攻城の錬金術師⑧
『よく来たな、侵入者よ』
玉座の間。ハイランド王城の玉座の間は、煌びやかな白い壁と柱。赤い布に金と白の色で刺繍が施された豪華なカーテン。
地面は大理石だろうか。
ダランベールほどではないにしろ、シルドニアの皇王の間よりも広い部屋の中央。
そこにいたのは三体の魔物。
その姿を見たトーガ達のリアクションは色々と割愛させていただこう。
「オーバーロード?」
「かな?」
冥界でアンデッド退治をしていた栞とエイミーには正体がわかるらしい。オーバーロードと呼んだ。
中央のアンデッドは豪華な衣装と美しいマント、そして煌びやかな王冠を頭に付けた骨だ。錫杖を持ちこちらに眼球の無い眼孔を赤く光らせて向けている。
その骨の左右にいるのは、先ほど見たリビングアーマーだろうか?
しかし気配が違うし鎧の豪華さも段違いだ。先ほどとは別のアンデッドと見た方がいいだろう。
『余が国に何用か? 財宝か? 腕試しか?』
エルフの二人は嬉しそうに剣を構えて相手を見据える、そして何も言わずに床を蹴って王冠を被ったアンデッド、オーバーロードに肉薄する!
ガギンッ!
『ふむ、我が前での無礼な振る舞い。これを許しては王を名乗れぬな。我が近衛の力で滅ぶが良い、これは王命である』
『『 御意に 』』
豪華な鎧のリビングアーマーがそのエルフ2人に対し、剣を振るう。
エルフの二人は互いに頷くと、そのリビングアーマーを引きはがしにかかる。
瞬間、イドがオーバーロードの上から強襲した!
『愚か……っ!』
錫杖を構えてそのイドの攻撃を受けようとしたオーバーロードだが、錫杖を構えたまま右に飛んだ。
地面にイドの剣が降りる瞬間、イドは身をひるがえしてオーバーロードに剣を振るう。
『くっ!』
「神聖なる領域!」
イドの追撃を躱すべく、身をひるがえすオーバーロード。意外と身が軽い。
そこにこの部屋を覆うように白部の魔法が広がる。
『不快な! 消えよ!』
オーバーロードの錫杖から闇色の魔法が白部に向かって撃ちだされる。
「お守りします!」
その魔法を大きな盾で防ぐのはセリアさん。
「ありがとう、セリアーネさん」
「ああ! 私が守ろう!」
『不快だ! 不快である!』
錫杖の先から闇の魔力を帯びた刃が生成され、その刃からいくつもの黒いカマイタチのようなものがイドに放たれる!
「ふっ!」
イドは焦らず、それらの魔法を回避すると同時に壁に向かって飛ぶ。そしてその壁を蹴って再びオーバーロードに近接戦を仕掛ける!
「せいっ!」
イドの剣をオーバーロードは錫杖で受け止める。だが受け止められたのは一瞬だった。イドの剣はその金の錫杖を切り裂いて、その刃がオーバーロードの体をかすめる。
『ぐうっ!』
「浅い、か」
振りぬきざまにイドは風の魔法を放つ。シンプルに強い風を放って、オーバーロードが壁に叩きつけられる!
『ぬおおおおお!』
エルフの一人を相手にしていたリビングアーマーが、エルフを無視してイドに剣を振るってきた。
「舐めるなぁ!」
それを良しとしないのはそのリビングアーマーと戦っていたエルフだ。
イドはリビングアーマーの割り込みによってオーバーロードと距離を取る事になる、しかし無防備になったリビングアーマーの背中に、エルフの剣が強襲した!
