猫の里と錬金術師③
「あいつは恐ろしい魔物ニャン。体が大きくて、鋭いハサミ。そして三本の毒針を持ってるニャン」
茶色いトーガの言葉に2匹(人?)が頷いている。
「しかも肉食ニャン、村の家畜が何匹かやられたニャン。だから仕返しをしないといけないニャン」
「でも村の衆は危にゃいから獅子王騎士団を呼ぶって言ってたニャム」
「でも獅子王騎士団が来るまで時間がかかるニャル。だからニャル達で先に倒す事にしたニャル」
体が大きい蠍の魔物なんだな。
「へー、でも危なくないの?」
「毒は毒消し草でなんとかなったニャン。でも村の衆では勝てないニャン」
「でもニャム達の必勝パターンがあれば勝てるニャム!」
「当然ニャル!」
「どんなの!? どんなの!?」
ポージングを決める猫達への関心が強いイリーナ。
「ニャンが抱き着いて右の尾を封じるニャン!」
「ニャムが抱き着いて真ん中の尾を封じるニャム!」
「ニャルが抱き着いて左の尾を封じるニャル」
「「「 その間にトドメを刺すニャ! 」」」
「誰がだよ」
知ってたよ。
「「「 馬鹿にゃあああ!! 」」」
そんな絶望的な顔をするんじゃあない。
「た、確かに……」
「ひ、一人足りないニャム」
「盲点だったニャル」
「やる前に気づけて良かったですわ。旦那様」
ミリアがこの猫達を助けたい、と。そうこちらに視線を向ける。
「どんな魔物かわからんから危なくなったら退避するからな。まあ相手が蠍型ならエイミーがいる段階で負けはないだろうが」
「「「 エイミー? 」」」
「わ、私です」
「お姉ちゃん強いニャン?」
「女の人なのに凄いニャム!」
「これは勝ったも同然ニャル」
ばんざーい! と猫達がエイミーを囲んで手を上げている。
こらこら、イリーナ。混じるんではない。
「この辺はその蠍の魔物の縄張りなのか?」
「にゃ? 違うニャン」
「魔物を倒しに行ったニャム、でもお腹がすいたから川にいってお魚を獲るつもりだったニャム」
「三本サソリはニャル達に恐れをなしたニャル、姿を探しても見つからなかったニャル」
「喉も乾いたニャンから水も飲みたかったニャン。朝から歩き通して疲れたニャン」
「疲れたニャル」
「ニャム」
疲れたのを思い出したのか、ソファに戻りぐでんと座り直す。
本能に忠実な生き物だなぁ。
「村から離れるのに水も食料も無しで出たのか。水筒と弁当くらいも持たないのは不用心だな」
「ニャン……」
あ、耳が垂れてて反省してるっぽい。
「すぐ倒せると思ったニャル」
「まさか見つからないとは思わなかったニャム」
「一度見かけたニャンけど、お魚のが大事ニャン」
同時に『グー』という音が室内に響き渡った。
はいはい、ご飯にしましょうかね。
「セーナ、魚まだあったよな」
「海の魚でいいのかしら……魚は生? それとも焼き魚?」
「「「 焼き魚がいいニャン(ニャル・ニャム)! 」」」
「なまのお魚はお腹を壊すニャン、常識ニャン」
「フライパンで焼いて塩を振るニャル」
「直火で焼いたら焦げるし脂も落ちるから味が落ちるニャム」
「フライパンは? てか焚火はあるのか? 森も近くにないし」
「「「 忘れてたにゃあああ! 」」」
面白いなこいつら。
「ご飯までくれた上に三本サソリの退治を手伝ってくれるなんていい人達ニャン」
「見た事ないお魚だったニャル。でも美味しかったニャル」
「ニャム、あんな大きにゃお魚見た事にゃいニャム。食べ応えもあってたまらなかったニャム」
ご飯の余韻に浸っていた3匹(人?)の猫達は和みながらも外に出た。
オレ達もご飯を食べたので、大陸のこちら側の情報が欲しいから村まで案内して貰うことにした。
拠点をそのままには出来ないので、小さくして手提げに仕舞う。
「「「 にゃあああ!? 」」」
「あ」
そりゃ驚くわな。
「ラ、ライトは魔法使いだったニャン!?」
「すごい魔法だニャム! なんでも小さく出来るニャムか!?」
「ならば大きくも出来るニャルか! はっ! さっきのお魚は大きくした物ニャル!?」
「「「 にゃるほどー 」」」
「勝手に納得してくれてありがとう」
可愛いがちょっと面倒になってくる。
「ほら、馬車で行きましょう」
「「「 馬車! 」」」
「でも牽いてるのは鳥ニャン」
「鳥車ニャムか?」
「語呂が悪いニャル」
「そうだな」
栞とレドリック、セリアさん、ジェシカ、セーナが馬に乗り、残りは馬車だ。
流石に馬車が手狭だなぁ。
「御者台に乗りたいニャン!」
「ずるいニャル! ニャルも乗りたいニャル!」
「ニャムはお姫様だから後ろに乗るニャム。御者はしもじもの仕事ニャム」
「「 キシャー! 」」
「威嚇するんじゃありません。二人とも前に乗っていいから」
「「 ニャー! 」」
オレは御者台の真ん中に座り、左右にトーガとヴォルフを乗せる……足が届かないのでセーナが乗せてあげる。
「私、外じゃなくていいのかな?」
