偽りなしだ、信用していいだろう」
超強力な範囲魔法でまとめて吹き飛ばせれば楽そうなんだが……まあ使える人がこのメンバーにはいないから無理か。そもそもそれらの攻撃が効かないわけで。
「見た目は葉っぱに手足が付いたような感じだったけど、面倒だな。平べったいから突き系の攻撃が上からじゃないと通せん」
「槍使いにはきっついねぇ」
「ホントよ」
「ハンマーでも使うか?」
あるぞ?
「それで、死体を回収してたみたいだが」
「ああ、倒されたら即座に崩れる訳じゃなさそうだな。形のあるうちに回収出来た。まあ調べるには袋から出さないといけないわけだが」
その言葉に思案顔になる面々。
「それ、調べられますの?」
「出来れば魔石の位置くらいは分かる様にしておきたいな。上手くいけば攻撃回数が減らせるだろ」
「根本的な解決になんねえなぁ……目の届く範囲全部倒しきれば結果としては抜けれるだろうが」
「どこからともなくお替りがこなければねー」
「笑えねー」
まったくだ。
「感覚器官が特定できればエイミーで一網打尽に出来るんだけどな」
「ご、ごめんなさい」
「エイちゃんは悪くないよ」
「そうね、馬上で抱き着いていたのは悪いけど」
「そうだった! エイちゃんギルティだ!」
「しょ、しょうがないじゃないっ」
「うむ、しょうがない事態だったな」
撤退時の隊列は前から考えてたんだけどね。
「みっち、感触は?」
「ジャンボマシュマロ」
「ギルティだわ」
「ギルティね」
「みちながくんっ!」
エイミーのボインがスーパーすんごいんが悪いと思うよ。
「やっぱ崩れたわ」
工房を出して周りを柵で囲い、野営と言えない野営をする。
他の面々は食事をしっかりとって休む中、オレは草原の悪夢を工房で広げていた。
そして、調査をすべく机の上に取り出したが、ほんの1分程度で手足の先端や体の外側から崩れ出してしまった。
もはや原型も残っていない砂の塊である。
「それでも分かった事はあったが」
まず魔石が発見できなかった。
魔物である以上、あるはずの魔石が見つからないのである。
資料にも載っていたので、ないだろうとは思っていたが本当に無かったので驚きだ。
「可能性を考えると、こいつが魔物ではなく動物でそもそも魔石を持たない生物である可能性。それと魔石がとても小さく、単純に発見できず体と一緒に崩れた可能性……だな」
崩れた草原の悪魔は浜辺の砂の様にさらさらな砂状になっている。
目は細かいが、粒はしっかりとしているので研磨剤なんかに使えそうだ。
「違う違う、素材として見るんじゃない」
具体的にどう倒すのが効率的なのかを考える時間だ。
もしくは倒さないで回避する方法を考える時間。
「だっちょんに乗って、回避出来れば全員で錬金馬に乗っていくんだけど」
こういう楽ができる方法は大抵うまくいかないんだけど、検証する余地はある。
だっちょんや馬たちの足の方が連中よりも早かったから、ある程度距離を取って検証する事が出来る。まあ乗り手は危険な目に合うかもしれないけど。
「レドリックだな」
シルドニアの屋敷のメイドにお熱なレドリック君に憐れな犠牲になって貰えばいいか。
一番の適任は空中で何度もジャンプできる栞だけど、あんまり危ない事をさせたくないもんな。
「しかし、こうなるともう調べてもなぁ」
ただの赤黒い砂。属性値とか調べるくらいしかできないし、その属性値も変質している可能性があるから参考程度になってしまう。
「結局こいつはなんなんだろうな。葉っぱといえば葉っぱだけど」
世界樹の葉も小さいのでこいつくらいのサイズだったし、それらが魔物に変質したか? でも魔物に変質するにしても世界樹クラスの木ならあの草原から目視できる位置にありそう。
そもそも植物かどうかも不明だし。
「拡大鏡で見ても、砂だな」
多少粒は荒いが砂だ。顕微鏡で見てみるか? 変わらんな。
特徴があるわけではない、ただの赤黒いつぶつぶだった。
「葉脈みたいなのが見えてたから、血液だか液体が走ってはいたはずだけど……」
砂状に化していても、その液体は検出出来るか? とも思ったが無理だった。
オレの錬金用具で崩れるより前に取り出せれば……次に期待だが、取り出した液体だか何かも砂になってしまっては意味がないしな。
「あー、全然わからん。これって本当に魔物なのかよ」
魔物の定義は魔石を体内に宿した生物だ。一部の小さな動物や虫、植物には魔石がない物も存在するので、この世界には魔物以外の生き物もいる。
人間や獣人もそうだしね。
「はあ、寝るか」
分からんものをそのままにしておくのは気分が悪いが、調べられる事が限られ過ぎていて気分がノらないのも事実だ。
こういう時は考えるのをやめてしまおう。
草原の悪夢の砂をすべて瓶に詰め込んで、魔法の手提げの中にしまいこむ。
何かの拍子で工房の中で再生されても困るから念のためだ。手提げの中なら時間が止まっているから問題ない。
まあ一度手提げに仕舞えたから、完全に死んでいただろうけど。