戦支度と錬金術師①
「赤角族の連中の移住に関しては、双方の準備がもっと必要だ。準備に関してはユーナに任せてしまうことにする」
「適当だねー。まあユーナならいいのかな?」
装甲車を作っていた時は優秀な助手であったユーナだが、その作業が終わると手持ち無沙汰になっていた。
溜まりに溜まっていたまま放置していた魔物の死体なんかの解体を任せてたり、それらの素材を使って調理の準備やら中和剤の作成やら大量に消費した研磨剤の作成を主に行っていた。
中和剤はある程度の量が回復したので今のところ問題ないし、魔物の解体も今まで放置していたから別に直近の問題ではない。
赤角族の島で保存食や消耗品の準備なんかの手伝いをさせつつ、文字の読めない赤角族達に勉強させる事になった。
必須業務でいえばオレ達のご飯を作るのがユーナの仕事だが、ユーナが来る前はセーナの仕事だったからセーナでも問題ない。
「じゃあうちらからの報告だね」
「ええ、いくつか新しい情報を入手する事が出来ましたわ」
ミリアがそう言って手に持った紙に視線を落とす。
「旧ハイランド城には、アンデッドが駐留しているようですわ。一番多いのがスケルトンみたいですけど、ビーストボーンやスケイルドラゴン。それにリッチ……エルダーリッチクラスの物もいるみたいですわね」
「統率者がいるのも厄介です。姫様との調査の折、そのようなお話も多く出ました」
「ああ、オレもそう聞いたな。騎士団がいるって」
オレの言葉にミリアも頷く。
「低位のアンデッドは城から離れる時があるみたいだけど、中位以上は基本的に城や城下町から離れる事はないらしいですわ。生き物が近づけばアンデッド兵が城下町から出て来るらしいですけど、一定数の人数にならない限り大量にアンデッドが湧くって訳じゃないみたいですわ」
「何度か獣族はあの城と城下町に攻め入った事があるらしい。先ほど姫様の述べたアンデッドは、その時の情報のようだ」
ある程度侵攻されると、中位アンデッドが出て来るって事か?
「そうなると、中位から上位のアンデッドとの衝突は避けれなそうだな」
「まあエイちゃんがいれば一網打尽じゃない?」
軽い口調で栞がエイミーに笑顔を向ける。
「そう簡単にはいかないよ。中位や一部の上位になら足止め出来るけど、その分威力が落ちるもん」
エイミーが不満の声を出す。
「特にエルダーリッチやスポーンマザーみたいな魔法防御が高いアンデッドには個別に幻をかけないと効かない事もあったし。広範囲に渡って幻術を見せてる間は個別にかけられないんだよね、幻術って重ね掛け出来ないんだもん」
「難しいですわね」
旧ハイランド城の地下には、異世界召喚が行われた場所がある。
つまり異世界から人間を呼び出した魔法陣が存在するという事だ。それを解析できれば、異世界とこちらの世界を繋ぐヒントを得られる可能性が非常に高い。
オレ達が日本に帰るには、調べなければならない重要な場所だ。
「それにアンデッドの騎士団も厄介らしいよ。なんでも魔法を弾く鎧を装備しているとか」
「魔法を完全に弾くのは不可能だ。単純に威力の弱い魔法を弾ける程度だろうな」
以前挑戦したことがあったもの。
稲荷火が海東に勝てないからって、魔法を反射する盾を作ってって言って興味本位で試したことがある。
