表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/20

未来の見えない恋 8

 テスト期間は師範の方針で、道場の出入りが禁止になる。健太の送り迎えも師範に任せ、俺は家と学校の往復だけになった。

 勉強は好きではないが、この際気が紛れるなら何でも良かった。

 あの日から弥生を避けたし、携帯の電源も切っていた。


 期末が開けるとテスト休み。大会まで一週間を切ってたから、朝から道場に出た。

 考えないようにしても、弥生の事が離れてくれない。それが煩わしかった。

 朝から稽古に出るのは、俺と猛くらいしかいない。

 静かな道場は、広々としていた。

 猛と柔軟を済ませ、久々に体を思いっきり動かせる。そう思った時だった。

「おはようございま~す」

 不意打ちの様な女性の声に、俺達は振り向いた。

「文さん」

 猛と俺は顔を見合わせる。文さんは、小さく笑うと

「昨日、亮太が朝から稽古に来るって師範に聞いたから、会えるかなと思って。ちょっと、亮太君いいかな?」

 そう言って手招きした。俺は猛をもう一度見たが、猛も困った様子で首を傾げる。

 俺は予想外の訪問に戸惑いながら外に出た。

 朝日に溶け始めた霜が、椿の葉を濡らしていた。

「健太は?」

「幼稚園。おかげで風邪はすぐ治ったわ。起きてから、亮太君に会いたかったってゴネたけど」

 文さんは苦笑すると、俺を見上げた。

「彼女、大丈夫? あれから道場にも来てないし、携帯も通じないから気になって……」

 あぁ、それでわざわざ。そういえば、部屋を飛び出した後、一度も連絡してない。

「心配かけてすみません。……彼女とは……」

 何て言えばいいんだろう。説明し辛い。五十嵐と会ってた。嘘をつかれた。拒否された。どれも思い出すのも嫌な事ばかりだ。

「……喧嘩でも、しちゃった?」

 文さんは黙り込んだ俺を大きな瞳で見つめた。

「まぁ、そんな所です」

「そっかぁ」

 文さんは手を口にあて、しばらく何かを考えていたが、顔を上げると

「任せて」

 明るい顔になり、道場の方に顔を出した。

「猛君~ちょっと」

 猛を呼ぶ。文さんが何を考えてるのか、全く検討もつかず、俺はただ突っ立ってる事しか出来なかった。


 文さんの提案で、その日は猛と俺は文さんの家で夕飯を招待される事になった。

「皆でワイワイしたら元気になるわよ」

 と猛は乗り気で、面倒な気もしたが猛が行くらなら、と了承した。

 稽古後、猛は何か用事があるからと、俺一人先にアパートに来ていた。

 二回目のチャイムは、案外緊張しない。

「亮太!?」

 すぐに健太の声がして、玄関から飛び出してきた。満面の笑みで俺の足に抱き付く。

「もぅ、ずっとソワソワしてたのよ」

 文さんが苦笑まじりに奥から顔を覗かせた。

 健太は俺の手を引っ張ると

「亮太! 一緒に風呂入ろう」

「はぁ?」

 いきなりの要求に俺は困って文さんに助けを求めた。文さんはエプロン姿で台所に立ちながら

「ごめんね。言い出したらきかなくって。亮太君、もうお風呂入ってきた?」

 俺は首を横に振る。

「亮太ぁ~入ろう~」

「けど、着替えないし……」

 弱った。健太を説得しようとしゃがんだ時、文さんが何か袋を差し出した。

「良かったら着てくれない?」

「稽古の帰りに亮太の買ってやったんだぞ」

 健太の威張った顔。受け取るとスウェットが入っていた。

「今日だけ……ね?」

 文さんまで手を合わせて頼む。俺は観念すると、健太の頭をグリグリ撫で

「しゃーねーな。入るか」

「おぅ!」

 健太に手を引かれるままに風呂場に向かった。


 風呂でも健太は大はしゃぎだった。俺には弟はいないが、いたらこんな感じだろうな、何て思った。

 結局、遊んでたら長風呂になってしまった。

「お疲れ様」

 健太を膝に乗せ、居間でへばってると文さんが冷たいお茶を持って来てくれた。

「すみません」

 受け取り時計を見る。八時か。ここに来てから結構な時間だ。

「猛は?」

 文さんがテーブルに皿を並べながら答える。

「さっき来たけど、買い出しに行ってもらったの」

「母ちゃん」

 健太が俺に背を預ける。心なしか瞼が重そうだ。

「亮太さ、父ちゃんにしてやろうよ」

 半分寝言か? 語尾が溶けていくようだ。

「バーカ。俺はまだ高校生だ」

 もはやほぼ目を閉じてる健太にそう言うと、苦笑した。はしゃぎ過ぎて疲れたんだな。

 間も置かず寝息が聞こえ出す。

「寝ちゃったね」

 文さんが囁き、健太を抱き上げた。

「寝かせて来るね」

 立ち上がると、隣りの部屋に歩き出した。その足がふと止まる。

「私も……亮太君が健太のパパになってくれたらと思うわ」

「……え」

 振り返った文さんは笑ってなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