未来の見えない恋 20
「文さん」
文さんはベッドサイドまでやって来ると、健太の手を握った。そして寂しげに微笑む。
「今日はお別れを言いに来たの」
「え……」
弥生の顔が跳ね上がる。文さんは健太の方を見ながら
「話し合いに決着がついてね、正式に健太を引き取れる事になったの」
ゆっくり顔を上げる。
「しばらくは実家に戻るわ」
俺の胸は締め付けられた。結局、俺は何もしてやれない。
「亮太君」
呼ばれて顔をあげた。そこには、文さんの笑顔。
「出会えて良かった。あなたの試合見て、私、健太と生きて行く勇気を貰えた」
その頬に一筋だけ、雫が伝う。
「けど、できればもっと早くに会いたかったな」
「文さん」
俺と弥生は言葉を無くした。その時、健太が俺の腕を引っ張った。
「亮太」
「ん?」
そして弥生を見上げる。
「亮太の大切なのって、このお姉ちゃん?」
急な質問に、俺は顔が熱くなり弥生を振り返る。やはり弥生も顔を赤くしていた。
俺は健太に向き直ると、一息ついてから、しっかり頷いた。
「あぁ。そうだ」
健太はそれを聞くと、一人前に俺の胸を叩き
「なら守らなきゃな。母ちゃんは俺が守る。だから亮太も頑張れ」
そう言った。俺は言葉以上の想いに頷いた。
「じゃ……私達はこれで」
文さんが健太の手をひく。俺は上手く言葉に出来ず、一言だけ
「ありがとうございました」
口にした。
二人の姿が去って行く。
扉に手をかけた時、文さんが振り返った。その笑顔は涙に濡れてたけど、どの文さんの顔より綺麗で……
「お互い幸せになろうね」
そう告げて出て行った。
残された俺達は、その扉をしばらく見つめながら、自然と手を繋いでいた。弥生は黙って座り直すと、手を握ったまま窓の外をみた。
「あ……雪」
一ひらの白いカケラが天から舞い落ちる。
それは静かで、危うげだ。雪は見る間に宙に舞い始め、まるで桜の花吹雪のようになる。
「亮太……私ね」
弥生が雪を見ながら呟く。
「もう、約束はいらない」
「どうして?」
弥生はゆっくり振り向くと、俺の胸に身をゆだねた。
「ここに亮太がいて、私がいる。それがどんな約束より大切で確かなものなんだってわかったから」
「……弥生」
俺は彼女の名を呼ぶ
「亮太」
彼女が俺の名を口にする。
未来の事なんてわからない。それは、人の気持ちがこの雪の様に、風に吹きとばされたり地面に落ちて溶けたり、そんな儚いものだからだ。
けど俺達は知った。
その儚い雪も、降り続けさえすれば世界の色すら変えるんだと言う事を。
俺はもう見失わない様に、俺の守るべき大切な人を抱き締めると、この想いを刻む様に、唇を重ねた。
世界が今、銀色に輝き始めた。
最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。
明日からはこの話の四年後の話『乙女老い易く 恋成りがたし』の連載を開始する予定です。
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