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序章

 その男は、さまよっていた。

 日も射さらない曇天の下、黒い衣を引きずりながら、重い足取りで、杖らしき長い棒をつきながら、草木もまばらな荒れ地の中を当てもなく歩いていた。

 その男の息遣いは聞こえない。時折袖から見える手は白く、肉もなければ皮もついていなかった。顔は薄汚れた黒いフードに覆われていたが、よくよく注意してのぞき込めば、白骨の頭蓋骨が見えるだろう。

 その男は、やがてその世界から死神と呼ばれるようになるアンデッドモンスターであり、かつて王国の宮廷付き魔法使いだった『フォークネル』という名の成れの果てだった。


 やがて、白骨の男は寒村と呼ぶにふさわしいまばらな建物の集落にたどり着いた。しかしそこに生気はなく、村を取り囲む策は荒れ果て、その入口へとたどる道の途中には、墓地があった。

 墓地には複数の墓があり、立派な古い墓石もあれば、ただ木の棒を墓標として盛り土に刺しただけのものもあった。何より目を引いたのは、複数の墓穴と、そのそばに刺さっているシャベルと、埋葬されるであろう途中の遺体がいくつか、そのまま放置されている点だった。

 男は村の中へ躊躇なく、おもむろに入ってゆく。かすかな人の気配を感じ取っていた彼は、その気配の発する方向へゆっくりと、的確に進んでいった。やがて、とあるさびれたレンガ造りの家屋の中へ、扉も開いたまま家の中へ入ってゆくと、台所がまず認められた。しかしかまどの火は消え、食器皿は埃を被り、何か食事をしていたような生活の様子は欠片もない。その奥の部屋に行くと、寝台の上に女性が横たわっていた。

 彼女は実年齢以上に老けて見え、重い病のようで、男とは違って息遣いがかすかに聞こえ、それでいて外の様子を気にかける余裕はなさそうなぐらいの重態だった。だが男が部屋に入ってきたとき、わずかに首を動かし、男を見た。常人であれば、身も毛もよだつようなスケルトンが部屋に入ってきて、悲鳴の一つも上げるだろうこの事態に、彼女は全く驚く様子を見せない。そんな余裕もないのだろう。

「あら・・・どちら様?」

「ここはだいぶ廃れた村のようだが、ほかの村人は?」

聞かれたことには無視して自分が知りたいことを尋ねる、生前からの彼の悪癖の一つだった。そんな無礼を彼女は無視して、半ばあきらめたかのように答えを返す。

「村に入る途中で分かるでしょ。村に疫病が流行ってもう誰も外から入ってこないし、今、村のだれが生き残ってるかももうわからないわ。」

そこまで言い切って、彼女は荒く息を整える。言葉を紡ぎ出すのにも死力を振り絞り出していそうな様子だ。

「確かに貴方の他には誰も生きている者はいなさそうだった。」

そういって彼はぶっきらぼうに家を出て行った。


 白骨のモンスターは、通常スケルトンと言われる類のもので、屍術師のような能力者に操られて人を襲ったり何かを守るために配置される場合が大半で、彼のように自分の判断でさまよい出ることはまずない。ましてや彼のように墓穴のそばの地面に刺さっていたシャベルを取り出して、埋葬を待っているほぼ白骨化した遺体たちを墓穴に埋葬するような仕事はしないのだ。(スケルトンを造った屍術師がそのように命令すれば別の話だが。)

 彼は墓場だけでなく、村中で行き倒れ、または寝台で臨終を迎えるなどあちこちに散らばっていた遺体を確認すると、それらを屍術系魔法の一種で動かして、彼自らが追加で掘った墓穴へと誘導し(まったく人気がないのでスムーズにいった。何せ墓穴待ちで遺体が行列を組んで待っているのだから。)、彼なりに丁重に埋葬すると、墓石の代わりに近くに散らばっていた石を積み上げて墓標とした。

 そして、井戸の水を汲んでから彼女の家に戻ると、不器用に台所で火をおこし、お湯を沸かし、村のはずれにあった畑から辛うじて残っていた芋を収穫し、彼が知っている限りの調理の知識と、幸いに台所に残っていた塩で、芋をすりつぶしたスープを作った。