「はあ!」
『この程度で!』
リビングアーマーの背中に亀裂が入り、がらんどうの中身が少しだけ見える。
しかしリビングアーマーは即座にその背中の傷を修復させ、オーバーロードの前に陣取った。
『無能が。余を守らぬか!』
『申し訳ございません』
リビングアーマーの背中もそうだが、切り払われた錫杖の先が元に戻っている。
「神聖なる雨!」
格の高いアンデッドだからか、別の要因か。白部の神聖なる領域が発動していても、動きが悪くならない3体を見て白部が更に雨を降らせる。
『ぐうっ! 不快だ! 不快である!』
「清浄なる刃」
そこに飛んでいく白部の光の剣。
リビングアーマーがオーバーロードを庇うべく前に出る。
鎧自体が体のリビングアーマーに刺さった5本の光の刃は、その鎧に溶け込むように吸い込まれていき、その周りから徐々に白くなっていく。
鎧の半分も白くなると、リビングアーマーは支えを失ったかのように地面へ倒れてパーツごとにバラバラになってしまう。
『役立たずが!』
吐き捨てるようにオーバーロードが言い捨て、地面に落ちたリビングアーマーの足パーツを再び距離を詰めようとしたイドに蹴り飛ばす。
イドは軽い身のこなしでそのパーツを避ける。
そんなイドに、オーバーロードの追撃の魔法が放たれた。
先ほどと同じ闇色の斬撃だ。
「さっきより弱いわ」
先ほどは回避を選んだイドだが、素早く剣を振るってその闇色の斬撃をすべて切り砕いた。
『ぐっ!』
オーバーロードが苦悶の声をひねり出す。白部の作った領域、そして聖なる雨が降り注ぐせいで奴の扱う魔法が弱体化しているのだろう。
もちろんオーバーロード自身も弱体化している。
エルフの2人に追いやられたもう1体のリビングアーマーも、その影響で動きが悪い。鎧の強度自体があるためまだ動いているが、先ほどの様に再生も行われず、壁に追い詰められていた。
『ふざけるな! 余は王ぞ! 余に逆らう存在などあっ……』
オーバーロードが怒りの言葉を叫ぶ中、その首に銀光が走った。
「ようやく隙をつけましたわ」
オレの横で戦いの推移を見ていたミリアが、いつの間にやらオーバーロードの背後に周り剣を抜いていた。
そのミリアが剣を収めると、オーバーロードの頭が地面に落ち、その体もゆっくりと倒れる。
「ん、でも油断はダメ」
その倒れる体の胸のあたりにイドが剣を何度か突き刺す。そして首を傾げたあと、オーバーロードの頭に目を向ける。
「まだ魔法を撃ってくるかもしれませんよ? 光くんの奥さん」
そう言いながら、白部が足で頭を蹴り顔を上に向ける。
王冠が乗ったままの頭蓋骨が、口をカタカタと動かした。
『ぐう、ここまでか……』
「わぁ、頭だけでしゃべってる」
「ディルの親戚かなんかか?」
月神教の大聖堂にそんな素敵な骨がいるのだ。
「イドさん、トドメを」
「ん」
イドが頷くと、その頭蓋骨を縦に両断した。
「動きは悪くなかったけど、もうちょっと強い相手じゃないとダメね」
「彼女のおかげでしょう? 流石カナデね。本物じゃないけど」
「姫様もおつかれさま」
「こちらも完了した」
リビングアーマーと戦っていたエルフの2人は、無事に敵を倒したようだ。
「ライト」
「どした?」
「これ」
そう言ってイドは真っ二つに割った頭蓋骨から、まるで加工済みの宝石のようにカットされた魔石を取り出した。
「まだ生きてる?」
「多分大丈夫だろ」
オレが手提げを広げたので、イドはそこに魔石を入れる。
無事に手提げに入ったので、この魔物はもう死んでいるという事だろう。
「おつかれさま」
「余裕」
澄ました表情のイドが、静かに言う。汗一つ掻いていない綺麗な顔だ。本当に余裕だったんだろう。
「さて、それじゃ最後の仕上げね」
白部が両手を伸ばして背伸びをしながら、玉座に歩いていった。
「白部さん……」
「そんな顔しないの、栞もよ」
白部はエイミーの作った幻術の産物だ。
本物の白部と寸分も違わないし、自分で考えて自分で行動を起こす一人の人間のように見えるが、やはり普通の存在ではない。
エイミーがその存在を作成するのに使った魔力。それが彼女の力そのものであり、限界でもある。
