戦支度と錬金術師②
妖精の工房に戻り、リビングでセーナの淹れてくれたコーヒーモドキを飲む。
そうしていると、栞とエイミーもリビングに入ってきた。
「イドっちに聞いたよー? エルフ達の力借りるんだって?」
「うん」
ソファに腰を深く沈めていると、横に栞が同じく座った。
「コーヒー、冷めちゃってる。淹れ直すね」
オレの前のコーヒーをエイミーが触ると、それを持ち上げて新しいカップを用意してくれた。
「沈んでる?」
「ちょっとだけ」
「そんな顔してるね」
栞とエイミーがそんな事を言ってくる。
「みっちーさ、いいのかな? って思ってるでしょ」
「……うん、良く分かったな」
「そりゃあ奥さんだもん。エイちゃんも気づいてるよ。ね?」
「うん。私達の事で、彼らを戦いに駆り出していいのかなって……」
エイミーもオレの横に座って、オレの肩に頭を乗せる。
「私達はさ。神様の都合でこっちに呼ばれて、不思議な力に舞い上がって、それで怖い思いにあって、死んじゃった」
「そだね」
栞もオレの肩に頭を預けた。
「道長君に助けて貰って、こうして一緒にいる。すごい幸せだよ。道長君は?」
「……幸せだよ」
イドとイアンナがいて、栞、エイミー、ミリアがいる。
勝手だけど、オレの事を好きだと言ってくれる人に囲まれて、オレを必要としてくれる人たちと一緒にいるんだ。
間違いなく幸せだ。
「イドさんもミリア様も、道長君と一緒にいるのが幸せなんだと思う」
「そうだと、嬉しいな」
「そうだよー、イドっちなんかイアンナも貰ったんだもん」
「イアンナちゃん、可愛いよね」
「可愛いよねー」
それには頷くしかない。
「道長君はさ、世界を救ったんだよ。それはみんなじゃないけど、私は知っているの」
「あたしも、ミリミリも知ってるしエルフの人たちも知ってるよ」
「だから、彼らを使ってもいいと?」
「知らなくてもいいよ。私達は帰りたいんだもん」
「いや、極論を……」
「エルフも戦いたいって言うんだしいいじゃん。あたし達だけじゃ手が足りないの分かってるんだし、いっぱい手を借りようよ。魔王戦ではエグいほど手を貸したんだし? あたしは途中で死んじゃったけど」
「……笑えないなぁ」
オレの顔に伸びて来る栞の手を取ると、栞はその手を握り返してオレの手にキスをした。
「イドはさらに赤角族も使えって言うんだよな」
「いいじゃん。彼らは強いよ」
「私達のせいで戦いを強要するのが嫌なんだよね。道長君は、それで誰かが死んじゃうのも」
「……嫌だよ」
「それは自分の為? 栞ちゃんや私の為?」
「多分、全部」
「図体ばっかでかいのに、子供だね」
「そう、だな」
今度はオレの顔にエイミーがキスを落とした。
「お二人とも、何をしてらっしゃるのかしら?」
「ミリア」
「えへ」
「てへ」
「ずるいですわ」
ミリアがオレの前に置いてあったテーブルをどかし、膝にのしかかってくる。
「そこはズルくない?」
「むー」
「いいじゃない。それで、なんの話してたのかしら?」
オレの頭だけでなく、栞とエイミーの顔も抱き上げるようにミリアが手を広げてその胸に収めんとする。
「この男が意気地なしだって話、ミリミリいい匂い」
「そうなの、アンデッドの群れ。どう考えても私達だけじゃ無理じゃない? この間だってなんだかんだいってシルドニアの騎士達の力を借りたのに。ほんと、いい匂い」
エイミーが聖女になった時の話だ。
「どういうことですの?」
「道長君ハイランドのお城を落とすのに、エルフとか赤角族の力を借りるのが怖いんだって」
「怖い?」
「自分のわがままで、人を戦いに駆り出すのが……」
「ああ、そういう」
ミリアは王族だからな。
「分かりますわ」
「分かるのか……」
「ええ、わたくしの命令で多くの騎士や兵士が命を散らしましたもの。でもそれは必要な犠牲ですわ」
「今回の戦いは、必要な事じゃない」
オレのわがままだから。
「旦那様には必要な戦いですわ」
「……」
「旦那様、この世界の生きとし生けるものすべてが貴方に大きな借りがありますわ」
「そんなこと」
「あるんですよ。ちゅっ」
「「 あっ! 」」
「貴方が怖いというなら、わたくしがすべてを仕切りますわ」
「それは、ダメだむぐっ」
今度は首を持ってかれ栞にキスされる。
「むー」
「順番です。次はエイミーですわね」
「ちょっと首が痛いんですけど」
「我慢、して」
次はエイミーにされた。
今までの軽い、触れるようなものではなかった。
「……長くない?」
「舌も入ってますわね」
「っ、ち、近くで観察されるのは、恥ずかしい……」
自分からやってきたのに、目を回して顔も首も真っ赤にしているエイミー。可愛い。