海東の魔法の威力が馬鹿過ぎて反射は出来なかったが、弾いたり逸らしたりは出来るようになっていた。
でも3回程逸らす事に成功したが、4回目で壊れた。
同じように魔法が効かない鎧も作ろうと頑張ってみた。作れるには作れたが、自分の魔法も撃ち消しちゃうから肉体強化も出来なくなってしまった。
しかも全身鎧の為、滅茶苦茶重い。
大柄とは言えない稲荷火に合わせて作ったから誰も装備出来ない邪魔な代物の出来上がりだ。
今頃ダランベール王国の宝物庫で鈍く光っているだろう。
「ハイランドで使っていた鎧なんかをそのまま装備しているのかな」
「まあ国の中枢だもんね、それなりに良い物が残っていてもおかしくなさそう」
「ですわね。ダランベールでも魔法防御を高めるの効果のある鎧を採用させておりましたし」
ミリアの姫様時代に周りを固めていた親衛隊達の鎧や盾には、そういう基礎的な防御力をあげるうえに比較的軽いミスリルを使った鎧を採用していたな。
「でも、なんで『都』には攻め込んで来ないんだろうね? 普通アンデッドって生き物に見境なく襲い掛かってくるのに」
城跡と都の間は500m程度しか離れていない。遮蔽物もないから普通に見える位置にある。
「大聖堂のおかげらしい。それと統率者がいるんだろうな」
「むしろ親玉がいれば嬉々として襲い掛かってきそうっすけど……」
ジェシカの意見は正しい。
「あそこの王様がアンデッドになっているのかも」
「はい?」
「冥界にいたときアンデッドと大量に戦ってるけど、目的を明確に持っていたアンデッドっていうのは高位のアンデッドには当たり前だったから」
「そうなの!?」
なんでお前が驚く、栞よ。
「うん、ほとんどがディープ様の眷属への反逆が目的だったけど。中には騎士団みたいなのを作って訓練をしているだけのデュラハン達とか、魔法の研究をしていて討伐に来た賢者様と意気投合するリッチとか、農村を作って畑仕事をするスケルトンとかもいたから」
「生前の記憶があるのかもしれないですわね」
「個人の記憶はどのアンデッドも曖昧らしい、よ? でも習慣というか、そういうのに囚われるアンデッドもいた、かな?」
ちなみに賢者と意気投合したリッチは、研究性の違いで喧嘩になって賢者様に滅ぼされたらしい。音楽性の違いみたいだ。
「だからあそこを統率しているアンデッドには、まだ王様がいて城下町とお城を守ってるって言われても、そんなに不思議はないかも」
「流石に詳しいですわね」
「えへへ」
「流石聖女とか呼ばれる訳だ」
「み、道長くん!」
「ごめんなさい」
あぶないあぶない。
「じゃあアンデッドを駆逐しながら城を攻略するって事か? 城攻めだな」
「親衛隊達の訓練に良さそうですわね」
「ええ。このような案件はそれこそ公爵クラスの領地で領主が反乱でも起きない限り起こりえないですから」
現地組みがワクワクしている。
「でもあたしらだけでいけるかな? 下級アンデッドだけならいくらでも相手出来るけど」
「うん、中級以上のアンデッドがどのくらいいるかによって変わると思う。冥界のお姉様方にご助力して貰いたいね……」
「カナカナが欲しいなぁ」
「白部か、確かに。小太郎でもいいけど」
アンデッドの専門家が不足ぎみぃ!
