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未来の見えない恋 5

 健太を迎えに行かないで済んだ分、時間が空いて、早く道場に行っても良かったが、珍しく気が乗らなかった。

 健太の事も気になり、俺は見舞いのつもりでコンビニでアイスとジュースを買うと、健太の家に向かった。


 いつも家の前まで迎えに行くから場所は問題なかったが、チャイムを押すのは初めてだ。古いアパートの二階。端の部屋の前に立つと、少し緊張してチャイムを押した。

 すぐに文さんの声がして、ドアが開く。

「亮太君!? 来てくれたの?」

 顔を出した文さんは、輝かんばかりの笑顔でドアを開けてくれた。

 俺は中を気にしながら

「健太は?」

「今寝た所。入って」

 文さんは気さくに招き入れる。

 俺は迷った。あがるつもりで訪ねたわけじゃない。

「いいです。健太の見舞いのつもりですから。これ、渡しといてください」

 コンビニの袋を差し出すと、文さんはその袋ごと俺の手を握った。

「いいから。お茶くらい出させてよ」

 やや強引な気がしないでもなかったが、でもここまで言われて断るのも悪い気がして

「じゃ、少しだけ」

 俺は部屋にあがらせてもらう事にした。


 一歩中に入ると外の寒さが嘘みたいに温かかった。

「お邪魔します」

 健太が寝てると言うので、小声で靴を脱ぐ。

 通された部屋はこざっぱりしていて、物は少なかったが健太の物だろう、おもちゃや絵本が見えた。

 健太はしかれた布団に、気持ち良さげに眠ってる。

 俺は傍らに座ると、熱に浮かされやや赤い額を撫でた。

「薬がやっと効いたみたい。さっきまで『亮太の所に行くんだ』ってゴネて、大変だったんだから」

 振り返ると文さんは、テーブルにカップを置いていた。

「始めはあんなに泣いて嫌がってたのにね」

 文さんは苦笑しながら隣りに来ると、じっと健太の顔を眺めた。

「亮太君に会うの、毎日楽しみにしてるの。健太も……」

 ふと視線を上げ、俺を見る。

「私も」

 意味ありげ、と取るのは自意識過剰なのだろうか。俺は気まずくて目をそらした。

「お茶、いただきます」

 文さんに背を向けてカップを手にとる。

 文さんは何がおかしいのか、小さく笑うと向かいに座った。

「可愛い彼女だね」

 いきなりの言葉に、思わずカップを落としそうになった。

 俺は平静を装うと取り繕うように無難な返事をする。

「ありがとうございます」

 文さんはしげしげとこちらを見ながら

「でも、大丈夫?」

「何がですか?」

「……告げ口みたいで嫌なんだけど」

 文さんは口ごもり、カップを弄ぶ。

「見たの。日曜に」

「弥生……彼女ですか?」

 そういや日曜は俺は別のバイトがあって、会ってない。

 文さんは少し眉を寄せると、言いにくそうに

「他のね、男の子と観覧車の列に並んでたの。私は健太と並んでたんだけどね。あ、でも見間違いかも。ごめん。忘れて」

 慌て紅茶に口つけた。途端に、あの気持ち悪い感じが色濃く広がっていく。

 なんだ? また、五十嵐か?

 休みまで二人で会ってるのか?

 観覧車?

 嫌な想像ばかりが頭に浮かぶ。

「もしかして、亮太君、心当たりあるの?」

 文さんはそう言うと、机に置いていた俺の手にそっと自分の手を重ねた。

「良かったら相談して? いつも助けてもらってるんだもの。力になりたいわ」

 最近の学校の連中はうるさい。文さんなら、年上のアドバイスをくれるかもしれない。

 俺は小さく頷いた。


 俺は五十嵐が弥生と同じ部活で、一年前に弥生に告った事、今は委員や志望校が同じだから二人でいるのが多い事を簡単に話した。

 文さんは手を離すと、指を組んで困った顔をする。

「……亮太君。いいにくいけど、それは気をつけた方がいいわ。その五十嵐君って子は……彼女とかなり価値観が合うみたいね。志望校も一緒なら、夢も似た様なものかしら」

 確かに、俺より五十嵐の方が弥生とやりたい事や、進路は似てる。

「亮太君は彼女にマメに連絡とかしてる?」

 俺は首を横に振る。バイトや空手も忙しいし、学校にいる間はいつでも会えるから敢えて苦手な携帯をいじる気になれない。

「五十嵐君は?」

 マックでの事を思い出す。俺の声は自然に小さくなる。思わず小さく息を飲み、自分でも情けなくなるような声で答えた。

「良く……あるみたいです」

 文さんは、一瞬口元を緩めた様にも見えたが、やはり眉を寄せ

「マズいわよ。価値観も違って連絡もくれない彼氏と、価値観が同じで連絡もマメにくれる子。女の子なら……」

 俺は俯いて、膝の上で拳を握り締めた。

 今やあの気持ち悪さは、不信感、嫉妬、不安そして焦り、そんなハッキリした形になって体の内側に渦巻き始めている。

「……俺、失礼します」

 こんな所にいる場合じゃないんじゃないか。思ってたより、事態は深刻なんじゃないか。

 拭えない想いにつき動かされる様に立ち上がると、すぐに玄関に向かった。

「亮太君?」

 文さんが慌て追いかけてくるが、一刻も早く弥生に会いたかった。

「ご馳走さまでした。健太にヨロシク」

 言い捨てると、俺は弥生の家に向かって飛び出した。


 走りながら携帯をかける。呼び出しは鳴るが取らない。

 くそっ。先約って何だよ。まさか、やっぱり五十嵐?

 そう言う風に考える自分が情けなかった。つい数日前までの安心感が嘘の様だ。

 弥生はそんな奴じゃない。ガキの頃からそんなの百も承知じゃないか。なのに、今は確かめないと気が済まなかった。

 弥生の家はここからそう遠くない。

 見えて来た曲がり角を曲がれば……。

「……え」

 遠くで、何かが通り過ぎた。俺はその目に映ったものを、嘘だと信じたかった。

 五十嵐の自転車の後ろに乗った、弥生。

 自然に足取りは遅くなり、曲がり角で止まる。

 見ると……。

 走ってきたのが原因では、きっと……ない。ありえないくらい、鼓動が強く早く胸を叩きだす。

 弥生の家の前には、自転車に跨がったままの五十嵐と弥生がいた。何か楽しげに会話を交わしている。

「なんだよ!」

 俺は壁に背中を預けると、天を仰いで思いっきり壁を叩いた。

 怒りより、何とも言えない虚脱感が襲う。

 深呼吸をする。何とか冷静になろうとするのは、きっとまだ信じたい気持ちがあるからだ。

 少し落ち着くと、ちょうど五十嵐が出た所だった。

 弥生は笑顔で手を振っている。

 堂々とわけを聞きに行けばいい。何て事はないはずだ。自分達の関係に自信があるなら……。

『女の子なら……』

 文さんの言葉がふと浮かんだ。


 俺はそのまま道場に向かった。

 弥生に、現実に向き合えない臆病な自分が情けなかった。

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