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未来の見えない恋 3

 弥生は道場の近くまでついて来た。正直、もう少し一緒にいたいが、バイトあるし、受験前の弥生も遊んでばかりいられないだろう。

「もうすぐ試合なんでしょ?」

「あぁ。高校最後の大会になるな」

 俺達は道場があるすぐ側で立ち止まった。

 毎日会えるのはわかってるけど、この瞬間が一番嫌だ。

「頑張って」

「ん」

 沈黙。

 今日は手を繋いでるから、余計に気まずい。

「あの……」

 ふと目が合う。そらせない。否応なく、心臓が暴れだす。

 そうだ俺だって、何もしたくないわけじゃ……付き合って一年なんだし。

 じゃ……。俺は息を飲む。弥生の瞼が閉じ始め……。

「亮太ぁ~!」

「っ!」

 いきなりの声に俺達は慌て離れた。見ると道着を着た健太と、その手を握る文さんだ。

「お、おぅ」

 俺の顔は引きつってたかもしれない。健太は文さんの手から離れ、足下まで駆け寄って来ると、俺達を見上げた。

 弥生は一瞬文さんの方を見てたみたいだが、分が悪そうな顔をした。

「私、帰るね。じゃ、明日」

「あぁ」

 俺はぎこちなく頷くと、弥生の背中を見送った。

 また明日、か。仕方ないよな。チャンスが潰れたのに苦笑する。

「あの子、彼女?」

 顔を上げると、文さんが俺の隣に並んで弥生を見送っていた。

「まぁ」

「へ~亮太君、彼女いるんだ」

 なんだか引っ掛かる言い方。気のせいか? 文さんはいぶかしむ俺に気がつくと、いつもの柔らかな笑顔を浮かべた。

「ちょっとショックだな」

「え……」

 どういう? 言葉の意味がわからない俺を、文さんは寂しげに笑うと健太の手をとった。

「行きましょう。遅刻しちゃう」

 俺は黙って頷くと、二人に従った。

 なんだかハッキリしない気持ちに、俺は何も出来なかった。


 釈然としなくても、稽古が始まれば忘れられる。大会も近いし、余計な事は考えたくない。

 年少部の稽古が終わると、子ども達を見送ると肩を伸ばしてウォーミングアップに入ろうとした。

「亮太君」

 後ろからの声に振り向く。文さんだ。

 健太は、見ると他の子どもとじゃれていた。

 俺は首を傾げ文さんに歩み寄った。外気が肌に痛い。

「ごめんなさい」

「何か?」

 文さんの顔色は心なしか悪い。震えてるのは寒さだけが原因ではない様だ。彼女は声を落とし、自分の両手を胸の前で握り締めた。

「夫が……来たの」

 恐々と背後を窺う。

「健太がここに通ってるの、知ったのかも。掴まったら、また暴力ふるわれるわ。健太だって……」

 か細い声は震えていた。俺は眉をひそめた。明らかな怯えをみせる彼女を隠す様に俺は立つと、辺りを見回した。不審な影は見えないが……。

「健太!」

 健太を呼ぶと小声で文さんにきく。

「警察に言った方が……」

 文さんは俺の背中を掴むと、首を小さく振った。

「警察なんか役に立たない。それに、あれでも健太の父親よ。健太を犯罪者の息子にしたくない」

 健太は足下まで来ると、弾ける様な笑顔を向けた。

「健太もようやくここに慣れて来たのに……」

 文さんはしゃがんで健太を抱き締めた。

「もぅ、逃げ回るのは嫌よ」

「母ちゃん?」

 健太が悲しげな顔で文さんにしがみついた。

 俺は、俺には本当に何もしてやれないのか?

 唇を噛んで考える。

 文さんは不安がる健太の顔を覗きこむ。

「……健太、ここにはもぅ」

「俺が送り迎えします」

 気がついたらそう口走ってた。

 健太と文さんが俺を見上げる。

「昼間とかは無理ですけど、送り迎えくらいならできますよ。健太もやっと空手好きになって来たみたいだし……な!?」

 俺が目線を合わせると、健太は嬉しそうに元気良く頷いた。

「でも、道場にも、亮太君にも迷惑がかかるかも」

 青い顔の文さん。言っちまったものはしょうがない。俺は肩を竦め

「ここは空手道場で、俺も一応有段者ですよ」

 二人を安心させたくて、慣れない笑みを作ってみせた。

 顔を見合わせ、ほっとした笑顔を二人が浮かべる。それを見て、俺はこの思い付きがあながち間違いではないのかもしれないなと思った。

 深いことなど何も考えもせずに……。

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