戦支度と錬金術師④
オレが原因でもあるが、かなりの数の兵を動員しての行軍。
しかも計画的ではなく突発的なものだ。
人間の勢力は太陽神教がほとんどで、獣族同士の諍いはほとんどないらしい。あっても小規模の物だそうだ。
彼らも経験したことのない大きな戦いが待っている。
その上で、血気盛んな彼らのやる気はうなぎのぼりである。出来れば士気の高い今のうちに行動できるようにしたいのであんまり時間を空けたくない。
かと言ってすぐに戦だなんて行える訳もないので、準備からだ。
獅子王騎士団や虎狼軍は個での戦いではなく集団戦の訓練を開始。本来はライオネルが中心であるべきだが、魔王戦の時に1万以上の人間の指揮を執ったことのあるミリアが受け持つ事に。
一人ではきついので、補佐にセリアさんとレドリックを付けた。
ライオネルとミリアがそれぞれ同数の人数で部隊を指揮し、ミリアが圧倒したので誰も文句は言えなくなったのも大きい。
部族ごとに特色も違うので、色々と戦闘の幅があると息巻いていた。ミリアの下で働いた部隊の士気が特に高くてちょっと怖い。
武具の準備も必要だ。
都にはシルドニアのように魔導炉が途絶えていた訳ではないし、ドワーフの鍛冶師もいた。
ただ、鉱石が近くで採掘できる訳ではないので少数だった。
獣族は無手で戦う者が多く、武装している者自体が少ないからあまり需要が無かったらしい。
太陽神教の聖騎士達が使う武具のメンテや、例の迷宮都市に武器の出荷をするのが主だった仕事らしいが、こちらに融通して貰えないか話を通させている。主にスケルトン対策の打撃武器だ。
城下町の外の荒野を埋め尽くさんばかりのスケルトンが簡素であっても武装しているらしいので、それを相手にするには全員素手では話にならない。
太陽神教の司祭の一人がそちらに行ってくれるとの事なので、栞とセーナ、イリーナが護衛について山岳地帯に向かった。
栞にはちょっと珍しい鉱石と、島で品種改良したお米を使ったお酒を持たせた。これで上手くドワーフを釣ってきて欲しい。
ユーナはポーションの量産。だがかなりの数が必要なので、今回の戦いに参加させられらないと判断された者に薬草の回収を依頼した。
色々と面倒に思ったので【妖精の工房】も解禁である。
旅装束ではなく、店員姿になったエイミーとリアナが対応してくれている。同じく店員姿のジェシカとトーガ達も手伝ってくれた。
トーガ達には店員用の制服と似たフリフリのエプロンをリアナが進呈。3人ともよろこんでいた。
ちなみに獣族達には蚤取り薬が大人気である。
獣族がいるので普通に売ってるのだが、当然オレの作成したものの方が性能は高い。量産が求められたが、面倒だったのでレシピを公開。
結果、都の獣族の錬金術師達はこぞってそれを作っていてそっちの材料が枯渇気味。
頼むからポーションを作ってくれ。
「久しぶりに薬品的な物を作る気がする……」
「そうね」
工房に入り、カレー鍋サイズの錬金窯を前にしたオレは材料を机に並べていく。
そこにいるのはイアンナを抱いたイドだ。天使が天使を抱っこしている。
「パパがちゃんと仕事してるって教えておかないと」
「なんかこうグサりと来るものがあるぜ」
家にいないだけだい。
「何作るの?」
「植物の栄養剤」
「地味ね」
「結構重要なんだけどなぁ」
魔王軍との戦いの際にも大活躍だったのに。
「戦と関係あるの?」
「勿論。特に侵攻される側だったから重宝したよ」
魔王軍は悪魔と魔物の混合軍だ。
悪魔はいたずらに人間を殺し、魔物は人間を食らう物が多い。
守りの薄い村はそれらの襲撃に耐え切れず、魔王軍の侵攻経路にあったダランベールの北部領は大打撃を受けた過去がある。
人々は村を捨て、領都を目指す。その姿を見た人々も不安を感じ、中には村から離れる人も多かった。
領都より北側の人間が減ったら、作られる農作物の量も必然的に減る。
人間は守るにせよ攻めるにせよメシが必要だ。魔物も全部が全部食べれる訳じゃないし、食料が枯渇すれば国が滅びる。穀物と野菜が特に不足していた。
そこで必要となるのが食物の成長を助ける栄養剤だ。
田畑に撒けば、自然に成長させるよりも多く実り、収穫量も増える。
「パパが頑張るって」
「ぁー」
「おう、ありがとう。イアンナが応援してくれるなら、何億本でも作れる気がするぞ」
「そんな単位初めて聞いたわ」
「万の上だな」
「そんなにいる?」
