攻城の錬金術師⑥
「つっこめぇぇぇ!」
「どけやごらぁ!」
「腐れアンデッド共がぁ!」
『蛮族がぁ!』
『一人で当たるな! 必ず3人以上で当たれ!』
『扉を守れ! 城壁を死守せよ!』
翌日。元気なエルフ達を先頭に太陽神教の聖堂からハイランド王城へと突き進んでおります。
エルフ達に続くのが赤角族。その後ろにオレ達、更に後ろに聖騎士達がいて周りを獅子王騎士団で囲んでおります。
エルフ達が前進する中、獅子王騎士団のバステト族は後方の守護である。
聖堂以外の城下町は浄化されていないから、そこからスケルトン達がオレ達を目掛けて攻め込んできている。
両面を挟まれての戦いだが、相手がスケルトンばかりで中位以上のアンデッドが出ていないから今のところ被害は出ていない。
しかしエルフ達も自由に城壁に取り付ける訳ではない。城の周りの荒野では昨日討伐したマテリアルゴーストの騎士団にエルダーリッチが率いたリッチの魔導士団が展開しており激しい戦いが繰り広げられている。
エルフが突撃をし、ハイランド側は組織立って攻勢をしかけている。魔物と人間の優位性が逆転しておるぞ?
昨日の聖光玉に警戒しているのか、エルダーリッチがオレを睨み続けている。どうにも動きにくい。
「今はいいですけど、これ以上は不味いですわね」
そうこぼしたのはミリアだ。そしてセリアさんも頷いている。
「この状況が長く続けばエルフ達はまだしも聖騎士や獅子王騎士団、赤角族がもちませんわ。彼らの魔力やスタミナには限界がありますから」
「一応エルフにもあると思うけどな……」
ミリアが心配しているのは後方だ。
城下町からは強くないものの、スケルトンが無尽蔵に現れる。
後方の守りを担当している彼らがこちらに来るスケルトンの討伐を引き受けてくれているが、スケルトンはしぶとい。
魔物であるがアンデッド故に頭にある魔石を破壊しなければならないが、その頭蓋は硬い。
倒すのは簡単でも破壊するには労力がいるし、武器も使い続ければ摩耗してしまう。
全員にオレの武器を渡しているわけではないので、いずれは限界が来る。そもそもゴーストが夕方には群れをなして現れるのだ。時間も限られている。
「エイミー、お願いいたします」
「は、はい!」
切り札の投入を決断する。城に入ってから高位のアンデッドと戦う際に使うつもりだったエイミーに頼る事にしたようだ。
「早くない?」
「マテリアルゴーストはアンデッドの中では上位に位置する魔物です。ここで出てきている以上こちらも相応の手段を用いなければなりませんわ」
「そう、だね。怪我人は治せるけど、犠牲者が出る前になんとかしたいもん」
エイミーもミリアの考えに頷いて、腰に下げていたケースから幻魔札を取り出した。
ここを攻めるにあたって、ずっと魔力と想いを込め続けたとっておきの幻魔札。
それをまとめて引き抜いて、エイミーは自分の前に丸く並べる。
「お願い……」
エイミーはその札に魔力を込めて起動させる。
札はゆっくりと優しい光を放ち、その光の粒が円の中心に収束して人の形を作る。
「助けて、白部さん」
小さく呟くエイミーの言葉に顕現した一人の人間。
かつて共に魔王討伐の任務に就いた『大聖女』である白部奏がそこに立っていた。
紺色の修道服と学校のブレザー、その中間のような服装の白部。スカートはそこまで短くない、どこか大和撫子然とした凛とした立ち姿。
黒く長い、腰まであるスト―レトの髪を風になびかせつつ、静かに目を開く。
「おっと」
「あ、ありがとう」
大半の魔力を消費したのだろう。体をふら付かせたエイミーの肩を抱いてゆっくりと座らせる。
「え? 何? どういうこと?」
状況が分からず、キョロキョロする白部。
「ほら、白部」
「え? あ、ありがとう光君」
彼女専用に作った、魔王討伐の際にも持っていた十字を象った長い杖を彼女に渡した。
「おおー、すごい! 本物みたい」
「本物? 何をいってるの栞」
「それより早く助けてくれ。アンデッドが多くて大変なんだ」
「あ、うん。うん? 後で説明してね?」
状況がつかめていない白部だが、アンデッドの大群を見て表情を引き締める。
そして手渡した杖を両手で高く掲げて、今オレ達に必要な魔法を放ってくれる。
「神聖なる浄化の光」
