赤鬼族と錬金術師⑨
「ふうむ、つまりロドリゲス様の氏族を移住させたいと」
既に様付けになってるでござる。
「ああ。だが都に住まわせるのは無理だと思っている。どこかで適当な土地を開拓させるから、その土地の紹介をして欲しい。交易や交流をたまにしてくれると助かるが」
島の中の作物は共有財産で、中古品の下げ渡し程度しか物の移動が無い連中だ。
物々交換も相手がオレしかいなかったから、お金の使い方を知る者もいない。こんな状況では都での集団生活に溶け込む事は不可能だ。
「こちらとしても、赤角族の数が増えるのは歓迎だが……その氏族達に我らの土地を明け渡し、我らが出ていく、という訳ではないのだな?」
なんですかその野蛮な考えは。
「そんなことしなくていい。彼らには彼らで作物を育て、森で狩りをし、生活していく力は十分にある。住む家もこちらで準備させるから。でも田畑はすぐには結果をもたらさないだろうから、最初は食糧などの支援が必要だろうが……」
「我の管理する村の一つに移住させる事も可能だが……」
「いきなり80人近い同族が増えても問題無いか?」
「むろんだ、と言いたいが……難しいな。そこだけで生活が出来ないからこそ、私達が虎狼軍に出向しているのだから」
都は獣族などの様々な種族を迎え入れているが、主だった種族は獅子のバステト族と狼のアセナ族、そして太陽神教の神職である人間が中心の街だ。
街の運営は獣族主導で、神職の者達は大聖堂とその周りから動かないらしいが。
赤角族も族長がこちらにいるとはいえ、勢力的にはそこまで多くないらしい。種族としての中心部は彼が管理している別の村なのだろう。
「だがロドリゲス様は既に族長の地位にあると言っていい。彼の命令であれば、私の責任ですべてを受け入れよう。問題など解決して見せよう」
「滅茶苦茶不安な事をありがとよ」
こちらとしても、流石にすぐに移動という訳にはいかない。
移動先で現在彼らが育てている作物が育てられるか不明だし、移動する前に保存食や薬、薪などの消耗品の問題を解決しないといけないし。
「いつ頃来られるのだ? 明日か?」
「無理無理! なんだ明日って」
「ロ、ロドリゲス様の同郷の者達は、強いのだろう? ならばすぐに会いたいではないか」
「こっちにも準備ってものがあるんだよ。だからこうして先んじてあんたに話をしに来たんだ。ロドリゲスとあんたの喧嘩は予定外の事態だ」
フェイローノネに抱き着かれている状況のロドリゲスも予定外だ。あいつ、酒飲んで誤魔化してるが、フェイの胸元と腰に視線が完全にロックオンしてやがる。
いい身分だな!
「我が娘もまんざらじゃなさそうだ」
「そうっすね」
「ふ、良いではないか。子が増える事程めでたいことはない」
「ハクオウ、飲みすぎるなよ」
お前お酒そんな強くないんだから。真っ白な尻尾と角出てきてるぞ。
「で、だ。受け入れてくれるって考えでいいんだな?」
「ロドリゲス様のお望みであれば、我が一族一同に否はない」
「……まあ、いいや。じゃあ土地の選定を任せても?」
「今まで貨幣を扱った事がないのならば、新たに土地を獲得させるよりも我が村に合流させるのがよかろう」
「それ、平気か?」
「不安がないとはいえないが、貨幣の価値も分からずに搾り取られる心配は無くなると思うぞ」
ああ、そういう心配もあったか。
「我らの村の近くは魔物も多く出るし、城に近いからアンデッドも来る。だがロドリゲス様ほどのお力が持つのであれば、むしろ歓迎したいくらいだ。こちらとしても打算はある」
「アンデッド? 城って……」
旧ハイランド城の事か?
