戦支度と錬金術師⑤
翌日。
オレが到着したのは、赤角族の族長が色々と手配をしてくれているとある村だ。
「ロドリゲス様、奥様。ようこそおいでくださいました」
勿論ロドリゲスも一緒。あとジェニファーもいる。
「ロドリゲス様も、自分の部族で族長になられたとか。今後は大族長として我らをお導きください」
そう言ってひれ伏す元族長とその仲間達。
「ん、んだ」
移住というのは大きな仕事だ。若いロドリゲスは族長の息子であって、村の中でも重要視されていたが、特別な役職はなかった。
そこでロドリゲスの父は引退を宣言。村長の座をロドリゲスに譲り、彼にすべての権限を持たせる事にしたのであった。
ロドリゲスの父は島への移住当時から生きる古参であったが、その彼が家督を譲ったのだ。
移住が原因ではない。戦が原因だ。
知識もあるし、赤角族という種族の関係上、十分な戦闘能力も備えていた。ただ体力面はもうだいぶ落ちているといい、部族の指揮をとるのは相応しくないと言ったのだ。
大変申し訳ないと思います。
ロドリゲスだけでなく、ジェニファーや他の村の住人からも止める声が上がったが、彼は引退を撤回しなかった。
「道長様の為の戦いだべ、儂は命を懸けたい。ロド、お前は道長様を命がけで守れ。むろん自分の命もだべ」
「お、親父」
感動的に見えるが、オレは騙されない。
オレの警護と部族の指揮をロドリゲスに回し、自分は最前線で自由に戦う事が目的だ。
絶対にそうだ。
そんな茶番を前にしていたフェイロノーネが自分の部族に戻り、ロドリゲスの事を触れ回った。そして誰かが『大族長の誕生だ!』と叫んだ結果が先ほどの役職である。
「それとライトロード殿、戦と聞きましたが」
「ああ、ハイランド城を攻略する」
目が光ってます。
「城攻めとは滾りますな!」
「キミ達はなんで今まであの城を放置してたのかが気になるんだな」
「ゴースト系に対抗出来る者が少なかったからですぞ」
「お、おう」
真っ当な理由だった。
「此度は聖騎士も動員されるそうなので。このような事は初めてです」
「そうなのね」
「ええ! 聖騎士達は大聖堂の守護が任務であり、俗世には関わらない者達でしたから」
「戦闘経験なさそうで不安だ」
「みな迷宮都市出身ですから問題ないかと」
「なるほど」
迷宮都市のダンジョンで腕を磨いた人間が聖騎士になるって言ってたな。
そうなると意外と腕利きがいるかも?
まあいいや。
「今日は頼みがあって来ました。申し訳ないですが、こちらにロドリゲスの同胞を何人か先んじて受け入れて欲しい」
「生活の基盤を作っておくおつもりですか」
丁寧に対応しようとしてくれている元族長がオレやロドリゲスの後ろにいるメンバーに視線を向ける。
ロドリゲスも含めた島の赤角族が10人。それとライオネルに紹介して貰った獣族の面々を連れているので大所帯である。
「いえ、ちょっとばっかし兵站を作りたくて……」
「ほお?」
若干反則気味な話だが、赤角族の戦力を先にこちらに置いて狩りをさせる。
獣族の面々は農業のチームとして、とにかく食糧確保に走らせる。農業は例の栄養剤を使えば土地と苗や種があればいくらでも誤魔化しがきく。ただ収穫は手作業なのだ。
ライオネルに紹介して貰ったのは、都ではなく周辺の農家の三男四男連中である。
畑と家が引き継げないからと都に出てきていたり、騎士団や軍に憧れを抱いて上ってきたメンバーだ。
農業経験者なので重宝だ。
島の赤角族達と違い、完全に初対面なので魔法の袋のような高級品は渡せない。
代わりに用意した箱や袋には腐敗防止の魔化を施してある。錬金術の知識が無ければ気づかれる事はないだろう。
兵站は多ければ多いほどいい。戦で余っても移住後で使えばいいのだし、出来るだけ頑張って作ってくれれば万々歳だ。
「こちらとしては受け入れるのもやぶさかではございませんが、後ろの方々は」
「彼らは2週間程度で帰りますのでご安心を。村ではなく、村の近くで野営させますから」
見張りは島の赤角族が交代で行うので問題ない。それとライオネルに紹介して貰ったのは、騎士団や軍に憧れて来たが力が足りない連中だ。
赤角族に睨まれている状態で問題を起こすほどの力はない。報酬は一人頭、銀貨5枚程度だが蚤取りも付ける。
野営になるため軍で使っている野営セットも借りてある。獣族は人とは違うのでそれでも十分体を休ませられるらしいので、簡易的なものが多いが特に不満も出ていないからいいと思う。
「じゃあ早速各自準備にかかってくれ!」