白部が一言呟くと、十字の中心についた青い魔核が輝きを持ち、そこから光が辺りを優しく照らす。
『うがああああ!』
『がああああああああ!』
『いやああああああ!』
マテリアルゴースト達が悲鳴を上げる。そして後方ではスケルトン達が崩れる音が連鎖的に聞こえてくる。
リッチ達はその場から蒸発し、溶けるように消え、城壁の上にいたスケルトンの弓兵も崩れると砂になって風に流されていく。
「いまだあああああ!」
「ぬおおおおおおおおおおおお!」
苦悶に満ちた表情と叫び声をあげるマテリアルゴースト達を次々と切り伏せていくエルフ達。
エルダーリッチの1体が体の周りに闇色の障壁を張ってなんとか耐えていた。
そのアンデッドが怒りに満ちた声を放つ。
『一体何をした!』
「太陽神クリア様のお力を、この地に顕現させただけです」
そう答える白部に視線が集中する。
「アンデッドは日の光に弱く、月の光を憎んだ悪しき存在。それらを正しく冥界に導くための光。それが神聖なる浄化の光です」
白部の放つ光は未だに消えておらず、高く掲げられた杖の光はより強く広がっていく。
『己、おのれ、呪ってくれる!』
「ではその呪いも完全に浄化してみせましょう!」
闇色の障壁が徐々に白部の光に押し込まれていく。
『むおおおお!』
「無駄です」
ピシャリとエルダーリッチの抵抗を否定すると共に、白部は全方位に放っていた光を相手に集中させる。
光が収まったころにはそこには何もいた形跡は残らなかった。
その結果に満足した白部はクルリとこちらに顔を向ける。
「それで? どういう状況? あそこ、魔王城じゃないわよね?」
「えっと、なんていうか?」
「アンデッドがいっぱいいたから、白部さんに助けて貰いたくて」
この白部はエイミーの作った幻術だ。エイミーの幻術はかかった人間の体に実際にダメージが発生するほどの強力な暗示作用を持つ。
エイミーは自分自身にその幻術をかけ、白部奏を『生み出した』のである。
相応の魔力を消費する上に、自分自身を自分で騙す様な手段だ。未だにエイミーの消費は激しい。最上位のマナポーションを飲んだが、未だに座り込んだままの状態だ。
エイミーが命を落としたタイミングの白部しか覚えていないから、当時の装備のままだ。
だがここを攻略するにあたって、最終的に白部がどのくらいの力を保有したか、どれほどの魔法を放ってきたかをエイミーに少々盛り気味に教え込んできた。
エイミーは幻魔札に、オレをも凌駕する程の魔力を何日も込め続けてそれを媒体に幻術を発動させた。
この白部自体は完全に魔力で作られている為、勿論偽物である。だが込めれた魔力の分だけ、白部奏の魔法として放つことができる。
白部の魔法の大半は実態を持たない聖属性の魔法だ。アンデッドや完全な悪の存在にしかダメージを与えないので、今のような味方を巻き込まない範囲攻撃魔法や回復魔法なんかを扱うことができる。
エイミーの込めた魔力は、本物の白部よりも魔力がある。本物の白部よりも強いだろう。
「ふうん? じゃあ魔王はもう討伐出来たんだ」
「ああ、みんな帰ったよ」
「でも光君は残っちゃったのね」
「あー、うん」
「相良さん」
「は、はい」
白部はエイミーに抱き着いた。
「ちゃんと生き返れたのね。おめでとう」
「あ、ありがと」
白部が目に涙を浮かべて、はにかんだ表情で少し離れる。
「光君、流石です。でもそれだけじゃないでしょ?」
「おう、ちゃんと本物に報告するよ」
「よろしい。じゃあ、ちゃっちゃと片付けてしまいましょう」
そういって先導するように前に出る白部、え?
「あの、エイミーさん?」
「うん?」
「白部ってあんなだっけ?」
「えっと? ちゃんと、白部さんだと思うけど……」
「あー、エイちゃんは奏の事を尊敬してたからねぇ」
「ああ……」
オレの中の白部はどちらかと言えば慎重な性格に思えていた。あんな敵の城を前にしてテクテク歩いていくような真似はしない。
しかしエイミーのイメージによって作られた白部だ。エイミーが想像する、エイミーの理想とする白部が顕現しているのだ。そこに多少の齟齬があるのかもしれない。
「ほら、みなさんも。ロドリゲスさん、城門を早く破壊してください」
「へ、へい! 白部さま!」
早速赤角族に指示をし始めている。
うん、ロドリゲス。しばらく指示通り頼むわ。




