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第二章:死神のギルド生活

 「そういえば、名前を聞いていなかったな。」

 「それ今さら?まあ俺も聞いてなかったけど。」

 黒い外套を着た白骨のモンスターはフォークネルを名乗り、お宝の入った厚手の袋を背負った小柄な盗賊の方は『風のフラウン』と名乗った。

 王都だった廃墟から、ギルドのある町までは2週間ほどの行程だった。往復でも1か月の1人旅なら食料とかはどうしているのだろうとフォークネルがフラウンに聞いてみると、

 「王都のほとりに小さな隠れアジトを作ってあって、予め必要なものはそこに入れてあるのさ。」

との返事。どうやら廃墟の宝探しは中継基地を作り何往復もする価値のある、実入りの多い仕事だったらしい。他のギルド仲間も使っているからそこはまだ見せられないということで、フォークは王都の出入り口で半日ほど待たされた挙句、例の袋を引っ提げて合流してギルドの街へと出発した。

 「最近はもう何も見つからないってんで、他のやつらはさっさと諦めたし、ギルドマスターにもそろそろそこを閉めろって言われてたんだけどさ。俺の感が諦めなかったわけよ。」

 「残り物には福がある・・・ってことかな?」

 「違いねえ。」

 フォークネルからもらった宝石箱を入れた袋を背負い、そう答えてフラウンは笑う。口では笑っているが目つきは鋭く、フラウンはまだ完全には警戒を解いてないようだ。盗賊がアンデットモンスターに対抗できるとも思えないが、こちらも手を出す必要はない。そう思うフォークネルだった。

 「フォークネルの旦那は腹は…減らないよなあ。」

 そう言って盗賊フラウンは弓を用意し、道すがら狩りに出かける。食べられる野草にも詳しいそうだ。

今後の勉強のためにフォークネルも寄り道に同行した。フラウンは迷惑そうに顔をしかめたが、フォークネルは結界魔法陣を応用した隠蔽魔法で姿と気配を消すと、

 「大丈夫、邪魔はしない。」

と言ってフラウンを驚かせ、と同時に納得させた。

 「やっぱすげえな魔術師ってのは。昔取った杵柄ってやつか?」

 「杵は持ったことはないし、これを使ったのも魔法学校以来、久し振りじゃないかな。」

 時々ちょっとずれたことを言う魔術師に盗賊も躓いたりずっこけたりだった。

 盗賊を名乗っていても元は狩人だったらしく、忍び足も弓矢の間合いまで獲物に近づくためのスキルの応用だった。動物とモンスターの間のような、角の生えたウサギを何匹か狩ったあと、元の道に戻って火をおこし、皮をはいで焼く準備をする。

 「角と皮はちょっとした小遣い稼ぎになる。こうやって途中で道草食いながら旅をするのさ。」

 (なるほど、一人旅なら得意の忍び足で手ごわいモンスターに見つからないように、狩りをしながら旅ができるわけだ。中々優秀な盗賊さんだな。)とフォークネルは一人ごちる。

 「ところで、道草は食べないのか?」

 「だーかーら、そっちも喩えを使うのに、なんでこっちの喩えは通じないの。」

 笑いながらそう言ってフラウンはしかめ面をする。どうやらそれが彼の癖らしい。風のフラウンという通り名は気配を消して風のように素早く動く得意技を指して言うが、フラウンも本名ではなさそうだ。

 並の人間なら2週間の行程だが、フラウンなら1週間ばかりで往復できるとかで、伊達に風の名を頂戴したわけではなさそうだった。フォークネルは飲食をしないから、その分2週間もかからずギルドのある町にたどり着くかもしれない。

 夜、寝る時が旅の途中のフラウンにとって一番難しいことだったが、眠る必要のないフォークネルは寝ずの番を請け合い、久方ぶりにぐっすりと眠った。その間、フォークネルは周辺の警戒も兼ねて、彼からさほど離れない程度に周りをうろつき、漂っている死者の魂を吸い寄せては食らった。

 「やっぱりそこら辺はモンスターだな。・・・死神みたいだ。」

 ある時、こっそり起き出して様子を見ていたフラウンにフォークネルが言われたことがある。フラウンにとって魂は見えないが、フォークネルが何をやっているかは察することができる。2人とも死神という言葉は知っていても、実際に本物に出合ったことはないし、会いたいとも思わないが。