「獣族の皆さんはこちらに、野営の準備をいたします」
「おし! オデらは畑さの準備だ!」
獣族の面々は農業に従事させるつもりだが、最初は赤角族が畑を作る。
普通のスコップを渡すだけで、一人一人がショベルカー並みの力があるので簡単に穴を掘れるし、単純に力が強いから石や岩が多くてもすぐに対処できるからだ。
前もって村の地図を貰っていたので、彼らが持っている畑の集まっているエリアを拡張する形だ。
ロドリゲスは部下達を使ってドンドン穴を掘らせる。
地面に25mプールみたいなのが作られる。
確保出来たら、島の畑から持ってきた土を穴に落としていく。
これは今期休ませていた畑の土だったり、来年使用する予定だった腐葉土だったり。移住するので捨てるはずだったそれを、魔法の袋につめこんできたのである。
連作障害? 植物との相性? そんなものはオレの作った栄養剤が一蹴してくれる。
定住してから彼らが考えればいいのだ。
10人もの赤角族が流れ作業のように穴を作って、再び埋めるを繰り返す。
その様子を元族長が口を開けて眺めていたが、ロドリゲスも汗を流しているので正気に戻った。
流石に何もしない訳にはいかないと若い村の赤角族を連れてきてくれて、単純な穴を掘る作業の手が増える。
戦力が増えたので穴を開けるペースが速くなっていく。
この村の赤角族の若者の一人が、スコップが手に馴染むと謎の事を言っていた。新しい世界に目覚めたかもしれない。
ちなみに堀り返した土は島に戻って、掘りだした畑を埋めるのに使います。魔法の袋に戻す係りの赤角族がいるのです。
「野営の準備は完了しました。半数は食事の準備に、残り半数をお連れしました」
「ああ分かった」
彼らには畑に種や苗を撒いて貰うつもりだ。
赤角族達が頑張って作った畑はかなり広い。
種の入った袋を何人かに渡していると、モグラの獣族の……男? 小さい眼鏡の男が不安そうに聞いて来た。
「あの、畝を作らなくても? それにこいつは春の雪解けに合わせて種を撒かないと……」
「今日はいいよ。ただ撒くだけで。あ、こいつは支柱も横に刺しておいてね」
「はあ」
詳しくないから軽視しているという訳ではない。決して農業を舐めているわけじゃないとだけ言っておこう。
均等に距離を保たないと作物同士で栄養の取り会いになるし、植物の種類によっては畝がなければ育たない物も珍しくない。
魔王城への行軍の時にも、農民や農家出身の兵士に指摘を大分受けたので彼らの心配も分かる。
でも今回は栄養剤で力任せに育てるからいいのである。
問題があるとすれば、収穫の際に面倒な程度だろうか。
「今回は魔法を使うから」
「魔法ですか……」
「一応農具も準備してるけどね。報酬はちゃんと払うから言う通りにして」
「わかりました」
彼は中々農業に詳しいようだ。ジェニファーに紹介しておこう。
種族的な力押しと人海戦術により、早々に種撒きを終える。
そこでオレが作った栄養剤の準備だ。
「じゃあ全員畑から離れてくれ」
水で希釈して使うので、大き目な樽に詰め込む結果になった栄養剤。
それが3つだ。
ロドリゲスが樽の蓋を開けてくれるので、その間に杖を準備。
カートリッジを無属性の【念動】にセットして樽に向かって杖を振る。
「「「 おおお! 」」」
樽から栄養剤が溶け込んだ水が浮き上がると、それだけで歓声があがった。
オレは杖を振ってそれを雨のように畑全体に振りかける。
原液のようにはならないが、それでも種を撒いて土を被せた部分が気持ち盛り上がる。すぐにでも芽が出るはずだ。
あ、出て来た。
「いつ見ても驚きだべ」
「道長さまの妙技は誰にも真似できませんね」
「褒めない褒めない」
照れるから。
しかし、そんなオレに向けられるのは獣族からの訝し気な目線である。
「さて、次は井戸に手押しポンプだな」
これだけ畑が広がれば、農作業で水を使うのも一苦労である。
つるべ井戸では畑の維持が困難になりかねないので、手押しポンプも用意しておいた。
そんなこんなで井戸にも手押しポンプを取り付ける。どうせだから村の井戸全部に取り付けた。
ハンドルを上下させるだけで水が出る光景をみたこの村の赤角族達や獣族から歓声があがったのが面白い。
それだけ水汲みって大変だったらしい。
翌日、畑には多くの作物が顔を出していた。予想通りの育ち具合、明後日には収穫出来るだろう。
絶句する獣族達の今日の仕事は雑草取りである。栄養剤は雑草も育てちゃうからね。
ロドリゲス達は狩り生活の始まりだ。怪我無いようにお願いします。