「相手が一国の城の防衛機構って仮定するとなると、オレ達だけじゃ手が足りなくなるかもしれないな」
「装甲車で突っ込む!」
「降りた瞬間タコ殴りに合いそうだな」
「城に行くだけなら使えるかもだが」
やいのやいのと大騒ぎで作戦会議を行っていく。
……結局人数の多い前衛陣の意見に飲まれて力押しに決定するのであった。
「ん、行く」
「おう、まだ無理をさせたくないけど。正直戦力が足りないんだ」
昨日の話し合いで決定した事の一つ、それはイドの戦線復帰だ。
オレ達のメンバーの中でも最も汎用性に優れている。それでいて剣での近接、弓での遠距離、魔法による補助や攻撃といったすべての能力が高い水準で収まっているイドも戦力にカウントする事にした。
「そもそもライトが心配しすぎ。ドワーフなんか子供を産みながら酒を飲む」
「あり得ない話じゃないから怖いな……」
「出産の時不安だったから、気持ちはわかる」
「赤ちゃんに悪影響がありそうですけど!?」
エルフの里に向かい、イアンナの顔を眺めつつイドに話を持ってきた。
イドは当然のようにその話に頷いた。
「でも、体鈍ってる。勘も」
「そりゃあそうだろ」
勿論軽い運動はリアナの監視の元行われていたが、実戦までは許可されていない。
「取り合えず、里の若いのを稽古つける」
「そりゃあ……いいのか?」
「ん、出稼ぎ組の力を見せる良い機会。ついでに後継も指名する」
「なるほど」
出稼ぎに何人出てるか知らないが、イドが動けなくなった分この里の外貨収入は確実に減っているはずだ。
それを補填させるには新たな出稼ぎ人員が必要である。
「決行はいつ?」
「ゴースト系の魔物相手の武器を作らないといけないからな。それらの準備が出来次第かな」
「レドリックとジェシカの分?」
「そういう事。それとセーナの矢もだな」
実体を持たない魔物である【ゴースト】や【レイス】などを攻撃するには普通の武器では対応できない。
レドリックの槍とジェシカのハルバードは魔法の武器だが、魔力を込めないとそれらにダメージを与える事ができない。毎回魔力を込めるとなるとレドリックはともかく、ジェシカの潜在能力を考えると長期戦になるともたない。魔力を込めなくても攻撃を与えられる素材を使い、属性も付与させないといけないのだ。
「わたしの剣は?」
「あれなら普通に斬って大丈夫。ゴーストだろうがドラゴンだろうが関係ない。オレの技術の集大成みたいなもんだからな」
栞の短剣や脚甲も実体のない魔物にも有効だ。
「ん、ならいい」
どことなく嬉しそうにイドが答える。
「それなら、ウチの人たちも連れていけばいいじゃない」
「え? お義母さん?」
イアンナの相手をしていたエインシャルさんが軽い口調で言う。
「城攻めならそれ相応の人数が必要なはずでしょ? いいじゃない、ウチの人と里の燻ってる連中を2,30人連れていきなさいな」
「いや、でもオレの事情だし」
「だめよ、そういう考えは。あなた達はもう私の家族なの。私の家族はこの里の氏族なんだから。大きい戦いはみんなで共有しないと拗ねるわ」
「えー……」
「確かに、イアンナを預ける以上は貸しを作っておくべき」
「この場合は、借りじゃないのかな?」
エルフの考え方が良く分からない。
「それに転移ドアを人に知られるのも」
「村の衆は皆知っているわよ? あんだけ出入りしてるんだもの」
「ん、聞かれたら答えるし」
「秘密にしてなかったっけ!?」
「別に口止めはされていない気が」
そうだったっけ!?
「大丈夫よ、ちょっと強い敵と戦ったら酒でも飲ませれば満足して帰ってくるもの」
「そういう事じゃないんだけど……」
正直戦力はありがたいけど。
「ん、他にも戦力ならアテがある」
「え? そうなん?」
「オーガ達」
「あいつら引っ越し準備で大忙しだぞ。あと赤角族な」
今のうちに慣れさせないといけない。
「彼らはライトに恩を感じている。返させてあげないと」
「それって、必要な事か?」
「ん」
イドがしっかりと頷く。
そしてイアンナをお義母さんから奪って、抱き上げる。
「彼らにこの子を見せにいった」
「ああ、祝福してくれたな」
「その時、相談を受けた。ライトに報いるにはどうすればいいか」
「お、おう」
いつの間に。
「わたしは、美味しい物を作れといった。でも彼らが移住するなら、田畑は作り直し。更に移住費用もライトの持ち出し」
「報酬はハクオウから貰ってるんだけどな」
鱗とか爪と角の削り粉とか。
「あくまでもハクオウ様からのは、オーガ達の持ち出しじゃない」
「そうだけどなぁ」
「彼らの為にも、声を掛けるべき」
でも、オレのわがままに命をかけさせるのは、違う気がする。