 「もうこれは慣れるしかないだろうね。我慢すると強烈に飢える気持ちになる。」

 「そうすると見境が無くなる?」

 「・・・かも知れない。」

 お互いに真面目に話し合う。フラウンの方はフォークネルに憚って嫌悪感を隠している。それを察しているから、フォークネルもそれからあまり話を拡げようとはしない。


 「よう、久しぶりだな。」「おやぁ、面白いもの持ってるじゃーん?」

 「てめえら…ギルドに追放されただろ!?」

 出発して数日後の道中、昼間の曇天の中、出会いがしら、近くの草むらからいきなり出てきた彼らはそう言い、フラウンも身構えながら腰の短剣に手を添えた。(しくじった、フォークネルの旦那が居るから油断した・・・ってあれ?)

 フラウンが周囲を見渡すと、フォークネルが居ない。逃げられたと思うと余計に焦る。

 4人はかつて乱雑で残忍な仕事をさんざん働いてギルドを追い出された一派だった。フラウンは彼らの嫌な噂も聞いたことがあるし、既にもう歴とした野盗の類と言ってもいい。(1対1でもまともに勝てるか怪しいのに4人かよ・・・)

 「まあ言いたいことはわかるよなあ?…その袋、置いてけ?」

 「やなこった。どうせ取り上げた後に始末するんだろ?」

 「そりゃそうだ、俺たちがここら辺に居座ってるって言う証拠は残したくねえなあ」

 そう言って野盗たちは笑う。フラウンは少しずつ逃走ルートを決めて間合いを離そうとするが、4人はしっかり動いて、少しずつ包囲の体制をとる。

 「弱い者いじめはあまり感心しないなあ。」

 強めの口調でそう言って、黒服の白骨が突如、4人の背後に現れた。白骨のフォークネルには声帯がないので念話魔法を使うが、わざと波長を強くして軽い頭痛をもたらす程度にはできる。いきなり前触れもなく気配も感知されずに現れたので、慣れているはずのフラウンさえも度肝を抜かれた。さらにフォークネルは片手をかざすと、周りの草むらや林の枝葉が騒ぎ始める。突然の状況に4人はフォークネルの方を振り向いて身構えるも、更に別方向からの正体不明のその動きに焦りが増大して思考が混乱し、動きが止まりスキを作った。それだけでフォークネルにとっては十分だった。

 突如、4人のいる地面から光の柱が浮かんだ瞬間、4人は騒ぎ始めたが完全にその柱に閉じ込められた形となった。そして、フォークネルは両手をかざす。4人から魂が抜かれ、彼がそれを吸い取る。騒ぎはすぐに終わった。光の柱が消えた後、倒れた4人の死体だけが残った。

 「・・・ついにやっちまったなあ旦那。でもまあ助かったよ。」

 しかめ面を通り越した険しい顔で答えるフラウン。

「別に倒してしまって構わなかったんだろう?」

 声も見た目も無表情のまま答えるフォークネル。生者から魂を抜き取るには葛藤があり、実際にできるのか不安もあったが、ちょっとしたトリックを仕掛け、慎重に段階も踏んで無事に目的を果たした。樹木を揺らしたのは吸い寄せ魔法の応用で、光の柱は結界魔法陣の応用だった。彼の作る結界は外からの刺激から守るよりも、封じ込める力の方が強い。ほとんど魔力のない盗賊程度では全く対抗手段がない。

「びっくりさせ過ぎだぜ。・・・で、後始末どうするんだこれ。」

 フラウンに言われた通り、旅人の道としてもギルドの通り道としても死体が道端に野ざらしというのはあまりよろしくないらしい。それもそうかとフォークネルはまた、別の魔法を試すことにした。 

 吸い寄せ魔法のさらに応用、先ほどは草むらや林の樹木の枝葉を動かしてみたが、それにコツをつかんだ彼は、今度は野盗だった4人の死体を動かしてみせた。まるで糸で操られた人形のように立ち上がった4体にそれにもびっくりしたフラウンだが、先ほどよりかはすぐに冷静になれた。

