未来の見えない恋 4
夕飯は週一くらいの割合で俺、猛、十津川で食いに行く。たいてい場所は稽古後に近所のお好み焼き屋だ。
今日も稽古終わりに三人で来ていた。
俺は文さんの件を師範にだけ話し、二人の送り迎えをする様になっていた。
話が話だけに、文さんと師範から理由は他言しないように言われてる。
「最近さ、亮太、健太んとこと妙に仲良くね? もしかして、あの可愛いお母さん狙い?」
十津川はからかい半分で水を飲む俺に話を振った。
俺は「馬鹿か」とだけ口にする。嘘はつけないから、あまり突っ込まないでほしい。
「そうなのよね。亮太って一途な方かと思ってたのにぃ」
猛は非難の目。ちなみに、最近は十津川の前でも素だ。十津川はわざと声をあげて
「朴念仁だと思ってたけど、意外にやり手だったんだ。弥生も可哀相だなぁ」
「そうなのよ。最近さらに放置状態なんだもの」
「やっぱ、いいよな。年上……。なぁ、実際どんな感じ!?」
俺は調子にのって好き勝手言う二人を一睨みした。
「知るか」
それより睦月を何とかしてやれよ。
心の中で毒づくが、あまり他人の事をとやかく言うのもなんだし、かと言って話せない。結局、黙るしかなかった。
二人は顔を見合わせ
「けど、本当に、もう少し弥生を大切にした方がいいわよ? お嬢が言ってたの、シャレにならないかも」
「確かに、弥生って亮太より最近は五十嵐って感じだもんな」
なんだよそれ。
俺は取り合わない風を装ったが、さすがに胸騒ぎがした。
確かに、送り迎えするようになってから練習量を減らさないために、弥生との時間を削ってる。
文さんは離婚調停が済むまでって言ってたけど、それがいつになるかはわからない。
俺は残りのお好み焼きを口に入れると、自分の中に生まれてしまいそうな不安と疑いを、みんな飲み下す様にお茶を一気に流し込んだ。
次の日、珍しく俺の方から弥生を昼休みに訪ねた。
一晩考えたが、メールとかは苦手だし、結局、ちゃんと会うのが一番いいだろうと思ったからだ。
弥生は声をかける前に、やっぱりすぐに俺を見つけて廊下まで出て来る。
「どうしたの?」
「……たまには、一緒に昼飯でも食おうかと思って」
弥生はマジマジとこちらの顔を見た。
「亮太、熱でもある?」
からかわれてカッとなる。
「嫌ならいい」
俺は口を歪めると、さっさと自分の教室に戻ろうとした。弥生は笑いながら俺の手を掴むと
「冗談。冗談。怒らないの~」
反対の手で俺の頬をつついた。
なんだ、いつもと変わらない。心配して損した。俺は呆れ顔で弥生を見ると、二人で食堂まで歩いた。
食堂はもう人がいっぱいだったが、弁当持参の俺達は飯に並ぶ必要はなかったから、すぐに席につけた。
外はますます厳しくなる冬の到来に、自然の鮮やかな色はなりを潜め、代わりにどこかの部が飾ったクリスマス飾りの赤と緑だけがやたらに目についた。
そうか、大会が二十三日だからすっかり忘れてた。
「もうすぐクリスマスだね」
同じ様に考えてたのか、弥生が呟いた。
「受験生には関係ないだろ」
そっけなくしか返せない自分がたまに嫌になる。
弥生は口をとがらせ
「そうだけど~。亮太は大学、家から通うの?」
「まぁな」
俺が入学を決めている大学は、家から電車で一時間。通えない距離じゃない。でも弥生の志望校は……。
「もし、私、受かっちゃったら、なかなか会えなくなるよね」
県外の大学だった。希望が通れば、遠距離とまではいかないが、中距離恋愛になる。
「五十嵐君が同じ志望校だから、相談してるんだけど、やっぱり変えようかなぁ」
弥生の口から五十嵐の名前が出て、俺は閉口した。
なんだ? こいつら、同じ大学なのか?
弥生は俺の顔色に気がついたのか、慌て言葉を付け足した。
「あ……ここら辺、福祉系って少ないじゃない? お嬢は英文だし、むっちゃんは家政科で違うし。五十嵐君は委員も一緒だから、相談しやすくて」
理解はできても、正直面白くない。かと言って、どうしようもない。
俺はなるべく不機嫌な顔を隠す様に、お茶を一口飲んだ。
「みんな、バラバラになるんだな……」
言ってからしまったと顔をしかめた。思わず出た言葉に弥生は不安の色を浮かべる。
「亮太、私達は大丈夫だよね?」
ちゃんと頷いてやなからないと。思った時だった。
俺の携帯が鳴る。見ると、文さんからだった。
「メール?」
「ん」
携帯画面を開くと、今日は健太が風邪で休みとの連絡だった。
「誰から?」
なんとなく答え辛い。弥生には送り迎えしてるのは、隠すつもりはないが言ってない。
「空手の生徒が休むって」
「コーチって、そんな事までするんだ」
弥生は弥生で、何か感じる所があるらしい。不安にさせるのは良くないんだろうな。
「今日、放課後どっか行くか? 稽古までなら……」
「あ……」
いつもならすぐに喜ぶ顔が曇った。
「ごめん。今日は、ちょっと先約」
両手を合わせる。ま、急だし仕方ないか。
「わかった。じゃ、またな」
「うん」
気のせいかもしれないけど、弥生の方も歯切れが悪い。
少しずつ、何かが噛み合わなくなってきてる。俺はそんな気持ち悪さを感じて、それは白い布に染み込んだ墨のように、簡単には消えてなくなってくれそうにはなかった。