「そこそこ大きい魔物って話だからいいんじゃないか?」
未知の魔物でもエイミーならば大体幻術で対抗できる。まあ草原の悪夢みたいな感覚器官の不明な魔物は例外だが。
「馬車の防御は私の仕事です。安心してください」
「午前中に引き続きすいませんね」
「いえ、十分休みましたから」
「ミノス族のお姉ちゃんは頼りになるニャン」
「ミ、ミノス!?」
「違うニャン? おっぱい大きいからミノス族だと思ったニャン」
「さっきの強いってお姉ちゃんもミノス族ニャル」
「顔は鬼人族ニャム? でも肌が白いから赤鬼族ではないニャン」
「白鬼族……っているニャル?」
「知らないニャン」
「でもいい人達ニャル」
「お魚美味しかったニャン」
そう言って左右に座る茶色いトーガと黒いヴォルフがこちらを見る。
「「 また食べたいニャン(ニャル) 」」
「はいはい。それで、どっちに向かえばいいんだ?」
「「 あっち! 」」
二人が東に指をさすのでレドリックが頷いて馬を歩かせる。
それに合わせて全体で移動だ。
「あ、あれか。随分近くにいたな」
平野なうえに馬に乗っている分視野が広い。
レドリックが即座に三本サソリと呼ばれる魔物を見つける。
「あー、結構大きいな」
向こうもこちらに気づいてる様子だ。ハサミを上に上にあげてこちらに視線を送ってきている。
草原の悪夢くらいのサイズだ。尾も含めると全長4メートルくらいあるかもしれん。
「確かに。お前達アレに勝てるのか?」
「ニャ!? あんにゃに大きくにゃかったニャン!」
「でもあいつニャル!」
「尻尾の毒針は5本もあるが?」
「「 にゃんと!? 」」
別の個体らしい。
成長すると大きさに合わせて毒針も増えるのか? 三本尾の蠍の姿は見えないが。
「レドリック、どう見る?」
「ジェシカ嬢ちゃん、一人でやってみ」
「うええ!? 自分っすか!?」
「おう、あれくらいなんとかなんだろ」
「あ、危なくなったら助けてくださいっすよ?」
ジェシカが馬上で手を伸ばし、その手の中にハルバードが生まれる。ジェシカに渡してある腕輪型の装備入れから出て来たのだ。
「「 にゃあ!? 」」
「攻撃はちゃんと避けろよ」
「っす!」
ジェシカは表情を引き締めて、馬を走らせる。
それに合わせるかのように5本の尻尾を揺らしながら、サソリの魔物も複数ある足を動かしてこちらに向かってきた。
「援護は」
「いらんいらん。嬢ちゃんにはもっと戦闘経験が必要だって、思っててな」
「そうなのか?」
「ああ、お前さんの装備に振り回されてる傾向がな。ここ半年、素材を一緒に獲りにいってて気になってたんだ」
レドリックが武器も構えずにジェシカの後姿を見つめる。
「武器の力も相まって、近接での攻撃力は姫さん、イリーナに次ぐんだがな。それだけに勿体ない」
「あら? 意外と高評価か?」
「まあな」
そんなオレとレドリックの会話も知らず、ジェシカは馬を走らせてハルバードを持ち上げて正面から徐々に右に動いていく。
流石にあのサイズの魔物の正面から攻めるつもりはないようだ。
「ハアアアアアアア!」
「嬢ちゃん! 素材も回収できるように倒せよ!」
「っぇ!?」
レドリックの声にジェシカは焦ったように蠍から逃げる。
「言うの遅くないっすか!?」
「当然だろうが!」
ジェシカはハルバードの全力であの蠍を叩き潰そうとしたんだろう。レドリックはそれを見抜いて注意をしたようだ。
「お前も主人の為にスマートな戦い方を覚えろ!」
「うわー、厳しいねー」
「嬢ちゃんもだぞ? まあ栞嬢ちゃんはやろうと思えばできるからいいけどな」
元々奴隷兵であるジェシカの戦闘能力は一般的な冒険者と同程度だ。
魔法の素質が多少はあるので身体強化で力はあるが、ウチのメンバーの中ではオレと同じくらい戦闘の素質が低い。
オレの装備で攻撃力と防御力の底上げはしているが、栞やレドリック達と比べればかなり低い位置にいるのはしょうがないことだろう。
オレの周りの戦闘が出来る連中は大体が英雄と呼ばれるレベルの人間なんだから。
そんな中で活躍できる場を増やすには、経験をするしかないだろう。
「っす!」
蠍の右を馬に乗って通り過ぎながら、ハルバードを振るって尾を2本切り落とす。
オレから見ると十分に鋭い攻撃だ。
レドリックに視線を向けるが、特に表情を変えずにジェシカに視線を向けたままだ。
ギチギチと音をたてながら、切り落とされた尾を気にせずにジェシカを追い始める蠍。
痛覚が鈍いのか、そもそもないのか。紫色の体液を派手に噴出しながらも、動きに陰りはない。
「そうっす! こっちに来るっす!」
ジェシカはそう声をあげながら、馬の速度を少し緩めて蠍に自分を追わせる。
ホムンクルスの馬の最高速度に、あの蠍が追い付けないのだろう。
オレ達から距離を取りつつ、再びジェシカは蠍の右を通過。
そしてその瞬間に、蠍の左のハサミを根元から切り落とし、ついでに前足と2番目の足も切り落とした。