 「あーそれじゃそのまま穴掘って埋めるかどこか遠くへ吹っ飛ばしてくれるかな?」

 結構な無茶ぶりだなとは思ったが、フラウンの要請に応えて、フォークネルは4人をしゃがませたかと思うと、ものすごい勢いでジャンプさせて、一人ずつ順番に、どこか明後日の方向へと死体を飛ばしてみせた。死体たちは「やな感じ~」「今日はこのぐらいにしといたるわ」「お風呂入れよー」「また来週~」とフォークネルが言葉を添えてお星さまとなり、飛び上がったときには何か骨か肉が壊れるような音がしたが、リミッターを外して肉体の限界を超えて動かしたようなものだからどこかしら無理が生じたのだろう。

 「・・・自ら穴掘って埋まってもらうには時間がかかりすぎると思ったのでね。」

 フォークネルがそう言うと、フラウンはうつむき加減に頭を振り、両手を広げて仕方ないというような態度をとった。

 「やっぱ魔術師は引きこもりでもヤバいな。…マジヤバい。いろんな意味で。」

 「・・・ほめられたと思っておきましょ。」

 これで4人が居た痕跡はほとんどなくなった。切り合いもなかったから流血もない。

 ・・・結局、それ以上手ごわいモンスターや野盗などに出遭うこともなく。12日間程度で2人は町にたどり着いた。


 「ようこそ。出会いの町バドーへ」


 町の目の前でフラウンはそう紹介した。

 フォークネルの生前の記憶ではたしか、そこは農村と宿場がごちゃ混ぜになったような小さな町のはずだった。王都と他の領地とを結ぶ交通の要所でもあったが、王都が廃墟となった交通の要所として町は今も健在だった。昔聞いていた町の名前も変わっている。農家や畑はまだ町の郊外にある様だが、宿場町として発展したのだろう。

 まだ昼間のうちについてしまったので、フォークネルは一人、町での混乱を避けるべく近くの森林にて夜まで待機することになった。隠蔽スキルを使うことも考えたが、盗賊フラウン曰く

 「この俺さまもそうだが、ここの聖職者や魔法使いに勘の鋭い奴が結構いるから、見つかったときに余計に大騒ぎになるぜ。」

とのことで、諦めた。

 先に入ったフラウンがギルド等とひと通り根回しをした後、夜になってからフォークネルも(結局隠蔽スキルを使うことにはなったが)町に入ることができた。

 フラウンはギルドの場所をくらますために少し複雑な道を通ろうとしたが、フォークネルは「土地勘はある方だからすまないが位置関係は覚えてしまう」とのことで、諦めて素直なルートをたどった。

 夜だけに人通りは少なく、誰かに怪しまれることもなく、ギルドの入り口までにさして時間はかからなかった。古びた木製のドアに「掘り出し亭・休み」と表札が掲げてあり、見た目は休業中の居酒屋のようだ。フラウンが、恐らく合言葉を兼ねての何かのリズムで何回かドアを叩くと、素早くドアが開く。フラウンが「早く入れ」と急かされて、思案する間もなくフォークネルも急ぎ店の中に入っていった。

 中はテーブルの上にロウソクの明かりが一つだけ、居酒屋を開けそうなスペースではあったがほとんどがらんどうだった。そのテーブルの奥に一人、テーブルに両腕をついて祈るような格好で男が座っている。

 「フラウン、そちらさんが例の白骨死体さんか?」

 「ええそうです。まだ目が覚めて間もないのでいろいろトボケてはいますが、腕は確かですぜ。」

 座っている男はどうやらフラウンの上役らしい。だがギルドマスターというほどでもないようだ。

 「こんばんは。私はフォークネル。元は滅んだ王国の宮廷魔術師だが、今は御覧の通りさ。」

 白骨死体呼ばわりのことは置いといて、フォークネルが自己紹介する。さらに続けて、

 「モンスターをギルドのアジトにまで引き入れて大丈夫だったのかな?」

 と尋ねるが、例の上役は、

 「問題ないさ。これも信頼の一つだと受け取ってくれ。賭けの一つでもあるが。」

 とこともなげに、だが表情を隠して答えてみせる。

 (多分他にも秘密のアジトがあるのだろう。ここ一つ潰されてもさほど問題はないわけか)

 そうフォークネルは推察したが、当分は詮索しないことにした。それはこちらの信頼を示す証になるだろう。

 「いくつか質問したいことはあるが、取り敢えずフラウンに状況報告を聞いてからだ。ちょっと席を外すよ。あまりウロチョロしないでくれよ?」

 そう言って2人が部屋からいなくなり、フォークネルだけが残った。

 空間認知の魔法である程度探ってみたが、部屋には出入り口と二人が去っていった扉以外は窓さえ見当たらない。もしかすると隠し扉か何かの仕掛けがあるのだろうが、今のフォークネルにはそれを探し出すことができなかった。そんなに深く詮索する気もなかったが。

