猫の里と錬金術師④
「お」
「いいじゃない」
「「 すごいニャン(ニャル)! 」」
レドリックと栞が感心したように声を上げる。
流石に片方の手足の半分を失った蠍が、地面に体を引きずるように動きを止める。
そうして動きの止まったところで、今度は後ろに周りこんで尾をすべて切り落とす。
「チャンスニャン!」
「援護するニャル!」
「あ、こら!」
トーガとヴォルフがそう言い、馬車から飛び降りて二足歩行で駆け出した。
「レドリック!」
「あいあい」
レドリックは猫達の突撃に合わせて、馬に乗って並走する形をとる。
「ニャン!」
「ニャル!」
トーガが背中に担いだ剣を抜き、その蠍の眉間に叩きつける。ヴォルフもハサミと足の2本を失った蠍の左頬にその短い拳を振るう。
「「 にゃうーーーーん 」」
うん。硬くて効かないよね。
大きな蠍の皮膚は、鉄の鎧のように硬そうに見える。
2人の体にジーンという震えを確認すると共に、レドリックが小さく笑う。苦笑いしたままレドリックは無事な右のハサミを槍で素早く切り落とし、その槍をすぐに手放して2人の猫を片手でまとめて担ぎ上げる。
「ニャン……」
「ニャル……」
「惜しかったな。まあ勝機ではあった」
「はああああああああっす!」
そんな三人を尻目に、馬からジェシカが飛び上がって蠍の上を取る。
ジェシカのハルバードは勢いよく蠍の頭を、下の大地ごとカチ割った。
「どうっすか!?」
「あ、うん。おつかれ」
「まあいいんじゃない?」
「あー、悪い。チビ達のフォローしてて最後見てなかったわ」
「何か軽くないっすか!?」
オレ達の言葉に不満をあらわにするジェシカ。
「頑張ったっす! 活躍したっす! 褒めて欲しいっす!」
「そうか。良し、いけチビども!」
「「 にゃーーー! 」」
活躍したジェシカに目を輝かせていたトーガ達を、レドリックが放つ。
「お姉ちゃんすごいニャン!」
「お姉ちゃん強いニャル!」
「そ、そうっすか? えへへ」
照れながら地面に縫い留められていたハルバードを持ち上げて肩に担ぐジェシカ。
そんなジェシカの周りをクルクルと周り、両手を上にあげながらニャンニャンニャルニャルと褒めたたえるトーガ達。
そんな騒ぎを聞きつけた白猫のピッコンもその騒ぎにニャムニャムと参加していく。
「さて、解体は……後でいいかな」
「その方がいいな。話では3本の尾のサソリもいるらしいし。まだ警戒を解くべきじゃないだろ」
オレはジェシカが倒した5本の尾を持つ蠍の魔物のハサミ、尾、足を手提げに回収。
そして、本体に近づいて完全に絶命してるかの確認をする。
「うん、死んでるな」
「そだね、この辺の確認をしてなかったジェシカは減点かな?」
「シオリ様厳しいっす!」
「蠍も昆虫系といえばいいか? この手の節の多い魔物は頭を潰しても動ける奴もいるからな」
ダンジョンなんかには体を切れば切るほど増える百足の魔物とか、切り落とした首が地面を跳ねて襲い掛かってくる蟻とかいるからね。
「むー」
「まあ良くやったよ。ご苦労様」
軽く頭を撫でてあげると、にへらと表情を崩すジェシカ。
そして栞からの視線に気づき逃げるように猫達と騒ぎだした。
「みっちーも減点」
「はい、すいません!」
嫁さん達やホムンクルス達とは違うんだった。気軽に触っちゃいかんわな。
「これ、食べれるのかしら」
「「「 マジか 」」」
戦闘中も静かに周りを警戒していたセリアさんの食欲に触れる物があったらしい。
セリアさん、蟹も好きだものね……。
無事に5本尾の蠍も倒せたので、3本尾の蠍を探しながらトーガ達の言うケットシー族の村へと向かう。
ニャンニャンニャルニャルと若干鬱陶しくなりつつも話を聞くと、200人近いケットシー族と、その近親種がいるらしい。
中にはイリーナのような獣人の見た目の人種もいるそうだ。
質問はあらかた終わったので、御者台を栞に譲る。
話があっちこっちに飛ぶから疲れたのだ。
栞も小柄なので、トーガ達3人と席を詰めて4人で座って合唱してる。
猫ふんじゃったとか教えていいのか?
