解析をする錬金術師⑥
「ここだ」
「なるほど、採取してみるよ」
走竜とだっちょん馬車で3日ほど早めに走らせて到着したのは熊の獣族、キンカムイ族の集落だ。
元々熊って2本足で立つこともあるから、服を着た熊にしか見えない種族である。
こんな見た目の為、他の種族と共存すると何かとトラブルが発生する事が多いから、同種族で固まった集落を作るらしい。
どうりで都で見なかったわけだ。
そんな彼らの村、森に比較的近い場所に位置する村の半分ほどが湖だ。
この湖の周りに村を形成し、近隣では畑仕事を行い、森には狩りをしにいくらしい。
「さて、とりあえずビーカーにすくうか」
パッと見た感じ、水がうす茶色く濁っている。ただ泥なんかが流れ込んでいるわけではないようだ。
「さて、何箇所かですくわないとな」
「む?」
「汚染されている水とされていない水、それに汚染場所が集中している場所なんかもみないと。入水位置もな」
湖に水が流れ込んでいる小川も見ないといけない。
そこまで大きくない湖なので、ぐるっと回って水の採取を何箇所か行う。本当は湖の中心とかも調査したいけど、生活用水である以上中に入るのは憚れるから念動の魔法で採取。
湖の地図を簡単に書いて、水を採取した位置をそれぞれ記載、ビーカーにもナンバーを貼って蓋をする。
「ご準備整いました」
「ああ。ありがとう」
水の成分調査を行うのは、以前毒の種類を特定させる事でも使った魔法陣だ。
リアナが机を二つ用意し、一つに魔法陣。もう一つに広げた地図と水を入れたビーカーを並べる。
「さて、何が出るかな」
成分調査の魔法陣を稼働させると、水の他に泥のような粘液が反応している。これは入水位置に近いところで採取した水だな。
「この反応と成分表から察するに、この辺りの魔物が一番近いですね」
リアナはダランベールの魔物図鑑の、成分の近い魔物のページを開いてくれる。
素早い。
「蛙か」
「そのようですね。こちらとこちらも蛙の魔物です」
似たような毒というか、分泌液を生む魔物が合計で3種類。どれも蛙の魔物だ。
毒の持ち主は蛙の魔物で確定でいいだろう。ダランベールにいたのとは種類が違うかもしれないが、同系統の魔物が原因のはずだ。
「だと上流を辿って行って蛙の魔物を倒せばいいベア?」
「べ、べあ?」
「素敵語尾!」
でもライオネルが上流に向かっているはずだ。図鑑に載っているレベルの魔物ならば討伐できないはずはないが、別種でもっと強力な蛙なのかもしれない。
「浄化するにしても、この蛙の分泌液が必要だな。水に溶け込んでいる量じゃ調べることはできてもすべての成分を採取するには薄まっていて判断がつかない」
「便利なものを持ってるな……そうか。護衛は任せてくれ」
「村の戦士達もいくベア! 確かに蛙の魔物はいたベア! 数は多くないベアけど、食べれないから放置していたベア」
「すぐに上流に向かうべきだろう。ライオネル達が全滅させていて火とかですべて焼却していると採取できなくなる」
「すぐに向かうベア!」
「ああ。イドに声をかけてきてくれ。オレは効きそうな解毒薬をいくつか準備しておく。体調を崩しているキンカムイ族に飲ませてやらないといけないからな」
生活用水として使おうとして体調を崩している者も何人かいたのだ。
獣族は毒に耐性を持つ者が多いらしいが、子供やお年寄りはそれらが弱く、下痢や嘔吐といった症状が出ている者がいるらしい。
上流で蛙と戦って毒を受ける者が出たり、ライオネル達が毒に掛かっている可能性もある。
治癒効果を混ぜた解毒剤を用意しよう。
「イドとイアンナはおねんね」
「じゃあしょうがないな」
指輪の機能で確認すると、やはりイドは寝ている様子だ。
「うん、起こすのも可哀想だしね」
「その光景を目に焼き付けに」
「みっちー?」
「道長君?」
「ごめんなさい」
冗談ですって。
という訳で森歩きである。
栞とエイミー、セーナとオレ。アラドバル殿下と獅子王騎士団の2人、村のキンカムイ族の戦士が5名だ。リアナはイアンナのお世話にいってもらった。
ついでに置いてかれたとイドが拗ねた時のフォロー役でもある。
村の周りには魔物もいて、防衛戦をしなければならない以上あまり戦士たちは村から離れられないので、このくらいの人数になってしまった。
元々村の人口も多くなく、狩りも10人くらいで交代で行っているからこんなものだろう。
森歩きに慣れた者でないと足手まといになってしまうし。
「ぜえぜえ」
「みっちー、運動不足過ぎじゃない?」
「し、しばらく長旅をしてなかったから」
足手まといが現れた。オレです。
「大丈夫?」
「ああ」
「先生、あれだったら背負うベア?」
「いや、もうちょい頑張るよ」
森だから馬車も使えず、だっちょんに乗るにしても未知の森だ。木の上から何が落ちて来るか分かったものではないので歩くしかない。
幸い水辺に住む魔物が相手だ。小川に沿って森の中を歩いていけばいいだけなのだが。
「くそ、森林って聞いてたのに……」
「山だよね、完全に」
「小川が流れ込んできてる以上、しょうがないんじゃない?」
「エイミーの言う通り、想像しておけば良かった」
栞とエイミーは蘇生時の影響で身体能力と魔力が強化されているし、セーナはホムンクルスだから疲れ知らず。
アラドバル殿下はここのところ世界樹のあるエルフの森でケンブリッジさんと魔物討伐しながらの訓練だったというから森に慣れているし、獣族の面々はそもそも体の作りが違う。
みんな体力の基礎数値がオレの倍は違うのだろう。くそー。
「魔王軍討伐の時も似たような事あったねー」
「ああ、そうだな」
「そうなんだ?」
「明穂や稲荷火、それに栞も体力バカだから」
「バカとはなんだー!」
森の中を延々と進み、道なき道をひたすら登る。
ライオネル達が先に歩いたからか、枝などの障害物が払われているので比較的進行速度は速めだ。
早ければ早い程キツイッ!
