表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/20

未来の見えない恋 17

 試合当日、朝早くに病院で痛み止めを打って貰ってから、道場に向かう前に弥生の家に足を向けた。

 雲一つない青空は、冬の大気をどこまでも透明な深さに包み、吸い込まれていきそうだ。

 家の前で携帯をかける。すぐに出た声は、あの雪の日以来だ。

「亮太? おはよ」

「今、外にいる」

「え?」

 二階の部屋の窓が開いた。まだ部屋着の彼女が顔を出す。

「待って。今、外に……」

「このままでいい」

 俺は携帯をあてたまま見上げ、目を合わせた。

「亮太!?」

「今から、行って来る。会場で待っててくれ」

 元々話すのは苦手だが、電話だとさらに用件のみになってしまう。

 だけど、弥生は言葉足らずの俺に微笑み、頷いてくれた。

「わかった。待ってる」

「じゃ」

 短い会話。俺は携帯をきって、もう一度弥生を見上げてから、歩き出した。

 たぶん、言いたい事はたくさんあったと思う。だけど、何も言わないでいてくれた弥生の気持ちが、有り難かった。

 俺はポケットにある小さな塊を握ると、足取りを早めた。


 道場では、師範と猛がもう待っていた。

 挨拶もそこそこに、コートを脱ぐと二人の前に立つ。

 ピンと張った真冬の冷気は、神聖な感じすらした。

 薬のおかげで、痛みは全く感じない。普段の稽古通りに行けば……。

「中途半端なら許可はしない」

「はい」

 師範の言葉に頷く。

 もう迷わない。やるべき事も、大切なものも、ハッキリ見える今は……。

「礼」

 俺は全身に気を張り詰めると、己を質す様に構えた。


 試合は次で準決勝だった。

 控え室に来てくれた馴染みの先生が、足をみながらぼやく。

「もう、限界だって。棄権しても、何にも不名誉じゃないよ」

 俺は師範の朝の判断で、予選から時間が空く組み手に限り出場を許されていた。

 決まった形を披露する型に比べ負傷の危険性もあるが、左足に負担をかけない様に自分で工夫できる。

 短時間で決着つければ尚更、都合が良かった。

 予選はそんな感じで何とか誤魔化していけたが……

「さすがに本選はキツいみたいだな」

 先に型で優勝を決めた猛が覗きこんだ。

 わかってる。特に次は全国大会で一度負けた相手だ。厳しいだろう。

「テーピングお願いします」

 俺の言葉に、先生と猛は顔を合わせる。

 二人ともガキからの付き合いだ、何を言っても無駄なのはわかってくれてるはずだ。

「わかった。だけど、見ていて危険だと判断した時は、容赦なく止めるよ!?」

 俺は黙って頷いた。

 弥生は来ているのだろうか。会場には試合以外立たないから、わからない。だけど、どちらにしろ絶対、棄権はできない。もう、中途半端な事はしないと弥生と約束したのだから。

 テーピングが終わり、足の感触を確かめてた時だった。

「亮太~」

「おぅ」

 健太の元気な声。駆け寄って来ると、足下に抱き付く。

「本選、残ってるんだな」

 自分の事の様にはしゃぐ健太に、肩の力が抜ける。そうだな、もう少し平静にならないとな。

「亮太。優勝するんだろ!」

 無邪気な問いに、苦笑して頷いた。

「あ、母ちゃん!」

 ……ゆっくり扉を振り返る。

「亮太君」

 俺は文さんを見つめると、頷いてみせた。

「馬鹿ね」

 泣き顔の様な笑みに、俺は頭を下げる。

「俺、色々話すの苦手だから……。だから見ていてください」

 文さんは二三度頷くと、自分自身を抱き締めるように腕を組み

「わかった。見てる」

 そう呟いた。


「礼。始めっ」

 視界に映るのは、相手であり弱い自分自身。

 打破する、隙は微塵も見せない。気を抜けば、瞬く間に叩き伏せられるだろう。そして何も変えられないまま、床に這いつくばるしかなくなるんだ。

 無音の世界。互いの呼吸だけが耳に届く。

 間合いが一気に詰められた。

 先手を打たれる前に、思いっきり踏み込み右拳を繰り出す。同時に相手の右足が閃いた

「っ!」

 隙が生まれたのはこちらの方だった。踏み込んだ左足の激痛に、僅かだが大きな軌道の誤差が生じ、力も逃げる。次いで、相手の蹴りがその軸足だった左足に食い込んだ。

「……っ!」

 倒れそうになるのを右足で踏張ると、相手を直ぐさま見据えた。

 振り下ろされる拳を避ける余裕がない!ならっ。

 俺は敢えて避けず、顔面でその拳をうけた。強烈な衝撃と打ち砕かれそうな痛み。だが、負けるわけにはいかない!

 左足を再び踏み込んだ。今後は痛みごと大地に踏み付ける様に。

 そして渾身の力をこめ、右足払いを繰り出した。

 次の瞬間、立っていたのは俺の方だった。

 俺の勝利を告げる声が、遠くで聞こえた。

 途端に激痛が走り、俺はその場に崩れ落ちた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