未来の見えない恋 1
前作、片思いのススメの後日談です。こちらから読んでも差し支えはありませんが、よろしけば、前作の方もよろしくお願いします。
木枯らしが肌に冷たく突き刺さる。凍える痛みに耐え視線をあげたその先に、仲間の待つ明かりが見えて、俺は足を早めた。
道場なら、真冬の寒さにも裸足で立ってられるのに、ここじゃ一秒だって我慢したくないって思う。人間って不思議だ。
自動ドアが開くと同時に、体に張っていた薄氷が一気に解凍しそうな温風が身を包んだ。
いつものマック。いつもの場所に、いつもの面子がいる。いち早く俺に気がついた弥生に軽く手を上げると、注文を済ませてから席に向かった。
弥生は、いつもすぐに俺を見つける。犬並みの嗅覚でも持ってるのか? そんな事を考えながら、コーヒーを手に空いてた彼女の隣りに座った。
「遅い~。何してたの?」
さっそく五月の小言だ。俺は面倒で
「職員室に行ってた」
とだけ伝えた。
「……え」
不安に曇る弥生の顔。付き合ってもう一年になるが、相変わらずのそそっかしさに今更ながら苦笑する。
「推薦が、どうかなったの?」
俺は肩をすくめてみせた。一年前までは恋の話ばかりしてた恋愛研究部、コイケンのメンバーも、高三になった今は専らの話題は進路だった。
俺と猛はスポーツ推薦で決まってるから、受験組なのは弥生達の方なのに、何かにつけてこいつは俺の心配をする。
「いや、バイト変えたから、推薦に響かないもんか聞かれただけ」
「え、前の辞めちゃったの?」
問題集を閉じた睦月が顔を上げた。でも、その問題集が受験用でないのを俺は知ってる。勉強の遅れてる十津川に教える為のものだ。そんな場合じゃないだろ、と言いたいが、そんな所が睦月らしい。
「前の所も悪くなかったんだけど」
「うちを手伝う事になったのよね」
猛が嬉しそうに言ってくれた。掌を合わせ
「バイトで時間割くくらいなら、年少部のコーチしたらどうかなって。これなら、自分の稽古にも役立つし、バイト代も出せるし、一石二鳥でしょ」
みんな説明してくれた。俺は話すのが苦手だから助かる。
「でも、どうしてまだバイトしてるの? だってもう……」
弥生の指摘。こいつは普段抜けてるくせに、妙に鋭い時がある。でも、俺は話たくなくて黙って目をそらした。
「ね、どうし……」
弥生の追求が始まりそうな時だった。微かな電子音。誰かの携帯が鳴る。
「あ、私だ。ちょっとごめん」
助かった。弥生の携帯だ。彼女は慌て立ち上がると、席から離れていった。
俺は胸を撫で下ろし、それを見送った。
弥生の姿が壁の向こう側に消えたと同時に、誰かが脇をつついた。
「いいの?」
「何が?」
五月の怖い顔がそこにあった。他の二人も、俺に何故か呆れた様子だ。
「最近、弥生、五十嵐君からの電話とかメール多いのよ」
五十嵐……俺は記憶を辿る。確か、一年前に弥生に告った奴だ。
「もしかして、まだ諦めてないのかもね~」
猛が俺の反応を試す様に言う。馬鹿馬鹿しい。一年も前に弥生はそいつを振ったんだ。それに、相手だって俺達が付き合ってんの知ってるわけだし……。
「亮太、付き合ってるからって、安心してない?」
五月の言葉に無言で答える。相手を信じて、何がダメなんだ?
「ダメよ。それは」
睦月まで非難の声。なんだ? 言いたい事が理解できない。
「亮太、一年、ほぼ友達レベルで放置だもんね~」
「嘘! 信じられない!」
猛のいらない言葉に、二人は過剰反応。来たばかりだけど、もう帰りたくなってきた。
「じゃ、その……まだ、何も?」
五月の裏返った声に、俺は顔が赤くなり、それを見られない様にそっぽを向いた。
「キスだって……」
猛が二人に耳打ち。二人は信じられないといった顔で俺を見つめる。
確かに、キスは文化祭のあの日以来したことはない。けど、なんだよ。悪いか? だいたい、付き合ったからってすぐに手を出すようないい加減な事できるか。したくないわけじゃないけど……いや、むしろ……。俺が余計な事を考えそうになった時だった。
「ごめん~。卒業委員の事で…」
弥生が戻ってきた。俺は心臓を鷲掴みにされた様な痛みと、込み上げてくる恥ずかしさに立ち上がった。
「猛、行くぞ」
「え、稽古の時間にはまだ……」
「初日だ。遅刻するわけにいかないだろ」
まだ口もつけてないコーヒーを手にすると、出口に向かった。
「待って! 何か怒ってる?」
弥生の声。変な想像しかけたのに後ろめたさが募り
「知らん」
つい声を荒げてしまった。
……全く、こんな事なら来るんじゃなかった。俺は小さな後悔をしながら、すがるような谷吉の視線を置いてけぼりにして、再び冷たい世界に身を投じた。