猫の里と錬金術師①
「シートベルトよーし」
「魔導エンジン、問題なし」
「視界良好! 準備完了っ」
「エアコンスイッチよし」
「よし、突撃っ!」
迷彩色に塗り直された装甲車。
運転席に乗り車体を操るのはセーナだ。
セーナは先端の突撃槍の中腹についた、細い窓から前方を視認する。
柵の中に入る物の、杭まではそれなりに距離の取った地点より、車体をゆっくり進ませていきそれが徐々に速度を上げていく。
それにつれて車体にも振動が伝わり、オレ達の体を上下左右に揺さぶる。
「間もなく杭が見えるポイントです」
「よし! 突っ込め!」
フロントのセンターについた運転席にセーナ。
真ん中のシートに栞とミリアとジェシカ。
後方にオレとリアナとエイミーだ。
車体の上にはレドリックを先頭に、左にセリア、右にイリーナだ。腰辺りまでの高さにある壁面には安全帯がくっついており、上にいる人間が投げ出されないように固定されている。
「レッドラインに侵入します! 3・2・1・ゼロっ!」
セーナの声と共に、草原の悪夢達が次々と地面から飛び出してくる。
「どっせい!」
上部の最前列にいるレドリックが槍を振るって、正面から飛び掛かってくる草原の悪夢を弾き飛ばしたようだ。
ガンガンガンガン! と先端部分から絶え間なく音が聞こえてくる。
草原の悪夢を跳ね飛ばしている音だろう。
左右に取り付けた細い窓からもそれが見えている。ちなみに前方の窓も左右の窓も、後方の窓もガラスは嵌めていない。
最初は嵌めていたが、跳ねて来る土などで汚れてしまい視線を遮ってしまう事があったからだ。視界は悪くなったが視野が完全に遮られるならととっぱらったのである。
「……気持ち悪くなってきた」
「我慢してください、マスター」
酔い止めを飲んでいるものの、視界の限られた閉所空間で断続的な振動。それと耳障りな金属同士がぶつかるような音を聞いているのだ、気分が悪くなってくる。
他のメンバーは平気なようだ。すっげえなぁ。
「衝撃に備えてくださいっ!」
「伏せろっ!」
「うひいいい!」
セーナとレドリックが声を上げると同時に、車体が一瞬浮いた。
情けない悲鳴がジェシカから上がる。
「うおっぷっ!」
揺れるオレの体をエイミーが迎えてくれた。柔らかい。
違う、そうじゃない。
二人揃って恥ずかしい気持ちになっていると、横のリアナがシートベルトをきつくしてくれる。
「セーナ! 速度が少し落ちたぞ!」
「立て直しますっ!」
レドリックの叫び声にセーナも声を上げる。
そしてアクセルを更に踏み込んで車体が速度を再び上げていく。
ぬかるんでいる場所でなければ、多少の悪路でも最大速度は80キロを超えるこいつならばすぐに速度を上げてくれるである。
ホムンクルスの馬たちと同程度の速度が出るのだ。馬たちより足の遅い草原の悪夢の足では追いつけないはずだ。
「前! 壁が出来てる!」
「主っ!」
「セーナ! ミサイル発射!」
「了解しました」
「上! 伏せろっ!」
セーナがスイッチを押すと、装甲車の前面上部に取り付けていた2門の発射管からミサイルが飛び出る。
これは以前聖剣のレプリカを作った時に失敗した魔核と、竜の吐息と言われる軽い衝撃で爆発する岩石を組み合わせて作ったミサイルだ。
数十、数百にも上る折り重なった草原の悪夢の山をミサイルが襲い、着弾すると同時にそれらをまとめて吹き飛ばす!