「決意なさい。ヒカリミチナガならば、わたくしの夫ならばできるはずですわ」
「勝手な……」
「これ以上、何も言わせない様にしてあげますわ」
ミリアがそう言うと、立ち上がってオレの背中と腰に手を回し……。
「ちょっ! それは流石に!」
「もう、動かないでくださいまし」
お姫様抱っこされました。
「イドっち呼ぶ?」
「ええ」
「先に、始めてるね」
「運ばれるんかいっ!」
「力強い女で良かったと、今日ほど思った日はございませんわ」
現金な事で、彼女達と言葉と愛を重ねるたびに悩みが飛んでいく気がしていく。
でもベッドの上で、裸で喧嘩はしないで欲しかった……。
「戦力を借りたいんだ」
色々あって、力を借りる事にした。
戦いは必要な事だと、この世界では生きる上で必須なのだとイドとミリアに力説されたというのもあるけど、オレ自身に覚悟が決まったという理由もある。
……オレのお嫁さん達を守るのには、戦力が必要だ。
「構わんのではないか?」
まず赤角族達の保護者であるハクオウ(♀)の了承を貰うことに。
勝手に彼らを使ったら拗ねそうだから伝えた。
むしろ嬉しそうに答える。
「いいんだ?」
「無論だ。彼らの為にもなろう」
ハクオウがにこやかな表情を浮かべながらロドリゲスの妻、ジェニファーを呼ぶ。
「はい」
「動かせる戦力はどれくらいいる?」
「動かせる……戦ですか?」
「そうだ」
「我らの移住の件で、戦が起こるのですか?」
あ、変な勘違いをさせてしまっている。
「いや、オレの個人的な用で悪いんだがな。ちょっと頭数を欲しているんだ」
一つの城を落とはそういう事なのだ。
「であれば、80人ですかね」
「はい? それって小さい子供以外の全員じゃない?」
「道長さまのご指示であれば、全員が戦力です」
「いやいやいや、お年寄りや女性、それに子供は外しなさい!」
「……では老人衆と子供衆を除く30人といったところでしょうか。道長さまからのご指示であれば村の人間全員を戦いの場に出し命を散らしても問題ございませんけれど」
「そんな重い戦力なんかいらんわ……」
「本来であればこのまま緩やかな死が訪れるはずでしたから。それを救って下さった道長さまがお困りであれば、全員が喜んで命を捧げますわ」
「それで全滅しちゃあ不味いだろ」
移住前に村が滅んじゃう。
「邪竜でも出ましたか? それとも新たな神敵でございますか?」
「あ、アンデッドの巣窟にちょっとね……城だよ」
「城攻めですか! じい様方から聞いたことありますよ!」
その言葉に他の赤角族の若者たちからも声が上がる。
「城攻めだと?」
「我らにも声がかかるのか?」
どこかしら色めきだっている。
「ふうむ、我も力を貸すか?」
「人の縄張りで暴れてもいいのかよ? 人じゃねえか」
「むう」
そもそもハクオウが本気で暴れたら城が完全に崩れそうだ。
ただでさえ黒竜王に襲われてボロボロなうえに100年以上そのまま放置されているんだから。
「オレが故郷に戻るためのヒントがその城にあるかもしれないんだ。だが城はアンデッドの巣窟。通常のアンデッド、動く人骨だな。それと魔法を使うアンデッドやアンデッドの馬に乗った騎士みたいなのもいるらしい」
この島にいる以上、アンデッドなんかの知識なんてないだろう。
人族が死なないと人族のアンデッドは発生しないし。
「アンデッドですか……グールベアやデッドウルフなら見た事ありますが」
「どうにも基本は骨の魔物と幽体の魔物らしいな。腐肉タイプのアンデッドはほとんど見かけないらしい。まあ城の中に行けばいるかもだが」
廃墟だろうけど。
「ですと、叩き潰す系の武器の方がいいですね。いつ頃出陣ですか?」
「えっと、準備出来次第。移住の準備に大きく支障が出ない程度の人数でいいからな?」
エルフの里でも誰が行くかで揉め始めているらしいので、それが決着つき次第というのもある。
オレの言葉に満足気に頷くジェニファー。
「わかりました。こちらの準備はすぐ終わりますので、前日までにお声かけをお願いします」
「準備早いな……」
「言っておいていただければ、狩人たちも森に入らせないで前日から休ませますから」
なるほど。狩人と呼ぶが、魔物を相手する戦士だ。
それもここのところ毎日森に入って干し肉にできる魔物を狩りにいっている。
戦いの練度は高そうだ。
「このような島にいる以上、どうしても身内同士での模擬戦が中心になってしまっていますから。血が滾りますね」
楽しそうに笑うジェニファーさん。
オーガ……赤角族としては細身で人と変わらない姿の彼女が肩を回す様に少し違和感を感じて苦笑いをする。




