未来の見えない恋 9
あまりにその顔が真剣で、俺はうろたえた。
「あの……」
言葉につまる俺を、文さんは小さく笑うと健太を抱え部屋の奥に消えてしまった。
何だ? 今の……。
落ち着かない気分になり、俺はお茶を飲み干した。
冷静なれ。勘違いしたらそれこそ恥だ。
ピンポーン
「わぁっ」
いきなりチャイムの音。心臓が飛び出るかと思った。
「はーい」
文さんが隣りをすり抜け玄関に出る。
「遅くなりましたぁ」
「ごめんね。頼んじゃって。亮太君。猛君達来たわよ」
達? 俺は首を捻って玄関を覗いた。
「い!?」
言葉を無くす。そこには、弥生の姿もあったからだ。
夕飯は寄せ鍋だった。
健太と二人だと鍋なんか出来ないから、と文さんは嬉しそうだった。食事をしているうち、だいたい魂胆が見えて来た。
文さんと猛で、俺達を仲直りさせようとでも考えてたんだろう。
文さんが、俺の皿に取り分けながら弥生に話を振る。
「でも、弥生ちゃん、羨ましいなぁ。亮太君みたいな子と付き合えて」
弥生は苦笑する。
「全然。鈍感だし、頑固だし大変ですよ」
「悪かったな」
俺は向かいの弥生を軽く睨んだ。弥生は小さく舌を出す。
「じゃあ……」
文さんが俺の腕に絡み付いた。
「私が貰っちゃってもいい?」
挑発的な視線。弥生は顔を引きつらせ笑った。
「こんな奴で良ければどうぞ」
嫌な雲行きに俺もたじろぐ。
「嫌だなぁ。文さん酔ってますよ」
猛が慌て文さんを引き離してくれた。上手く文さんをなだめている。
俺はホッとして胸を撫で下ろした。
何かが足をつついた。顔を上げると弥生が不機嫌な顔をしている。
「何よデレデレして」
「誤解だろ」
「それにその格好。どんだけ入り浸ってるのよ?」
「違うって」
小声のやりとりは険悪そのもの。
何でこうなるんだよ。溜め息をついた時だった。
「あれ? お茶がない。弥生ちゃん、悪いけど買って来てくれない?」
文さんの突然の申し出だった。弥生はキョトンとする
「いい、ですけど……」
「なら俺も」
立ち上がろうとした。その手を文さんは掴む。
「亮太君はダメ~」
甘えた声。たじろぐ俺に弥生はむくれると、猛の腕を引っ張った。
「亮太はここにいれば? おとめ……猛、行こ!」
鼻息荒く立ち上がると、アタフタする猛を引きずり出て行ってしまった。
なんだよ。自分の事は棚にあげて、勝手に誤解して……。俺は二人が出て行ったドアを見つめる。
弥生の気持ちが全く理解出来なかった。
「亮太君」
不意に耳元で声がした。次いで肩に重みがする。
文さんだ。アルコールのせいか、少しほてった頬に潤んだ瞳で、肩に寄り掛かって来る。
今、気がついたけど、少し角度を変えたら、その……服の中が見えそうだ。さすがに、心拍数が上がり、俺はそっぽをむく。
「文さん。マジ、酔ってますね」
文さんは小さく笑った。何がおかしいのか判らず、彼女の方を見ると
「亮太君……私の事、嫌い?」
すぐ傍に文さんの長い睫毛が見えた。
髪の香りがした。厚くて軟らかそうな唇があった。文さんの細い指が、俺の髪を撫でる。
こちらは金縛りにあった様に指先一つ動かせない。なのに心臓はバクバク音を立て、体中の血液が逆流しだす。
文さんは指先を滑らせ、頬で止めると、こちらの瞳を覗きこんだ。
「私は……好きよ」
文さんはそう囁く。そして、ゆっくり食む様に唇を重ねた。