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未来の見えない恋 11

 俺は口を硬く結んだ。

 嘘はつきたくない。どんな状況であれ、したものは、した。

 それにあの時、猛が来なかったら、たぶん俺は……。

「理由は違うが、キスは……した」

 低い掠れた声は、自分のものでは無い様に感じた。

「嘘」

 弥生の目からまた、一筋涙が伝った。

 俺はいたたまれず、その涙から目を背けた。

 重い沈黙。それを破ったのは、俺と弥生どちらでもなかった。そう、破ったのは……

「嘘じゃない。キスしたわよ」

 文さんだった。文さんは歩み寄ると、腕をくんで弥生をねめつけた。

「聞いてれば随分勝手ね。自分は他の男と隠れて会ってるくせに」

「そんな事……」

 文さんの言葉に弥生は小さく首を振る。そして弁解するかの様にこちらを見た。

 けど、俺は眉を寄せ、目を逸らす。拳を握り締めると、乾ききった唇が見たくなかった光景を語り始める。

「見たんだ。お前が五月達と家で勉強してたって言った日……五十嵐の自転車に乗ってるの」

 弥生の顔が跳ね上がった。その目に明らかな影が浮かんでるのを、俺はやるせない気持ちで見つめた。

「それは……」

 何か言い訳を口にしかけた時、文さんが台詞を奪う。

「休日も一緒よね。観覧車に二人で乗ったでしょ?」

 弥生は眉を寄せると、考えこむように俯いた。否定はしない。いや、できないんだ。

 俺の心に穴がポッカリ穿かれる。弥生は痛みを堪える様に顔を歪め、慌て俺を覗きこんだ。

「だからなの? どうしてちゃんと聞いてくれなかったの? 聞いてくれれば……」

 聞けば、何か変わったのか? 疑って、問い詰めれば良かったのか? 俺は、俺を責める弥生の目を見る事はできなかった。

 代わりに文さんが一歩進み出た。

「あなたは、亮太くんに求めてばかりね」

 この場に不釣り合いなくらいの、呆れ口調だった。容赦ない言葉が、矢の様に弥生に次々飛ばされる。

「アレをしてくれない。コウしてくれなかった……じゃ、あなたは亮太に何してあげたってわけ?」

 弥生は一言も反論できない。文さんは俺と弥生の間に立った。

「私なら求めない」

 静かに、だけどハッキリと言い放つ。

「傍に……いてくれるだけでいい」

 迷いない言葉に、俺ですらなす術がない。

 張り詰めた静寂。

「……私、帰ります」

 消え入りそうな声がした。弥生は唇を噛むと、階段を駆け降りようとする。

「待てよ!」

 俺は慌て文さんを避け、手を伸ばし、弥生の腕を掴んだ。

「離して! 私……私……」

 弥生は腕を振り回し、俺を振り切ろうとする。

 嫌だ。こんな状態のまま、別れるのは! とにかく、二人で話をしないと!

「離してよ!」

 俺が落ち着くように口を開きかけた時だった。弥生が思いっきり体を揺すり……

「!!」

 雨に濡れた階段に足を滑らせ、弥生の体が踊った。

「え!?」

 考えるより早く体が動いていた。

「弥生っ!」

 俺はとっさに弥生を力の限り引き寄せると、自分の後方に投げる様に放す。代わりに、自分の体は宙に浮き……とっさに弥生から手を離した。

 後はまるでスローモーションだ。下手な映画みたいに、全てがゆっくり動き、誰かの悲鳴が水底から聞く様に鈍く耳に響く。

 次の瞬間、体が強く打ち付けられ、視界がグルグル回る。耳には階段が悲鳴を上げる音が鳴り響いている。

 何度かの衝撃の後、ようやく止まった。

 ……視界が狭まっていく。

 俺は真っ黒な天からハラハラ舞い落ちる雨が弥生の涙に思えて、早くあがればいいな……ぼんやり遠のく意識の中で、それだけを祈った。

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