 しばらくすると、2人が戻ってきたが、その間、フォークネルは立ったままで微動だにしなかったので、上役の方は驚いたような、そして意外そうな表情を浮かべていた。

 「他のヤツに見張らせていたけど全く身動き一つしなかったな。」

 「そうなのか?…見張りの視線も感じなかったが?」

 「うちには音に鋭いヤツが居て、何か変な音がしたら、夜目の利く他のヤツが隠し小窓から確認する算段だったんだ。幽体離脱でもしてるのかと思ったよ。」

 「やろうと思ったらできるかもな。でも今はあまり意味がない。」

 「・・・ホントにお坊ちゃん育ちっぽいなこの旦那。なあフラウン?」

 「でしょうね。人間にしても、モンスターだとしても色々と型破りなのは確かです。」

 上役の評価に苦笑しながらフラウンが答える。ああそうか、ここの人らが見れば自分は世間知らずの良いとこのお坊ちゃん育ち扱いになるのかと、フォークネルは独りごちる。

 「フラウンから色々聞いたが実際にアンタにいくつか質問させてもらう。」

 そう言って上役はいくつかの質問をした。それは、ここまでの身の上というよりも、何ができて何が不得手かを聞くような実務的な質問だった。

 「自分でもまだ何ができるかはわからない部分があるよ。それは後から追々知らせていくと思う。」

 「・・・まあ当分はそれで結構だ。それと住処だがこちらで用意するか?それともあそこに戻るのか?」

 あそこ、というのは廃墟になった王都のことだった。国が滅んで誰も居なくなったとはいえ、研究室がまだ存在するので、フォークネルが研究の続きに意欲を示すことに上役は察していた。

 「それもあるが、先ずは色々と今の周辺の状況を確認したい。あとは、あそこは私の持ち物だと主張する気はないので、適当な穴倉でも見つかれば、そちらに私の分の研究室として移設したいと思う。」

 「分かった。その件はそれでこちらも願ったりだ。引っ越しが済むまでは誰にも手出しさせないようギルド側で保護させてもらう。できれば他の魔法研究の情報もほしいが。」

 「ある程度は教えられると思うし、書面でまとめて報告したいと思っているが、専門外のことは推測するしかない。そこら辺は他の人に頼んでくれ。」

 お役所仕事というわけではないが、ある程度の縦割り行政のような風習が研究所にはあったので、フォークネルにしても研究室の中のすべてを知るわけではなかった。

 「それで、あんた自身のここでの取り扱いだが・・・いくつか依頼したい仕事がある。仕掛けやら人の手配やらいろいろ準備やタイミングが必要なので、後日追って知らせたい。連絡手段はどうしようか?」

 「そうだな・・・どこかに秘密の掲示板があればそれで。当分はこっそりそこら辺をうろついていると思うから、定期的にそこを確認することにしよう。」

 「OK。・・・教会にも手出ししないように一応手を回してみるが、あまり当てにしないでくれ。昼間は特にくれぐれも連中に見つからないようにな。あいつ等はモンスターにうるさいし、特にアンデッドなら、なおさら真っ先に浄化とやらの対象になる。」

 「わかった。昼間は大人しくしていよう。」

 昼間の町中はさすがにうろつくのは無理そうだ。ただ夜間は少し治安が悪化するらしく、教会の聖職者でさえ必要がなければ外出することもない。

 「で、そちらのギルドはお宝探しがメインなのかな?」

 「昔は縄張りの中で盗みもやっていたがちょっと組織が大きくなりすぎてな。この土地の領主に目をつけられたから、連中にワイロを渡して見逃してもらう代わりに、領地外の遺跡やらダンジョンやらの探索を引き受けるようになったのさ。その意味では真っ当な冒険者ギルドと言えなくもない。盗賊だけでなく冒険者や魔法使い、僧侶とかもうちに登録されてる。…まあ裏稼業もいくつかやっているが。」

 最後の一言はギルドの上役らしい凄みを利かせた言葉だった。

 (私はそのギルドの一味となるわけか。そのうち裏稼業とやらもやらされるだろうな。多分ソッチがメインだ・・・)フォークネルは考えたが、今は深く考えないことにした。


 夜も遅くなったので、一通り話し合いが終わった後はそこで解散となった。フラウンは専門の盗賊宿に泊まるために別れた。また明日の夕方にでも合流したいとのこと。フォークネルは一度町の外に出て、新たな魔術を試してみる。