「あ、村が見えたニャン!」
「鐘が鳴ってるニャム! 危険が迫ってるニャム!」
「敵ニャル! 敵がいるニャル!」
村の方からカンカンと鳴っている鐘は警鐘らしい、3本尾の蠍がでたのかもしれない。
レドリックが馬車の前に出て、セリアさんがオレをガードできる位置に移動してくれる。
ジェシカも馬車の後方に移動し周りを警戒。
「急ぐニャン!」
「走るニャム!」
「村は我らが守るニャル!」
息巻くトーガ達を栞がなだめつつ、周りを警戒しながらもやや速足で歩みを進める。
「にゃ! 獅子王騎士団ニャン!」
短い指でさししめすのは、村からゆっくりと歩を進めて来る人々。
「なるほど、獅子王か」
「ええ、まさしく『獅子』のようね」
オレのつぶやきにセリアさんが頷く。
20人くらいだろうか。武装した集団はライオンの集団だった。
革製の防具だろうか。胸当てや腰回りの防具は統一されている。武器はそれぞれ、中には無手の者もいる。
更に後方には、魔法使いだろうか。ヤギやネズミのような見た目のローブ姿の者がこちらを警戒している。
トーガ達と同じケットシー族だろう猫もいるな。
全員二足歩行だ。彼らも獣族と呼ばれる種族だろう。
「何者だ!」
「どこから来た!」
「トーガ達を離せ」
警鐘はオレ達相手に鳴ってたらしい。
レドリックが槍を構え、セリアさんが盾を手に獅子人間達を睨みつける。
馬車からミリアとエイミーも出て来た。
「うにゃ!」
「にゃうん!」
「にゃむん!」
何故かトーガ達も馬車を降りて武器を構え、獅子王騎士団の面々を睨みつける。
「や、お前達は向こうサイドだろ」
「はっ! そうだったニャン!」
「敵かと思ったニャム!」
「味方だったニャル!」
面倒臭い。
「ほれ、向こうに状況を話して来てくれ」
「ニャン?」
「5本尾の蠍、倒しただろ」
「そうだニャン! ニャン達の活躍をみんなに教えないとニャン!」
トーガの言葉に残りの2人も目を輝かせて、獅子王騎士団のいる方向へ走って……そのまま後方でこちらを見つめていた他の猫達のところに走り去ってしまった。
「あー、どうするか……とりあえず、オレ達はあんた達と戦う気はないんだが」
そう言って武器を構えた仲間達に武器を降ろさせる。
どこか呆けた顔になった獅子王騎士団の皆さんも毒気を抜かれたのか、代表者と思しき立派な鬣の体の大きな獅子人間が前に出て来る。
オレは馬を降りて、彼の前に出る。
「見ない顔だな」
「旅の者です。トーガ達とはたまたま知り合いまして、その縁でこの村まで案内をしてもらいました」
「人間が旅だと?」
オレの言葉に眉を潜める獅子の人。
「ライトロードです」
「獅子王騎士団、副団長。5代目ライオネルだ」
「よろしくお願いします」
まだこちらを警戒している様子だが、これは仕方ない事だろう。
「しかし人間だけで旅か。商人か?」
「商いも行いますが、本質は錬金術師です。魔法薬などなら取り扱っております」
一時期は鍛冶師でしたけど。
「薬か……ふうむ。ならば回復薬と解毒薬を持ち合わせているか? 怪我人も多いし、毒消しも足りておらん」
「例の尾が複数ある蠍ですね。あれに効く毒消し草は先ほどトーガ達が採取してたから、それを元に解毒薬に作り変えた方がいいかな。ああ、ポーションならあるから買ってくれますか?」
「ランクによるがな」
「そこは自信ありますよ。セーナ、リアナを呼んできてくれ」
「はい」
ガチの重傷者がいたら、ポーションやハイポーションではなくグランポーションが必要になるかもしれない。
売りつけるとなると相当な金額だ。
リアナの治癒魔法を使って延命させた上で、購入するかの検討を促した方がいいだろう。
「トーガ! トーガ!」
「ニャン!? 呼んだかニャン?」
