赤鬼族と錬金術師⑧
ギンッ!
「ぬ」
振り下ろした剣が同じく銀色の光を放つ剣によって弾かれる。
赤角族の男は、滑り込むようにして一気に距離を詰めたロドリゲスに訝し気な視線を向ける。
「見ない顔だな」
「オデ、ロドリゲスだ。おんめえ、女に何してるだが?」
「貴様には関係ない事だ」
力を込めて振り下ろした剣を、同じく剣でロドリゲスが片手で受け止めている。
圧倒的な体格差がある中で、それを片手で行ったロドリゲスを男が睨みつけた。
「これは族長としてのケジメだ。脆弱な人間に大勢の前で敗北した者など娘ではない」
その赤角族の男はフェイノローネの父親らしい。族長とも名乗っている。
「この娘さが相手をしたんは、あっこの道長様だべ? あの方に単独で挑むなんて、勇気ある行為だ。賞賛すべぎだ」
互いに剣を弾き、族長は半歩離れる。
ロドリゲスは剣の構えを解かずに、傷付いたフェイノローネへ声を掛ける。
「生ぎでんな?」
「な、なんだあんたは……」
「オデは、ロドリゲスだべ。道長様のポーションだ。動けるば離れて飲んでぐれ」
よろよろと立ち上がるフェイノローネは、そのポーションを受け取らずに剣をロドリゲスに振る。
怪我をしているフェイノローネの体では、大して鋭い力にもならず、ロドリゲスの堅い皮膚に受け止められて薄皮を切りつけたのみだった。
それでもロドリゲスは身じろぎ一つせずに族長に視線を向けたままだ。
「随分怖い目にあっだんだな。大丈夫、任せるべ」
フェイノローネはその言葉に目を見開くと、悔しそうな表情をしつつポーションを受け取る。
「なんかいきなり突っ込んでいったけど……いいのか?」
「面白いではないか」
オレの言葉にハクオウが嬉しそうに返事をしてくる。
「たどえ身内とはいえ、おなごに剣を向けるなんてオデは許さんべな」
「家の問題だ」
「むしろ身内だがらこそ、守るべぎだべ。おなごを守るんは男の仕事だべ」
「知らんと言っている!」
赤角族の族長がその巨体に似合った強大な剣を大きく振り下ろす!
ロドリゲスはそれを半歩引いて回避すると、族長の剣が大地に突き刺さった。
その剣に視線を向ける。
そして自分の手に持った剣を鞘に納めて、オレの方に投げる。
「おっと」
「すんません、持っててください」
ロドリゲスは無手になり、族長に視線を向ける。
「馬鹿にしてるのか?」
「オデの武器は道長様に鍛えられた業物だべ。お前さんの訓練用の武器と打ち合うにはあぶないべ」
「なんだと? 訓練用と言うか?」
ロドリゲスの言葉に族長は剣を地面へと軽い力で突き刺す。
うん。族長のは一般的な武器だと思うよ。
「ここまで馬鹿にされるのも久しぶりだ……よかろう。こちらも拳で相手をしよう」
「おなごをイジメる玉無しの拳なんぞ、オデには効かないべ」
「ほざいたな! 小僧が!」
族長が拳を握りしめて、ロドリゲスにその拳を振りかざす。
その巨体に似合った、重さと鋭さを兼ね備えた強力な一撃だ!
しかしロドリゲスは、その拳を右手のてのひらで受ける。
そして眉毛を軽く上げた。
「やっぱ、女子をイジメる拳だべ。ウチの子供らのが腰の入ったパンチをするべ」
「は?」
「男の拳ってのは、こうやって握り、こうやって振りぬくんだべ」
リーチで負けるロドリゲスは、半歩前に足を伸ばすと共に右拳を腰の辺りまで落とした。
と思った瞬間、族長の体は大きく後方へと吹き飛ばされていた。
【バトルマスター】の明穂に教えられた、いわゆる正拳突きであった。
「うわぁ」
「ほう、見事なものだ」
ロドリゲスが放った一撃で、族長は大きく吹き飛ばされて訓練所の横の建物に激突。
そしてその建物を大きく揺らした。
「あれ?」
「お前が疑問を持つのかよ」
「だっで、道長様。あんなでがい男があんなふっどぶなんて」
「死んでないといいな。あれ、この街に住む赤角族達の族長らしいぞ」
「あの弱さでが!?」
「あの弱さでだ。てか……ロドリゲス、思ってたよりだいぶ強いんだなぁ」
「うむ。見事な拳であった」
「ち、父上!」
吹き飛ばされた族長に駆け寄るフェイノローネ。
「父上! 父上!」
意識がないみたいでスーパーあぶねえ! 診断せねば。
「ああ、すっげえな。胸が拳の形で陥没してやがる」
「鍛え方が悪いだな。オデの攻撃が決まっでも、若い連中なら笑って立ち上がるべ」
鍛え方の問題かは知らんが、オレは白目を向いてる族長の口元に手を当てる。
よし、死んでないな。
「取り合えずハイポくらい必要だな」
とは言っても、気絶した状態では飲ませるのも難しい。
壁に激突して、地面に倒れている族長を仰向けに……重いからロドリゲスに仰向けにさせる。
そのままの姿勢ではどうしようもないので、頭を持って……フェイノローネに頭を上げさせて、気付け薬を嗅がせる。
「ぐっ!」
「起きたな」
「いっだい……ぐうっ」
「このままじゃ死ぬ。とりあえずこいつを飲め。ポーションだ」
フェイノローネにハイポを渡してゆっくりと飲ませる。
そのハイポの効果により、胸の陥没部分はゆっくりと押しあがる。ちなみにこの時、患部は驚きの痛みが走るのだ。
激痛のはずだが、痛々しい表情をしているだけで我慢出来ている。
「魔導士殿、助かりました」
オレの事かな?