「魔導士殿はこの辺の出ではないのか。まあそうか、私の知らぬ同族と共にいるのならば」
「ああ」
「夜になるとアンデッドが活性化し、城側から多くのアンデッドが発生するのだ。日中も出るがな。ここは太陽神様のご加護で守られておるが、城や城下町は黒竜王様により死地と化しておる。その場の怨念がアンデッドを呼び、数を増やしておるでな」
「ふうむ。冥界の扉でも開いたか?」
いや、開きっぱなしというのはないか。いくらなんでも冥界の歴々の人たちがいつまでも放置するとは思えない。
「理由はわからぬが、未だにあの近辺はすべてアンデッドの巣窟である。何度か派兵したが、数が多い上に妙に強い。都には大聖堂があるから来ぬが、増えたアンデッドが周りへ散り不浄をまき散らす」
「それを、100年以上放置しているのか? この都の戦力なら勝てそうだが」
オレに疑問に族長が眉を顰める。
「単純なアンデッドであればむろん勝てる。だが、中に強力な個体がいるらしく城内に入り戻って来た者は多くない」
「あ、いない訳じゃないんだ」
「獣族の中には隠密能力に優れている者も多いからな。だが簡単な事ではない。生前指揮官だった者がアンデッドになったのか、精強なアンデッド騎士団を率いておる。戦略的にも守るのが強固な城、ハイランド時代の結界が残っているからか火攻めも効かず、アンデッド故に兵糧攻めも効かん。こちらが軍を出せば向こうも軍を出し、削り合いになる」
「ライオネルみたいな極端な戦力がいるだろ? それでもダメか?」
「向こうにもおるのだ。何度か倒されておるが、気が付けば復活しておるらしい」
なるほど。個の強さがカギを握るのがこの世界での戦いだが、相手にもいるとなれば迂闊には攻められない。
「まあそういう訳で、城に集まる瘴気がアンデッドを生む。そして一部のアンデッドは城の制御を離れて外へ向かうのだ。まあアンデッドがおらずとも、この辺りには大型の魔物が多い。故に城や比較的城に近いこの近辺には種族として強い者しか居を構える事が出来ん。我ら赤角族やバステト族などだな」
「なるほど」
確かに種族全体である程度の戦力が整えられないと厳しそうだ。
だからケットシー族は都から離れた場所に村を持っていたのかな。
「だがそれ故に土地は余っておる。ロドリゲス様の氏族が話に聞く通り強いのであればこちらとしても開拓のチャンスになる。現状は守りに付ける人数が限られている以上畑も増やせぬでな」
なるほど。族長的にも人数が増えるのは願ったりなのか。
「我らが金銭やこちらの常識の指導、作物の供給を。そちらが防衛としての戦力を出してもらい、いずれ村を併合し、互いの役割が混ざり合うようになれば……」
「悪くない話だな」
「ああ、だがこちらの村もそこまで裕福ではない。先立つものがある程度必要だな」
「そこは我に任せて貰おう。鱗の一枚も売ればよいか?」
「まてまて、お前は価値がわかってないよな? 適正価格を考えると誰も買い取り出来ないぞ」
いったいいくつの金貨が必要か分からん。
貴族や上位の商人が扱う用の上金貨が何枚必要になるんだ。
「むう、ならばミチナガ、買ってくれ」
「いいけど、金だけの問題じゃないぞ」
「そうなのか?」
「金があっても買いたい品物が手に入らなくなる可能性がある。具体的に言うと食料や薪だな。これらを大量に購入するには予め言っておかないと……」
「やつらの村には相応の食糧があろう」
「いずれ腐るぞ」
「く、腐るか」
「ああ、腐ったら食えなくなる」
「難しいな」
「良くはわからないが、金の用意にあてがあってもな。私達では返せないぞ。今でも余裕はないのだから」
「ふん、金などいらん。くれてやるわ」
「雑だなぁ」
でも小太郎が言ってたが施しは良くない。
「それで赤角族達は、お前の庇護下から離れたと言えるのか?」
「む?」
「独立させるなら、連中の力で独立させるべき。とオレは思ってる」
移動や魔法の袋による物品の搬送は手伝うが、金を湯水のように使うのは違うと思う。
「我の元から離れるのだ。餞別くらい良かろう」
「それならなんかメシでもくれてやれよ」
「狩りをすればよいのだな!」
「立ち上がるな! 今度だ今度! さっきも言ったがいきなり連れて来れる訳じゃないんだぞ」
「早く言わぬか」
「え? オレが悪いの?」
みんな性急過ぎない?
「ふうむ、私は色々と手配に走った方が良さそうだな。ロドリゲス様!」
「な、なんだべか?」
「このまま貴方様には娘を補佐に付けます。私は明日にでも村に戻り住人に知らせ受け入れ態勢を作ります。何が足りていて、何が足りないか。準備が必要であればどのくらいの期間がいるのか、調べねばなりません。それと娘を貰ってもらえれば……」
おおう、族長有能風だ。
「え、えっど?」
「それまで族長として、都の赤角族達をお願いいたします」
「は?」
「うおおおお! 新しい族長に乾杯!」
「強い族長に乾杯!」
「フェイ様! 結婚おめでとう!」
「「「 族長! 族長! 族長! 族長! 」」」
コールが起こり、ロドリゲスの持つ木のジョッキに酒が注がれる。
困った表情をしているが、酒が思ったよりもいい物だと気づき頬が垂れている。
わかりやすいな。
コールのままに一気にそのジョッキをあおるとすぐ飲み切る。満足できなかったのか、その勢いのままジョッキにも注がず瓶のまま酒をかっくらう。
「「「 わあああああああああ! 」」」
良し、ロドリゲスもいい感じにおだてられてて気持ちよさそうだ。
「ふ、流石は我が庇護下の者だ」
「まあ、あいつがいるのは確かにお前のおかげではあるかな」
「であろう?」
褒めたたえられるロドリゲスを見て、どこか誇らしげなハクオウ。
族長ロドリゲス様爆誕の瞬間だった。