「ああ、採取してた毒消し草をくれ。1枚1枚すりつぶしてたら効率が悪いだろ。複数の葉を使って飲み薬に作り変える」
「そんにゃことできるニャン?」
「出来るぞ。毒で苦しんでる仲間がいるんだろ? 手早く作ってくる」
「じゃあ頼むニャン」
ニャン、と革袋から毒消し草を取り出してオレに渡してくれる。
「マスター、怪我人の治療との事ですが」
「ああ、そちらのライオネルさんに案内してもらって治癒魔法が必要な奴がいたら助けてやってくれ、毒はこっちで対応する。イリーナ、レドリック。リアナの護衛を頼む」
「ああ」
「わかりました!」
オレは馬車に一度入り、ジェシカとセリアさんにテントの骨組みを渡す。
二人が手早くそれを組み立てくれる中、栞とエイミー、ミリアと布を広げて準備。
トーガ達には既に見られたが、妖精の工房をこの人数に見られるのは避けたい。
骨組みが終わったら布を骨組みにかぶせて、布についた紐で骨組みや地面に固定をしてもらう。
軍用に用いられるような、かなり大きなテントである。
「これより解毒薬の調合に入ります。ご覧になりますか?」
ライオネルと名乗ったリーダーが離れてしまっているので、それ以外のこちらを監視している獅子王騎士団の一人に声をかける。
「よろしいのですか?」
「何が入ってるかわからない薬を病人に処方したくないでしょう?」
「……」
「わたしが同行します」
驚いた表情を見せる獅子の男の一人が何かを言う前に、近くにいた女性の獅子が立候補してくれる。
「了解、テントに」
「ええ」
ジェシカがテントを開いてくれた。そのまま出入り口を固定する。
「ライト様と女性を密室で二人っきりにするのは良くないっす。見えるようにしておくっす」
「お気遣いどーも。お前が普段オレをどう見てるか改めて話し合いたくなったよ」
そこで手提げから机を取り出し、そこに簡易的な魔法陣のシートを広げてお皿を置き、手袋をする。
採取した蠍の尾から毒を慎重に取り出して、毒の属性と成分を調査。
手持ちの魔物図鑑を広げて近い魔物がいるか確認する。
「よし、トーガの持ち込んだ解毒草で問題なさそうだな」
トーガが採取した解毒草の成分も確認し、問題ない事を確認。
そしてその解毒草を細かく刻んだ後、小型の錬金窯の中に入れる。
「すりつぶさないのか?」
「すりつぶすの時間かかるし疲れますから」
すり鉢でつぶすより魔力で錬成させた方が早いし楽だ。
そこに生命の水溶液を流し込んで、蠍の属性に合わせて大地の水溶液も少量投入。
量に不安があるので、手持ちの解毒草で成分の近い物も同じように刻んで投入した。
飲みやすいように芋の煮出し汁と塩を一つまみ投入、それらをお玉でかき混ぜる。
もはや調合ではなく料理だ。
「手際がいいわね」
「本職なもんで」
文字通り目を見開いてオレの作業を見つめる女性の騎士団員の言葉に短く答えて、錬成を加速させる。
お玉で小皿に移して、一口味見。
まあまあ苦いけど、飲めないレベルじゃあない、かな?
錬金窯から大きなお鍋に移し替えて蓋をする。
「魔法薬専用のビンと同じ役割を持つお鍋だ。このくらいのコップの半分くらいの量で蠍の毒は中和できるし、多少の体力回復効果もある。味見してみるか?」
「いえ、結構よ。それより魔法薬ってこうやって作るのね」
「ひと、というか指導を受けた相手でかなり違うけど、大体こんな感じでしょうね」
オレは鍋の持ち手を両手で持ち上げて、テントから出る。
「案内するわ」
雌獅子の女性の案内の元、オレの護衛としてミリア、セリアさんが付く。
更に獅子王騎士団の皆さんがぞろぞろとオレを囲んで移動だ。
「馬車、任せた」
「了解!」
「うん」
「うっす」
栞とエイミー、ジェシカにはお留守番をしてもらう。