「いや、オレのツレがすまんな」
「すまない、おなごがイヂメられているのを見で、黙ってられなかったべ」
「さ、さっきからおなごおなごと、し、失礼だぞ!」
「おお、すまんべな」
大して悪びれもなく謝るもんじゃないぞ、ロドリゲスよ。
「私がこうも簡単に足を付けられるか……」
「体ばがり鍛えるのは意味ないべ、体の一つ一つに役割があるべ。それを意識せずに鍛えるとおんめみてーなただの肉だるまになるべな。オデの里だば、そんな非効率な鍛え方をしたら死ぬべ」
これは昔、明穂が赤角族達に伝えた訓練方法だ。
女神様からの加護による力を考えても、彼女の力は強く、それでいてスレンダーだった。
何か秘密があるのではと、彼女の訓練を見ていた赤角族の面々は、彼女に訓練を乞うことに。
空手の有段者でもあった明穂は、己の技を教える前に赤角族のトレーニング方法と食事の面を指摘し、改善。
そして個別にそれぞれに合った技を伝えた。
ロドリゲスの場合は正拳突きだったようだ。
「しかし、見ない顔だ。お前のような強い勇者が赤角族にいたとは……」
「赤角? オデはオーガ族だ」
「オーガ? それは魔物ではないか」
「んだな」
「ああ、オレ達が初めて聞いた時にはオーガ族って名乗ってたな。エルフのイドも言っていたが、お前達は本来は赤角族って名乗ってるらしいぞ」
「そうだったが!?」
「そうなんだよ」
「あたしからすれば、知恵のない獣って言われるのと同意義の侮辱だよ」
まあそういう考えがあってもおかしくないわな。
「……ロドリゲス、と言ったな」
「んだな。族長様とは知らず、無礼をしたべ」
「いい。私は負けたからな……族長を望むか? それともフェイか?」
「んが?」
「同じ赤角族で、今見せられた程の漢気を持つ。私が負けた以上、差し出せるものはすべて差し出そう」
「意味分からんな」
「まあまあ」
オレも分かんないけど。いっそロドリゲスを族長の座に乗せてしまえば、島の赤角族達をこちらに連れてくるのもスムーズになるってもんだ。
「族長にはならんべな。オデの親父のがオデより強い」
あ、村長ね。あの人もう結構なお爺さんなのにロドリゲスより強いのか。
「嫁は……子が望めるなら欲しいが、妻に話を通さんともらえんべ」
ジェニファー怖いらしいからね。
「我が娘を第二夫人とするか……いや、ここまでの漢気。妻の1人や2人既にいて当然か」
「一人だべ。んだども、そっちの娘よりオデのジェニファーのが強いでな」
「あ、あたいがあんたに相応しくないってのか!? こんな、こんな気持ちにさせられて! 父まで倒されて! ふざけるなよ! 貰えよ!」
「貰えよってすげえな」
「人の世はわからんな」
思わずハクオウに聞いちまったよ。
「そうは言われでも」
「じゃあ会わせろ! お前の妻の座! 力で奪い取る!」
「無理だと思うべな、むすめさんじゃ」
「あ、あたいはフェイノローネだ! ふぇ、フェイって呼べ! ロ、ロドリゲス!」
「ああ、すまん」
まあここでこれ以上話を進めるのもあれか。
「どこか落ち着いて話せるところはないか? 赤角族の族長のあんたに頼みたい……相談したい事があるんだ」
ロドリゲスが力を見せつけてしまった以上、頼みが命令になりかねないので言葉を選ぶ。
「む、そうだな。これほどの勇者の登場、宴が必要か。準備させよう」
「宴は昼間からやるもんじゃねえぞ」
「何事にも例外がある。お前達、既に負けた身ではあるが、今少しだけ頼まれてくれるか?」
「「「 うっす! 」」」
近くに控えていた赤角族の若者が頭を下げている。
「これより族長継承を行う」
「なんでだべな!」
「私を一撃で倒した男が何を言う」
「なっとけ、な? ロドリゲス」
「お、親父に相談させて欲しいべ!」
「構わんぞ、我が許そう」
「ハ、ハグオウ様まで!」
いいからいいから、大人しくしていてくれロドリゲス。




