赤鬼族と錬金術師④
シェリーさんの開始の合図と共に、フェイノローネが地面を蹴って一気に間合いを詰めようと向かってきた。
「ヴェノムッ!」
『-----』
「むをっ!」
オレの体にまとわりついた影食い蛇は強烈な風魔法を放って、フェイノローネの前進を妨害する。
それどころか、彼女を後方に押しとどめようとまでしていた。
「なめんな!」
彼女は地面を思いっきり踏み込み、赤黒い肌から赤いオーラを放ち始める。
あれは身体強化だ。栞やミリアだけではない、ジェシカなんかも使っている魔法だ。
ただ彼女の場合、体から魔力の光が漏れ出すほどの魔力を消費している。
漏れ出ているのは魔力が圧縮しきれていない証拠だ。
クラスメートの【バトルマスター】南明穂が身体強化を覚えた頃のことを思い出す。
「おおおおお!」
再び突進を開始。強烈な向かい風は変わらないが、それでも結構な勢いでこちらに迫ろうとしてくる。
「岩弾」
ヴェノムの風をそのままに、杖の底で地面を叩いて魔法を発動する。
「けっ!」
オレが地面から飛ばした、それぞれ1メートル近い岩の弾丸を彼女はその拳を握りしめて破壊していく。
「明ちゃんを思い出すねー」
「アキホの方が拳は鋭いわ」
明穂を知る二人の言葉に、セリアさんとレドリックも頷いている。
「重力場」
彼女が砕いた、オレの魔力の籠った岩の破片で更なる魔法を発動させる。
「むおっ! おもっ!」
彼女の周りに飛び散った破片の範囲に強力な重力場を生成。彼女が感じる重力は普段の2倍近くになっているはずだ。
それでも立ったままでいられるのか。すごいな。
「だけどっ! その分っ」
彼女自身が重くなったことで、風に飛ばされにくくなる。
そして足に力を入れて、一気に飛び掛かろうと力が入る。
「むおああああああああ!?」
力いっぱい込めた足で、思いっきり飛び上がろうとした瞬間に、オレは彼女の重力を今までの真逆にシフト。今度は重力を半減させた。
そんな状態で力を込めて飛び上がったものだから、身体強化の効果も相まって彼女の目測を大きく上回るほど飛び上がってしまう。
更にヴェノムの生み出した強風は未だに生きている。軽くなった彼女はその風にあおられて大きく体勢を崩し、オレから離れていってしまう。
「フェイッ!」
「おいっ!」
「分かってるって」
ここまで高い位置から叩き落されても、本来の彼女ならば問題ないだろう。なんといっても彼女は赤角族だ。体の作りが人間とは根本から違う。
しかし今は体制が崩れているので、頭から叩き落されてしまうことも考えられる。
オレは彼女の落下予定地点に大きな泥の沼を魔法で作り、彼女をキャッチ。
ドボン! と大きな水しぶきをあげて見事に頭から着水した。
「ぶっはっ!」
泥だらけになった彼女は、その水面から顔を出す。そこにいたのは杖を構えたオレである。
「さあ、どうする?」
「降参だよ! ああくそ!」
キレ気味に言われたので、オレは苦笑する。
泥だらけの彼女が出て来たので、水の魔法で泥を落とすか? と聞くと頷いたので思いっきり頭からぶっかけてあげる。
「ぶっはっ! スッキリしたっ! ってなんで後ろ向いてんだよ」
「すまん。水の勢いが強すぎた」
彼女の胸元を隠していた布がズレてしまっていた。ボインとポッチがこんにちはしてる。
「ああ? こんなん気にすんなよ」
「いいから隠してくれ」
オレの嫁さん達からの視線が怖いから。
「意外と初心なんだなぁ? ほれ、直したぞ」
そう言ったので、彼女に振り向いてタオルを渡す。
「サンキュ」
「はあ、やんなきゃ良かった」
「なんで勝ったおめえがんなツラしてんだよ」
「嫁さんが後で怖いんだよ」
「あ? 結婚してたのか」
「まあな」
サバサバと彼女がタオルで頭や体を拭きながら先に歩き、宴の会場まで戻る。
すでに賭けの清算が始まっており、ジェシカが悪い顔をしていた。
「さすがライト様っす! 大儲けっす!」
「やあ、煽った甲斐があったなぁ」
「ジェシカ、レドリック。後で説教な」
「いやー、負けた負けた。触る事も出来なかったわ。この浮いてるのも結局使って来なかったしな」
「これはお前が殴りかかって来た時に防ぐための盾だよ。硬いぞ」
「おお? マジか? マジだ」
ゴンゴン、と浮遊する絶対防御を片手で叩く。
「うしっ! あたいの負けだ、この強者に乾杯するぞ!」
「「「 うおおおおおお! 」」」
赤角族だけでなく、他の獣族達も雄たけびを上げてグラスを高々と掲げた。
「フェイに勝つとは驚きだ! 次は我とやろうぞ!」
「ネタの割れた魔導士に次はねーよ!」
ライオネルや他の虎や狼の獣族達にも戦いを挑まれるも断固拒否だ。
そのかわり、しこたま吞まされた。