「井戸の水はきれいだった。桶も古かったので、念のため何度も汲み直したが。」

そういって暖かいスープの皿を彼女に差し出す。すでに夕方を過ぎて日が暮れるころだった。

 彼女は何とか半身を起こして、両手に持った皿のスープを少し啜ると、疲れたような笑みを浮かべた。

「ありがとう。もう何も口にできないと思ったの。もう何かを作る体力もなかったから…」

そういってもう2、3口啜ってから、また寝台の上に横たわった。

日が暮れて、暗闇の中にあっても彼は明かりをともすことはなく、彼女もそれに特に何も言わなかった。彼女はもう話すのも億劫なのかもしれない。

しばらく時がたち、寝ていたかと思われた彼女がまた言葉を紡ぎだした。

「骨だけのモンスターさんは何をしに村にいらっしゃったのかしら?」

「特に何も。歩いていたらここにたどり着いただけのことさ。これでも元は人間だから、一応それらしい振る舞いをしてみただけのことさ・・・」

「それはどうも。埋葬された人たちは救われたわね。まあ死んだ後のことなんて知らないけど。・・・それで、モンスターとしてのお望みは?」

「魂をもらいに来た。」


彼女はそれを聞くと、笑った。疲れてはいるが、何かを悟ったような笑み。

「それはたくさん魂を得られそうね。村人全部の魂って、数十人分は下らないかしら?」

「・・・さっき埋葬した分を含め、人間だけで57人分といったところか。いくつかは消えていたり、どこかに飛んで行ったりするのもあるだろうけどね。」

「魂が見えてそうなモンスターさんの言うことだもの、参考になるわね。」

そういって彼女は笑みだけを浮かべる。

「・・・怒らないのか?」

恐る恐る白骨の男は尋ねた。

「今さら抵抗できないでしょ。仮に元気な時だって逃げ回るぐらいしかできなさそうだし。」

聖職者がいれば浄化の儀式なりで追い払うこともできただろう。彼女の諦観は今際だからなのか、生来のものなのかはわからない。

「で、すぐには殺さないの?」

「できないことはないが、そんなことをしなくても魂は集まる。戦争とか、病気とか、干ばつや災害などでね。私は人間に限らず、死んだモンスターや動植物からも魂を集める。」

「魂を集めてどうするの?眺めてるだけ?」

「魂を魔力に換える。食事で栄養をとる代わりのようなものだ」

「そう・・・モンスターさんも大変ね。」

そういって、彼女はまた静かになった。眠りに入ったようだ。しゃべりすぎたのか、身体に熱を持っているようで、男はそれを察すると、きれいな布を探して井戸水に浸し、彼女の額に当てた。


 翌朝、昨日の曇天と打って変わって、滅びた村には朝日が射した。

 彼女は目を覚まさなかった。夜のうちに眠るように臨終を迎えていた。

 男はこんどは屍術を使わず、彼女を抱きかかえて、丁重に埋葬した。昨日の時と同様に石を積み上げて墓標とし、村の周りでわずかに残っていた花をいくつか、手向けた。

 そして誰もいなくなった村で、白骨の男はモンスターとしての本能をさらけ出す。村の中心の辺りに立ち、両手を広げ空に向けてかざすと、目に見えない魂たち、彼女の分を含み、その村とその周りにあった疫病などによって死んだかつて村人だったもの、世話もされず枯れて植物だったもの、動物、家畜だったものの魂を吸い寄せ、抱き寄せた。そして、胃腸も食道も、一切の内臓さえない白骨の口の部分からその魂たちをすべて吸い込み、その朽ち果てた身体の糧とした。

 誰かがその様子を見ていれば、戦慄するとともに、その眼窩の奥に光るものを見たかもしれない。頭蓋骨の奥に何か光るものを宿し、白骨の男は村を後にした。

「結局は私の偽善だ…埋葬も、手向けも。」

そう自嘲しながら、彼はまたさまよいつづける。死者の魂を求めて。


 彼が王宮で獄死し、アンデッドモンスターに転生してから凡そ、十数年後の出来事であった。

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