「そろそろ休憩にしましょう」
「助かる……」
「まあ仕方ないベアな。でも先生がおらんとどうしようもないベア」
薬の調合をし村の人々の不調を回復させたオレは気が付けば先生と呼ばれていた。お医者や薬師をこの辺では先生と呼ぶらしい。
「ふう、まあ仕方ないか。ライト殿に合わせるしかないからな。それでもライオネル達よりも早い速度で登れているから構わないだろう」
「向こうは探索しながらの山登りだもんね。こっちライオネルさん達を追えばいいだけだからまだ楽だよ」
ライオネル達は小川に入り込む毒の原因が何か分からずに小川を辿っているんだ。目標物を知っているオレ達と違って、怪しい物をすべて確認しつつ、場合によっては小川から排除しながら進んでいるんだ。進行速度は遅いはずだ。
栞がすでにライオネル達の痕跡を見つけているので、追跡にも問題はない。
最初は獅子王騎士団のメンバーやキンカムイ族達は疑問に思っていたが、実際に言われた通りに進んだら払われた枝や植物の痕跡。
何より野営の後まで見つけたのだ。今は誰も栞の能力を疑っていない。
「あとどんだけ離れているんだろうな」
「あの野営の感じからして4,5日前ってとこだろうね。向こうは色々調べながら進んでるから多分こっちの1日のペースで向こうの2日分くらい差を詰めれると思うよ? 今のところ小川の向こうに渡った形跡もないし」
セーナがオレの足をマッサージしてくれている中、栞が目を細めて上流を見つめる。
頼りになる娘だ。
「ライト殿もおかしいが、奥方もなかなかに優秀だな」
「やーねー、美人妻だなんて!」
「そんなキャラだったか?」
「エイちゃん、奥さん扱いあんまりされないから……」
まあ見た目一番小さいかんなー。
特に異種族の面々からは子供にしか見えてないらしく、たまに非難の目でオレが見られるのだ。
そんな話をしていると、栞が目を細めて短剣を引き抜いた。
「敵か!?」
「しっ」
栞の行動に息を飲む面々。そんな状態の中、栞が近くの木の枝に飛び上がって周辺を警戒する。
そして腰に下げた魔法の袋から投擲用に作った苦無を何本か取り出すと、その苦無をどこかに投げた。
「おっけ、倒した」
「何がいたんだ?」
身軽な動作で木の枝から飛び降りてくる栞。
そして地面に生えた雑草なんかを避けながら、倒した獲物を持ってくる。
「これ」
「例の蛙の魔物、か?」
黄色い体に茶色い斑模様が特徴的。大きさはガマガエルより大きくちょっとキモイ。
「こ、このサイズの蛙ってキモいな」
「う、うん」
「毒があるから食えないベア」
「この辺にこんな魔物いたベアか?」
「見た事ないベア」
キンカムイ族の面々も知らない魔物らしい。どこかから生息域を変えたか、突然変異が繁殖したか。
「あー、血が溢れててダメだな」
「次は首の付け根に刺すようにするね」
苦無が刺さっているのはこの蛙の体だ。大きいと言っても体の中心に苦無が刺さっている為、溢れ出た血が蛙の体を汚してしまっている。
「次見つけたら生け捕りがいいかな。エイミー、頼めるか?」
「う、うん」
エイミーの幻術で身動きを止めてしまえば、生け捕りも難しくない。
蛙だから分泌液か唾液が毒の元だろう。それを採取して詳しく調べれば水の浄化薬を作れるはずだ。
問題はどこから水の汚染が始まっているかだが、どうだろうな。