 試した魔術は結界魔法陣のひとつ、転移魔法陣だった。また研究室に戻るのに歩いて行くのも時間がかかるためだ。イメージは最近のものに更新されたので、問題はなかった。自分のいる地面に魔法陣を展開した後、一瞬でそこからいなくなる。そして、元の研究室の一角に転移が完了した。

 (研究室に籠りっきりのときはあまりやらなかったな。あのころは目一杯魔力が必要だったし、里帰りするときぐらいにしかやらなかったしな・・・)

 そう思い耽り、ふと自分の故郷や家族について思い出す。だが、母は次男になる彼を生んだ時すぐに亡くなり、それが元で父や兄とは不仲までとは言わないものの疎遠になっていた。父は領地の経営に忙しかったし、兄はすぐ騎士見習いとして故郷から出て行ってしまった。年に2~3回、領主である父親に挨拶をするために帰るぐらいだった。父親のところの領民は気さくにフォークネルに話しかけてくれたように彼は思っていたが、今と同じようにどちらかというと必要最低限の言葉を交わすことが主で、あまりいい思い出を持っていない。

 我に返り、研究室の家探しを再開する。とりあえず自分の担当範囲だった部分を確保することにした。と言ってもとりあえずは宝石だけあればいいわけだが、生前仕込んだものや研究途中のものもそのまま残っていたので、取り急ぎそれをかき集めた。

 (そうだ…あれも持って行こうか。今は持ち主も居ないし、数体ほどもらっていこう。)

 生前、担当外だったが興味を持っていたモノも思い出した。いったん研究室を出て、別の倉庫に赴く。その倉庫は王宮の真下にある地下洞窟の中にあり、これまた研究室への地下通路と同等以上の王国の機密事項だった。一方はかなりの大物で、もう一方は魔法のアイテムというよりも芸術品のような造形だった。どちらもそれらを動かすために宝石魔術を仕込んであり、必要があればフォークネルでも動かせるようにはなっていたので、運び出すのに苦労はしなかった。

 (あとは新しいアジトか・・・先ずはあそこはどうだろうか?)

 フォークネルは王都のはずれにある、地元住民用の集団地下墓地のことを思い出した。中の広さは千差万別だが少し弄れば彼が使いやすい環境になるだろう。

 早速、集団地下墓地の出入り口の近くに転移してみる。そっちは先ほどとはちがい生前のおぼろげな記憶だったので、推定の場所に転移したものの、出入り口を探すのに丸2日ほどかかった。そこは現在、現役で使われているわけでもなく、草木も生い茂り見つかりにくいのも猶更だった。だが秘密基地として条件は格別だ。透視や感知魔法も最大限に使ってやっと見つけた出入り口は半ば草木や土砂に埋まっていたが、少し掘り出すと中は大した崩落もなく、その遺骨の数の多さとともに健在だった。

 良くも墓荒らしに遭うこともなく中が残っていたなとフォークネルは思ったが、貴族や王族、当時の富裕層を除く一般市民以下の集団墓地として利用されており、宝石のようなたいした副葬品もないまま遺骨が収容されていたので、盗賊から見て魅力がない獲物だったのだろう。

 出入口は草木や巨大岩でカムフラージュして、例の倉庫で持ち出した造形物を目立たない所に置いて見張らせる。巨大な岩はもう一つの大物に手伝わせた。ここに来るまでも常時死者の魂を吸い取っており、魔力を貯めておく専門の魔力宝石も予め研究室から持ち出したので、魔力は豊富にあった。彼の指には3つの宝石が光っている。ひとつは動く白骨として目覚めたときに元々付けていた赤いもの、残りは研究室で取り出した白いものと青いものだった。

 そこからは単調な労働だった。地下墓地をアジトに換えるための部屋割りに遺骨の再配置、宝石魔術の研究に必要なもの、別の地下倉庫にあった例のアイテム類の輸送、研究室の机と椅子はさすがに朽ちていたので、あとでギルドから調達することにした。


