保護
「シビルさん、元気にしていましたか?」
「まだ別れて一か月も経っとらんからな。元気じゃよ」
ノエラが向ける満面の笑みに、シビルはこっくりと頷いている。そっとしておきたい気持ちもあるけど、今はバロンが心配だ。
「なあ、バロンに会わせてくれよ。ツリーハウスにいるんだろ?」
「だからあの神官はどうするんじゃ」
「そうだったわ。もう面倒だから眠っててもらうか?」
「だ、駄目ですよ! きちんと街まで連れて行って罰を受けてもらわないといけません!」
「いや、殺すって意味じゃないからな? ちょっとばかしいたぶって気を失ってもらうというか……」
「だから駄目ですよ! それは私たちの仕事じゃありませんから!」
ノエラは空中のバルトサールに何かの魔法をかけた。するとバルトサールの体から力が抜けて、首がこくんと垂れる。
「何をしたんだ?」
「眠りの魔法をかけたんですよ。私が起こさない限りずっと寝たままなので大丈夫です」
「そんな恐ろしい魔法があったんだな。なんにせよありがたいけどさ」
俺は闇の束縛を解いて、バルトサールを地面に下ろした。それからノエラの魔法で縄を生み出してグルグル巻きに。さらにシビルが岩の精霊を使ってゴーレムを創り、それにバルトサールを運ばせた。
精霊魔法が大活躍だ。移動には俺が【漆黒の翼】を使おうかと思ったのだが、シビルが帰りに温存しておけと言って止めてきた。代わりに風の精霊魔法で森を駆け抜けることになったのだが……。
結構な速さなのに低空飛行なもんだから、木にぶつかりそうで怖かった。精霊魔法だけあって自然の操作はお手のもの。運んでくれる風が木を避けてくれて、邪魔な草木はシュルシュルと端に避けさせる。
これだけ制御の細かい魔法を三人とゴーレムにかけて失敗しないかヒヤヒヤしたが、安全に素早くツリーハウスまで着いた。ノエラはシビルを完全に信頼していたからか、空中浮遊を楽しんでいたようだが、俺にはそんな余裕はなかった。
多分彼女も精霊使いだから、魔法に対する心持ちが違うんだろう。精霊も見えるから、尚更安心できるのだろうな。ゴーレムには家の外でバルトサールをハグして抑え込ませ、俺たちはツリーハウスの中に入った。
ここに再びやって来るまでに結構時間が経ったような感覚だが、実際にはそんなに経っていないんだよな。毎日が新鮮なことの連続だから色々あったような感覚になってるな。まあ実際色々あったか。
俺たちが扉を開けて中に入ると、一人優雅にお茶を飲んで座っているバロンがいた。その傍にはシビルの眷属である危険な生き物が一匹。三股の尻尾をフリフリしながらもこちらに気付くと、かじっていた木の実を急いで全部口に含んでもぐもぐしている。
はん! お前の食べてる木の実なんて誰が食べるかよ!
「サム! お前のおかげで死にかけたんだぞ! どう責任とってくれるんだよ!? ああ!?」
「無事でよかったよバロン。悪かったって。そんなに怒らないでくれよ……」
「そんなに怒るなだあ!? こちらの方がいなかったら今頃死んでたかも知れねえんだぞ? 文句の一つくらい言わせろってんだ!」
「ご、ごめんて。謝るからまずは座らせてくれよ。な?」
「チッ」
不服そうにしながらもバロンは俺たちが椅子に座るまで待った。それから若干モゴモゴしながらもまた話し始める。
「まあ、なんだ。頭ではお前が悪いわけじゃないって分かってんだ。あのムカつく神官もどきが全部悪い。だが、置き去りにされたときの絶望感と死にかけたときの恐怖は、そう簡単に忘れられるもんでもねえ。ああクソ! どこに怒りをぶつけていいやらわからねえっての」
「あー……それなら事件の首謀者を殴るか? 多少は気分が晴れるかもだろ?」
俺は半分冗談で言ったのだが、バロンは予想以上に喰いついてきた。
「あのクソ野郎を捕まえたのか? 殴らせろ! 今すぐ殴らせろ!」
「ま、マジか? 別にいいけどさ……」
あまりの圧に俺もちょっと引いてしまった。でも良く考えれば、どんなに頑張っても魔物を本来の意味で倒すことができない一般人が、魔物の出る場所に一人置き去りにされたら怖いどころじゃないよな。
ただ森の中に置き去りにされただけでも恐怖を感じるだろうに、すぐそこに死の危険がウロウロしているだなんて考えたくもなくなってくる。




