未来の見えない恋 18
医務室に運ばれた俺に、先生は首を横に振った。
「もう無理だ。このままじゃ繋がりかけてた筋肉が裂傷どころか断裂する。選手生命に関わるぞ」
テーピングを外した足は、異様な色で腫れ上がっていた。痛みも半端じゃない。出来るなら、声をあげたいくらいだが、心配げな健太を見ると、奥歯を噛み締めた。
「亮太、もう十分だ。弥生もわかって……」
猛の声。それにその弥生の声が重なった。
「亮太っ」
背中で聞く声。それは不安に震えていた。
俺は目を閉じる。そして……
「出て行け!」
振り向きもしないで怒鳴った。
医務室が凍り付く。
「だって……」
心配で駆け付けたのは説明しなくてもわかる。弥生の言わんとする所も。だけど……
「会場で待ってろって言っただろ」
俺は拳を握り締めると、低くだけどハッキリ言った。
「俺を信じてろ」
沈黙が降りる。
弥生が息をのむのを感じた。
「わかった。待ってる」
そして再び弥生の気配が遠のいていく。
すっかり彼女の影が消えた後、俺は師範と先生に頭を下げた。
「お願いします」
「だけど……」
「わかってます」
頭を下げたまま訴えた。
「確かに未来に影響するかもしれません。だけど、俺は今アイツとの約束を守らなければ、一生後悔すると思うんです」
俺はさらに頭を下げた。
「お願いします」
猛の声が後ろでした。
「俺からもお願いします」
十津川だ。
そして……
「私からもお願いします。亮太君の気の済むようにしてあげてください」
文さんの声がした。
俺は唇を強く噛んだ。そうしないと、涙が零れ落ちてしまいそうだった。
「まったく」
師範と先生の溜め息が聞こえた。
「……行ってこい」
俺は顔を上げる。そして再び頭を下げた。
「ありがとうございます」
そして、俺は今、決勝の場に立っている。
渦巻く歓声、注がれる視線、集まる期待。
観客席を見た。弥生の姿だけがハッキリ見えた。
俺は頷いて御守りが縫い付けた襟を正して見せた。
弥生はただ、頷く。
そして、一歩、一歩、俺は戦いの場に進み出た。
「礼」
これが最後になったとしても、後悔はない。
相手を見据え、呼吸を整える。
思い残す事はもうない。
「始め」
俺は、迷いなく思いっきり前へと踏み出した。