表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/20

未来の見えない恋 13

 弥生は頬を押さえ、文さんを見上げる。その弥生を文さんは思いっきり睨みつけた。

「良く亮太君の前に顔出せたわね! アンタのせいで亮太君……」

「文さん、落ち着いて」

 激昂する文さんの手を俺は掴んだ。

「……っ」

 少しでも足を動かすと、鋭い激痛が走り、これ以上は動けない。

「離して! 亮太君、ちゃんと言ってやったの?」

 文さんは乱暴に俺の手を振りほどくと、弥生に言い放った。

「このせいで、試合に出られなくなったって」

「……え」

 弥生が目を見開く。次いでそのまま、惚けた様にこちらに目を向けた。

「それ……本当?」

 俺は何も言えない。それが紛れもない現実だったから。

「本当よ。さっき廊下で主治医に聞いたわ」

 文さんが俺が口を開く前に答える。そして、弥生をに掴みかかると強引に椅子から引き剥がした。

「どうするの? 責任とれるの? 高校最後の大切な試合だって事くらい、アナタだって知ってるでしょ?」

 現実に言葉を無くす弥生。文さんはさらに追い討ちをかける様に言葉をたたみかける。

「亮太君は許すかもしれない。けどね、こんな事して、アナタが亮太君の傍にいていい資格なんか、あるわけないじゃない!」

 弥生は冷水を浴びせられた様な顔で、文さんを見つめた。

 文さんはようやく手を離して、弥生を解放する。弥生は力無く数歩後退った。

「……弥生」

 俺の声に、涙に歪めた顔を向けた。

「亮太」

 弥生の哀しいげな、無理に絞り出された掠れた声。何かいいたげな唇をキツく噛むと、弥生は頭を下げ

「ごめんなさいっ」

 顔を両手で覆うと部屋を飛び出て行ってしまった。

「弥生!」

 俺は出て行った弥生を追いかけ様とした。しかし、足の激痛が再び走り、ベッドから落ちそうになる。

「亮太君!」

 そんな俺を、文さんは抱き留めた。そのまま腕を背中に回し、キツく抱き締める。

「亮太君、私ね、今日本当は、彼女に会って……あがいて、それでもダメなら諦めるつもりだった」

 耳元で文さんの声。

 表情は見えないけど、その声が彼女の気持ち全てを語っていた。

「でも私、もう引かないわ」

 まるで宣言するように、厳かな口調。回した手で、俺の髪を撫でる。

「あの子といたら、亮太君、アナタが潰れちゃう」

「文さん。俺は……」

 気持ちは有り難かった。今や文さんの自分への好意は疑いようもない。確かに俺はあの時、文さんを拒まなかった。一瞬でも、文さんと……でも……。

「今日はもう休んで」

 情けなさに目をきつく閉じた。文さんはそんな俺の頭を撫でると、ゆっくり離れた。

「おやすみなさい」

 一人残された病室は冷たい。窓の外を見ると雨が冷たい雪に変わっていて、しばらくはまだやみそうもなかった。


 猛が次の日の朝に、師範と訪ねて来た。

 俺は自分の不注意だったと説明し、頭を下げ、同時になんとか試合に出させて貰う様に頼んだ。しかし、今、無理をすれば今後の選手生命にも関わる。最悪、大学のスポーツ推薦にすら影響しかねない。許可は出来ないと言われた。

「……」

 俺は試合参加が絶望的だと、悟らざるをえなかった。

「父さん」

 猛に呼ばれ、師範は頷き「また今度がある」そう言って出て行った。


 猛と二人の病室は、重たい空気が固体化したようで、息苦しかった。

「……亮太、聞いてもいい?」

 猛は怒った様な顔で見つめる。いや実際、怒っているのだろう。

「亮太どうして、あんな……」

 訊かれて、昨夜の事が蘇り顔が熱くなる。目をそらして、唇をキツく結んだ。

「あんなの、あんまりじゃない!」

 猛が掴みかかる。体が前後に激しく揺さぶられるが、俺にそれを止める資格はない。

「何とか言いなさいよ!」

 悲痛な叫びは弥生の気持ちを代弁しているようだった。でも、俺に答えられるはずない。なぜなら俺自身、もう、何にも見えなくて、何が何だかわからないのだから。

「見損なったわ!」

 猛は涙目で俺を突き放すと、静かに睨み付けた。俺は目を合わせると、自分でも聞いたことないような弱々しい声で

「しばらく、一人にしてくれ」

 やっとの事でそれだけを告げた。

 猛は落胆した顔で、床を見つめると

「わかった。皆にも伝えておく」

 口の中で呟くように言い、背をむけ、出て行ってしまった。

 一人になった病室はガランとしていた。

 ただ、昨夜積もった雪に反射した、むやみに眩しい光だけが、あの夜が明けたのを教えていた。


 午前中で検査は済み、午後には解放された。

 タクシーを待つ母親の背中をぼんやり眺めながら、ただ肌を撫で行く北風に身を竦める。

 包帯に一回り大きくなった左足をに視線を移す。松葉杖を勧められたが、面倒なので断った。少々足を引きずりはするが、大袈裟にはしたくない。

「来たわよ」

 母親の声に顔を上げた時だった。

「五木くん」

「?」

 背後から呼ばれて振り向く。

 そこにいたのは、真っ直ぐこちらを見つめる五十嵐だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