 最後に、もう無用となった研究室から出る時に、生前自分が定位置として座っていた場所の壁際にふと、仮面を見つけた。仮面舞踏会の仮面。あのころ、しつこくまとわりついていた王国のお姫様がフォークネルとの約束を取り付け、一度だけ舞踏会に参加したことがあった。舞踊の心得さえあれば、それは身分不問で参加できた。舞踏会の前日までにある程度はお姫様の指導と練習を経て、自分なりにも驚くほど上達したようで、2人はその夜、一身に衆目を集めた。

「やるじゃん魔法使い先生~?センスあるわよ。」

「そりゃどうも。姫様の指導のおかげですよ。舞踏会も楽しいものですね。」

 夜遅く疲れ果てた二人は舞踏会の会場となった館を抜け出し、とある外庭の長椅子に並んで座って、舞踏会上のテーブルの上から拝借した少しずつの料理と飲み物を広げて、笑いながら感想を言い合ったものだ。

 今思えば、彼にとって、2人にとってそれが一番の思い出だったのかもしれない。フォークネルは投獄されて彼女の行方末も知らず、今は白骨の身だ。あれから数十年以上経った今となってはもう、再会することもない。ふと、仮面に手をかざして壁から取り外そうと試みたが、経年劣化で脆くなっていたのか半分に割れて、片方が地面に落ちてしまった。手にした残りのその半分だけを、今は苦い思い出として、フォークネルは懐にしまった。


 5日ほど開けて、ひと通り引っ越しが終わったフォークネルは夜中、ギルドの秘密の掲示板へ向かった。見た目はただの依頼や募集の掲示板だが、呼び出し符号的な意味不明なメッセージが入ったものもいくつかあり、どうやら他のギルドメンバーへの情報通信の場でもある様だ。

 彼は目当てのメッセージを見つけ、その内容を確認する。視覚がないので手でなぞるようにして魔法で読むしかないが、幸い文法は昔も今も大して変わらなかったので(というかギルド側が忖度してくれたようだ)、たやすく読むことができた。

 (こちらは準備完了。連絡に来られたし。)

 日付は書いてないが急ぐ必要はありそうだ。フォークネルはそのままの足で以前話し合った居酒屋を尋ねる。暗号であろうノックのリズムを知らないので、事前に約束した鈴をドアの前で静かに鳴らした。例のごとく素早くドアが開いたので、急ぎ中に入る。

 「ちょっと遅かったなフォークネルの旦那。引っ越しでもしてたかな。」

 「まあちょっと忙しかったのは確かだよ。・・・遅くなってすまなかった。」

 例のごとくロウソクの火を一本立てて、テーブルの奥でフラウンが座って待っていた。

 そういえば翌日に会う約束をしていたがすっ飛ばしてしまった。ひとつのことに集中すると、他の約束を忘れるというのはフォークネルの悪癖のひとつだった。幸い、その点についてフラウンは怒っていないようだった。

 「ま、いっか。こっちも野暮用がなかったわけじゃないからな。・・・それで仕事なんだが。」

 内容は、王都の研究室の引き渡しと引継ぎだった。ちょっと肩透かしを食らった気分になったが、いきなり誰かの魂を奪えとかそういうものではないので安堵した。

 「ちょうどこちらも引っ越しが終わったのでね。タイミングが良かったようだ。」

 「地下墓地に移したんだっけか。…なかなかいい場所を見つけたな。」

 フォークネルはそこまで話していないのに(なんでそれを?)と驚く。

 「こっちにも情報網があるんでね。ちょっと不用心だったな。旦那に隠れて監視してたのは済まねえが。」

 王都や地下墓地で動いているときはいろいろと作業に夢中で隠蔽魔法を使っていなかったので、確かに不用心だった。ここら辺がお坊ちゃん育ちと言うことなんだろう。ただ、王都だった廃墟とここギルドまでの2週間はかかるし、さらに王都から地下墓地までも数日かかる距離にあるから、フォークネルには知らない情報通信手段があるようだ。

 「ああ、伝書バトととある魔法のアイテムだよ。あと旦那を監視するチームが現地で動いてる。俺たちの知らなかった地下墓地に飛ばれたときはさすがに焦ったけどね。・・・アイテムの方は詳しく教えられないが。」