「……いらないな」
「…………」
イドに呆れられるが気にしない。
「でも赤角族の移住でもあればいいだろうし、ちょっと多めに作るかな」
今回は兵站に使うので、一般的な物よりもいい物が必要だ。
錬金窯の中に大地の水溶液と、生命の水溶液を等分くらいに満たす。
次に使うのがトレントの枝だ。
ゴボウを調理する時みたいに、皮の部分を削りながらその水溶液に振りかけていく。
「勿体ない」
「まあ、普通は魔導士の杖とかに使うもんなぁ」
削り節より太いそれらが水面に浮かぶ。
次に入れるのは、人食い樹と呼ばれる魔物の実だ。
「勿体ない」
「この蜜結構甘いもんな」
人間を主食としている植物系魔物、秋になると赤い果実が実る。それを人食い樹を殺さずに収穫する事で得られる果実だ。
実がついたまま倒すと実が腐ってしまう謎生態。殺さずに採取しないと入手できない。
蜜は加工すると赤黒くなり、カカオのような風味になるのでチョコレートモドキが作れる。明穂を中心に女性組とチョコを食べたがっていた稲荷火が大量に採取しておいてくれたものだ。
何食分作らせるつもりだったんだ? まだ大量にあるぞ。
大きさはレモンくらいだが、構造はヤシの実のようになっているそれを窯の上で切って中心の蜜を窯に流す。
切った実は、皮を剥いてリンゴのように切ってお皿に乗せてつまようじを刺しておく。
「一番おいしいところなのに」
「実も十分うまいだろ」
文句をいいつつシャリシャリ食べるイド。イアンナが興味深そうにそれを見ているのが可愛い。でもまだ硬い果実はすりおろさないとダメ。
そんな事を思いつつ、剥いた皮も窯に投入。火は弱火で、魔力を込めながらゆっくりとかき混ぜる。
弱火のまま赤角族の島で作った腐葉土、これを乾燥させた粉末を振りかける。
「ん、それは勿体なくない」
「ただの土だからな」
振りかけた粉末が沈み込んでいくのを見て、火を強くする。
このままでは溶けにくいので植物由来の溶液も投入していく。
「少し離れよう。火の粉が飛んで来たら大変だ」
「薪なんて使ってないでしょ。イアンナを抱っこしたいならそう言いなさい」
「イドごと抱っこするからソファ行こう」
「っ」
耳どころか首元まで赤くなったイドの肩に手を置いて、ソファに誘導して二人して座る。
別にやましい事をするつもりはないのだが、なんとなくイドが緊張しているように見える。
「ちょっと馴染むまで待つ必要があるんだ」
「ん」
「だから休憩」
「そう」
イドとイアンナの顔を見て、まったりするつもりだ。
イドもイアンナを大事に抱きながら、オレに体を預けてくれた。
イドの頭を撫でつつ、イアンナに目を向ける。
ただ座っている状況が気に食わなかったらしく、イアンナが泣き出したので3秒くらいでその時間は終わってしまった。
仕方ないわね、と言いながらイドが立ち上がりイアンナをゆすりながら抱っこを続ける。代わりたい。
「十分に馴染んだら、不純物を取り除いてザルで漉して完成ですっと」
錬金窯を傾けて、バケツにザルを置いて流し込んでいく。
「出来たの?」
「ああ」
オレはお玉を使って、小さいジョウロに出来た栄養剤を入れる。
「すごいぞ?」
授乳させてベビーベッドにイアンナを乗せたので、手持ち無沙汰になっていたイドが覗き込んできた。
机の上に小さな土の入った鉢植えを置いて、そこに小さな花の種を一つ入れる。
軽く土を被せてジョウロから栄養剤を撒く。
ピョコン、と種から芽が出て来た。
「おお」
「まあこれだけじゃ育たないが」
鉢植えを窓の傍に置き日の光を当てると、その芽はすくすくと育っていく。
あれ? 思ったよりもすごいな……。
ここまでの効能は本来はない。大元の素材であるオレの作った生命の水溶液が以前よりも高性能になったからかな?
「早い」
「オレもびっくりだ。でも希釈して使えば問題ないはず」
あまりにも早く育つと、収穫前に枯れてしまう。
これを使い、戦場となって血や死骸で汚れた畑を再生させたり、不足しがちな兵站や街の食糧事情を改善させたのだ。
物としては地味な部類だが、これがなければ魔王軍討伐の期間は倍以上伸びていただろう。
その花の種からすくすくと育つと、バラのような花を咲かせた。
このままだと枯れてしまうので、すぐに切ってイアンナの頭に飾る。可愛い。
「口に入れるからダメ」
「ごめんなさい」
ほっこりしてたらイドに取り上げられてしまった。
残念。