「爆炎がきます!」
「「 キャア! 」」
「ちょっ! 威力強すぎ!」
「視界不良!」
「突っ込め!」
「伏せてください!」
「まだ山があるぞ!」
上でも車内でも、誰が何を言ってるか分からないくらい声が上がる。
そんな中、セーナだけは冷静にアクセルを踏み込んで更に速度を上げる。
「レドリック様!」
「了解っ! 大いなる風よ! 我が前に立つ敵を吹き飛ばせ! 大爆風!」
レドリックが車体の前に強烈な風を発生させて、爆炎と爆煙を薙ぎ払って視界を確保する。
草原の悪夢ほどの重さのあるものを吹き飛ばす事は出来ないものの、土煙程度であれば問題ない。
「うへえ!」
「危ないっ! 浮遊する絶対防御っ!」
魔法に集中していたレドリックに向かって飛んできた草原の悪夢。それを弾き飛ばしたのはセリナさんが操作する浮かぶ盾だ。
今回の為に強化された盾は空中を自在に飛んで、レドリックに飛び掛かってきた草原の悪夢を吹き飛ばし、同時に盾も吹き飛ばされてしまう。
「助かった!」
「残弾が限られてるんですから!」
レドリックの言葉に叱責を飛ばすセリナ。
浮遊する防御盾はセリナさんの防御センスで操れはするが、魔力量が足りないのでこの装甲車の速度の方が早く、一度空中で使うとおいてかれてしまう。
つまり使い捨てだ。
安全帯で体が括られてしまってる上に、両手で長い槍を持っているセリナさん。普段は盾を持って前に出て、その防御力で敵を止めるのだが今回はそれが出来ない。
車内にいて視界が不透明だからオレでは細かい操作が出来ず、セリナさんに制御を任せているのだ。
「また壁があるぞ! さっきより分厚い!」
「ミサイル追加ぁ!」
「了解です!」
「大爆風っ!」
ミサイルが放たれると同時にレドリックの風の魔法が放たれる! だが今回は先ほどよりも草原の悪夢の数が多いようで、まだ壁がなくならない。
「上の三人! 気を付けてください! ブーストを使います!」
「マジか!」
「アレを使うのか!?」
上から男女二人の悲鳴が聞こえる。
そんな中で、オレ達はシートベルトを確認し、更にシートに取り付けていた安全バーを持ち上げて固定する。
「ご主人様、火入れを」
「了解だ。上、振り落とされるなよ!」
「ちょっと待った! 安全帯追加するから!」
「イ、イリーナ! もうちょっとくっついてくれ!」
「かしこまりです!」
わたわたする上の二人を尻目に、背面の上部に取り付けておいたブーストエンジンに魔力を込めてエネルギーを上昇させる。
「ブーストエンジン点火確認、エーテル注入開始。爆裂魔核の温度急上昇、ご主人様!」
「おーらいっ! ブースト発動っ!」
「「 いいやああああああーーー! 」」
上の二人が叫び声を上げる中、オレは車体後部に設置しておいた加速装置を作動させる。
一度使うと、背面の爆裂魔核そのものを交換しないといけない面倒な装置だ。
ゴオオオオオオッ! と背後で不吉な音が断続的に聞こえると共に、車体が一気に加速を始める。
「うおおおおおお!」
「ひゃああああ」
加速した車内で各々が叫び声をあげる中、セーナがハンドルを操作し出来るだけ真っすぐ進むように調整をする。
小回りは利かないが多少の方向修正は受け入れてくれるのだ。
そして更に増した勢いと、本体の元々持った重量。それらが合わさった装甲車は草原の悪夢の折り重なった壁に見事に突っ込んで、草原の悪夢を吹き飛ばし、牽き飛ばし、弾き飛ばしながらも速度を落とさずに突破を遂げる。
ガタガタと車体が揺れて、ガンガンと車体で敵を牽き、時にはガスガスとミサイルを飛ばしながら装甲車を走らせていく。
そんな時間が1時間以上続き、体力と魔力が尽きかけたレドリックとミリアが場所を交換。セリアさんと栞も場所を交換した。
「あ、敵が途切れますわ」
「「 はぁ?! 」」
ほんの数分前に交換したレドリックとセリアさんから非難の声が出るのはしょうがない事だと思う。
そんな二人に不憫そうな目をしながら、飛び石なんかで受けた怪我を治してあげるリアナ。
「抜けたー!」
栞の嬉しそうな声と共に、草原を走り抜ける装甲車。
柵が設置してあった場所や杭のあった部分と風景は変わらないが、草原の悪夢が全くいない。
背面の窓から様子を探ると、草原の悪夢はこちらに興味を無くしたようで次々と奥に戻っていってる。
連中の縄張りを突破したのは間違いなさそうだ。
セーナが装甲車の速度を緩めて足を止める。
前方に川が見えて来たからだ。
「ご主人様、どうしましょう」
「ああ、馬とだっちょんに乗り替えよう」
馬とだっちょんは水面も走れるからね。
「川を越えたら平地を探そう。一度休憩をいれないとな」
流石に一時間以上揺れる狭い車内に押し込まれていたんだ。日本の舗装された道路でも休憩が欲しいくらいだ。
「ああ、俺は少し寝たい……」
「私もだ、ドッと疲れが来た」
車体の上で飛び掛かってきた草原の悪夢を対処してくれた二人、それと何も言わないがうつらうつらとし始めている小さくなったイリーナを見てオレ達は苦笑い。
だっちょんと馬で川を渡って、比較的見晴らしがよい平地に妖精の工房を設置。
このまま今日は休憩を取る事に決めた。