 察したフラウンはあっさり、焦ったという部分は笑いながら答える。あまりいい気分ではないが、フォークネルは異形の新参なのだから我慢するしかない。

 「あと別倉庫にあった例のデカブツと彫刻のことなんだが。アレらは旦那以外にも動かせるのかい?」

 盗賊ギルドとしての鋭い問いにフォークネルは観念して答える。どうやら隠し事はできないらしい。

 「宝石魔術の技術と、それらを動かせる方法を知っていればね。魔力をかき集めるのが大変だろうが。・・・できればアレ同士が戦う風景は見たくないな。もし町中だったら相当な被害が出る。もともと戦闘用でもないんだがね。1体ずつだけ残して後は全部引き上げさせてもらおう。」

「ま、それも仕方ねえな。そいつらが必要になったら、別途相談しよう。」

 フラウンも納得した。ウチのギルドでもあれを満足に動かせる人材がいるかちょっと怪しいし、下手に弄ってもし暴走されたら確かにヤバい。

 フォークネルは研究所や倉庫の研究内容や残ったアイテム中身を記した書面を渡した。専門外の部分もあるのでそれですべて網羅しているわけではないが、フラウンはそれを喜んで受け取った。白骨のモンスターをギルドに連れてきたことで上役とギルドマスター以外はフォークネルのことを物凄く警戒しているとのことだったが、その一方で(彼らにとって)ネタ切れになっていたはずの廃墟から追加の宝物が想像以上に収穫できたことでフラウンの評判も上がったとのことだった。

 それから3日後、準備のできたギルド側から複数の冒険者らしき人物が同行して研究室に向かった。人数構成としてはフラウンとは別の盗賊が1人、護衛役の戦士2人、魔法使いと僧侶が1人ずつの5人で、フラウンとフォークネルを合わせると全員で7人となった。

 フォークネルが発動した、全員をすっぽり囲う魔法陣で転移したとき、風のフラウンは旅情もクソあったもんじゃねえとしかめ面でぼやいていたが、他の人は移動が楽になったと喜んだ。

 研究室の案内は比較的短時間で済んだ。予め知らないものには触らないよう言ってあるので、全員が慎重に動いた。地下倉庫の方はみなが驚くばかりだった。例のデカブツのほか、魔力のかかった武器防具などが数が少ないといえど手付かずであり、戦士2人はその場で試しに素振りをしそうな勢いだった。

 「かつての王国とやらは戦争になったんだろ?武具は全部使い果たしたわけじゃないんだな?」

 「もともと数が揃ってたわけでもないし、全員が魔法の武器を楽に使えるわけじゃないからね。簡単に扱えるよう工夫はしてあったはずなんだが、それでも限界があったようだ。」

 「宝石が仕込んであるヤツはお宅の担当じゃないのかい?」

 「たしかに指示通り宝石に魔法や魔術を仕込んだこともあったが、その宝石を武器防具に組み込むのは別の技師連中がやっていたのさ。」

 戦士の1人がそう尋ねると、この手の武器道具には専門外だったフォークネルは推測で答えるしかなかった。

 結局、研究室や宝物庫、地下倉庫にあったものを盗賊と魔法使いが相談しながら記録して仕事は終わりとなった。今後ギルドからは人が更に派遣されて、研究と発掘が進むだろう。記録係の2人がフラウンとも相談しながら現地で報告書まとめているその間、ひとり僧侶だけがアンデッドモンスターであるフォークネルを睨みつけていた。一応、ギルドとしては教会に手を出さないよう約束は取り交わしていたが、個人レベルではやはり思うところはある様だった。フォークネルは丁重に司祭級の彼女を無視するしか方法はなかった。

 一行がギルドのある町バドーに帰還した後、「ここには過去の歴史を記した書物もないのですね。正直がっかりしました。」とは彼女の感想の弁だった。何か教会や宗教に関わるような神秘的な遺物があれば、彼女の気分は変わったかもしれないが、フォークネルの案内した部分はどうしても魔法魔術の類しかないので、彼女の所属する教会として収穫ゼロは仕方ないところだった。

 初仕事はフォークネルにとって正直拍子抜けだった。ただ、教会から来た僧侶の発言と視線が心を重くさせた。聖職者である彼女や教会にとって、白骨化してなお蠢く彼は浄化すべき死神でしかない。多分、分かり合えることはないだろう。フォークネルはそう思って彼女と無表情に別れた。

(そのうち私は教会に暗殺されるのだろうか?・・・暗殺というか浄化なのだろうけど。)

 暗い気持ちの中、そう思慮を走らせるフォークネルだった。

 フォークネルがアンデッドモンスターとして目覚めて、一か月程度の出来事だった。

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