「元々そのために作ったんでしょ? それに私も自分の状態がわかるもの」
エルフ達が城内の敵を撃破し、オレ達も上位や中位アンデッドを生み出すスポーンマザーや、アンデッド達に命令を出すことのできるオーバーロードの討伐に成功。
しかし、まだスケルトンやゴーストなどの弱い魔物は残っているし、夜になれば更にゴースト類が湧き出てくるだろう。スポーンマザーがいなくとも、完全に不浄の地と化したここではスケルトンやゴーストが地面から湧き出て来るからだ。
「今の私だと、この城とその周辺までが限界ってとこかな?」
「本物の白部でもそこまでの規模の浄化はできないんじゃないかな……」
浄化という魔法自体は、そこまで複雑な魔法ではない。オレ達について来てくれた聖騎士達は全員が習得しているし、獣族の中でも適性のある連中は覚えている。
オレも少しなら使える。
ただ広範囲にかけるとなると話は別だ。広さに比例して魔力を放出しなければならないし、その魔力も聖属性に変換しなければならないので広い範囲にやるならば聖水などの媒体が必要だ。
魔王討伐の、魔力も育ち経験も蓄えた頃の本物の白部でも家一軒くらいのサイズを浄化するのに、肩で息をしていたほどだ。
その10倍以上の範囲を一気に浄化すると、白部は言う。
「それだけ、相良さんの込めた魔力がすごかったって事じゃないかな? すごいね!」
「白部さん」
褒められても、まだ気持ちが落ち込んでいるエイミーの頭を軽く抱えて白部を見る。
「悪い」
「いいんだよ。でも約束だよ? 必ず、私達に会いに来てね」
「勿論だ。その足掛かりが、この足元に眠っているんだから」
旧ハイランド王国で勇者召喚が行われたのはこの城だ。
この城に隠された部屋があるはずだ。そこに勇者召喚の魔法陣が眠っている。
そしてその魔法陣を探し、解析するには魔物の存在がどうしても邪魔である。この地をすべて浄化し、アンデッド類が出現しない場にしなければ落ち着いて調べものもできない。
「その手伝いに、私は作られたんだからね。大丈夫、納得しているし文句もないよ」
「でも、それは私の……」
「相良さんが、その為に作ったっていうのは分かるけど。それでも私は、私の意思で3人を助けたいんだ。そういう事にしといて。ね?」
「……うん」
頷きつつ、エイミーがオレの体に体重をかけて抱き着く。
「あ、ありがとう」
「どういたしまして。二人とも、光君と仲良くね」
「もちろん!」
「うん」
「光君も、二人をよろしく」
「ああ、任せろ」
オレの返事に、満足気に頷いた白部。
笑顔だった表情を引き締め、白部は杖を手にすべての魔力を集中させていった。
「生の住まう地を奪いし邪悪なる力の根源よ」
白部は真剣な表情で詠唱を開始した。
「神聖なる理を拒絶せし、不浄なる世界よ」
白部の体から、白く温かみのある光が溢れ出す。溢れ出した光は魔力の奔流を生み出し、彼女のスカートや袖が、軽い風にはためかされていく。
「清浄なる地に生まれ変わり、この地を守護したまえ……私の仲間の、友達3人の望みを叶えたまえ」
そこまで詠唱をした白部が、こちらに笑顔を向けて来た。
その顔は、体は、服は、気が付けば薄まっていて、ゴーストのように透けて見える。
「奏……」
「白部さん……」
栞とエイミーが、白部の名を呼ぶ。
「浄化された世界」
白部の体に集まっていた光がオレ達を、壁を。床や天井を包み込むように照らしていく。
眩く光り、目も開けられない程の強烈な光が放たれると共に、地面に何かが落下したような音がした。
光の奔流が収まり、辺りの空気が明らかに変わった。
白部のいたところには、オレが渡した十字の装飾のついた杖が残っているだけだった。
「ねえ」
「うん。道長君」
「……どうした? 栞、エイミー」
オレの両脇、二人がそれぞれオレの手を取った。
「絶対に帰ろうね」
「白部さんだけじゃなくて、みんなにも。絶対に再会しよう」
オレの顔を左右から挟んで見上げる二人。
その二人の手を握り返して、オレも言う。
「約束、しちゃったしな」
オレの言葉に二人も頷く。
白部、ありがとう。




