呑み込む闇
「サムさん、私たちもあのドラゴンを」
「あ、ああ。そうだな。彼らに加勢しよう。どこにいるかわからないけど」
「いえ、あそこですよ。見てみてください」
ノエラが指差した方向は街の門の方向。そこで何かが光っているのが見える。街の外で光を放っているなんて、まあ彼らの仕業だよな。ということで俺とノエラは宿の屋根から下りて、普通に走って門まで行く。
逃げたのか別の場所に行っているのかわからないが、門番のいない門から外に出ると、そこからさらに遠くの方で何かをやっている彼らが目に入った。その頭上には紛れもなく深紅の鱗を持った巨大なドラゴンがいる。そのドラゴンを見たとき俺は――ただただ怖かった。
正直かっこいいとかそんなことを思っている余裕はなく、純粋な恐怖を感じてしまった。さっきは遠巻きだったからそんなに恐怖を感じることはなかったが、割と間近にいるドラゴンを見れば足が竦んだ。
自分よりも何倍も大きな体躯に、堅そうな竜の鱗。真っ黒ながらもハッキリとした輪郭を持つ爪もあり得ないくらいに鋭そうで、自分の体を裂かれるのを思わず想像してしまう。光沢を持ったあの爪が振り下ろされて、横に薙ぎ払われたら、確実に絶命する。
体は簡単に引き裂かれ、殺されてしまうのだ。そんな嫌な想像が俺の足を重くした。ノエラも同じなのか、俺の少し後ろで小さく震えている。その間にもさっきの四人組はドラゴンに向けて遠隔攻撃を仕掛けていた。
斧を持っていた男は背負っていたクロスボウで、翼を狙って攻撃している。ドラゴンはそれを軽く旋回して避けた。その移動先に青いローブの精霊使いの魔法が炸裂する。恐らく闇の精霊の魔法と思われる黒い何かがドラゴンの腹のあたりを包み込んだ。
しかし飛び去るドラゴンにダメージがある様子はない。アメリアは魔術の青い光でドラゴンを狙っている。狙いは悪くないのだが、ドラゴンはどうやってかはわからないがその魔術を弾いていた。
その様子を観察すると、ドラゴンに当たる直前で何かの壁に弾かれている感じに見えた。黄色い司祭衣の神官はメイスから奇跡を行使している。俺には使えない奇跡で光の攻撃を放っている。しかしどれも効果が薄く、光線はアメリアと同じく何かに弾かれ、浄化の奇跡もいまひとつ効果が出ていないようだった。
彼らの勇士を見ながら、俺とノエラは重い足を何とか動かして近づいていく。しかし彼らに到達する前にドラゴンが大きく息を吸い込んだのがわかった。まずい! 俺が直感するのと同じくして、巨大な炎がドラゴンの口から放たれる。
さっき街に飛んできた塊とは少し違って、形を持たないそのままの豪炎が全員に向けて放射された。首をゆっくりと横に振りながら吐き出しているおかげで、かなりの広範囲を炎が荒れ狂う。
俺の奇跡も間に合わず、彼らは炎を直に受けてしまったかと思われたが、間一髪でアメリアが転移の魔法をもう一度使って炎の範囲から抜けたようだ。彼女たちはドラゴンの真後ろに飛ぶ形で転移している。
ブレスの攻撃は躱せたが、さっきまで彼らがいたところはまさに焦土となっており、草原だったところは丸々焼け焦げて黒い煙をあげている。月の光で見えている範囲でこれなのだから、実際にはもっと酷い光景になっているに違いない。
ようやく俺たちがドラゴンを攻撃できるくらいまで、多分八歩先くらいまで近づいた頃には、ドラゴンは飛ぶのをやめて四人組を正面にして地面に降り立った。それで俺とノエラはドラゴンの真横に位置する形になる。
先陣を切って攻撃しにかかるのは斧を持った男。彼はクロスボウを背中に背負い直して斧を両手持ちにし、果敢にも突っ込んだ。ドラゴンはその様子を見ながらも、お互いの間合いに入るまでは後ろの三人に注意を向けていた。
そしてあろうことか、ドラゴンは精霊魔法を使ったのだ。自身の象徴のような炎の精霊魔法。それで巨大な炎の嵐を残った三人の地点に暴れさせる。ブレスとは違って逃げ場もなく、そして不意をつかれたことでアメリアの転移も間に合わなかったようだ。
俺から見ても完全に魔法の範囲にとどまった彼ら三人は――なんとか生きていた。しかしかなりの火傷を負ったようで、全員衣服はボロボロになり、満身創痍の状態だった。
神官の女性のメイスが光っているので、【神聖なる守り】によって一命を取り留めたということらしいが……。これはもう彼らは戦えそうもない。
夜の視界でおぼろげではあるが、彼らはもうフラフラだ。斧を持った男も果敢に切りかかっているが、鱗の堅い場所には刃は通っていないみたいだし、おまけに今、ドラゴンの腕の薙ぎ払いをモロに喰らって吹っ飛んだ。相当マズイ戦況になってしまった。
だが……彼らが時間を稼いでくれたおかげで、俺は安心して全力出力の奇跡を行使できたぞ!
【邪悪なる闇光】
ありったけの力を込めて奇跡を行使すると、俺の邪光ランタンは月の光さえも呑み込んで、いつもよりもさらに広範囲を闇に包み込んだ。その威力は我ながら絶大。
地面に穴が空くかのような鈍い音がして、足元の地面が突如としてなくなり、俺の体は少し下に落ちた。そして凄い手ごたえを感じる。その瞬間に俺は確信した。今まで夜に攻撃系の奇跡を行使したことはなかったが、周りに闇が多いと確実に威力が増している。その証拠に――。
「サ、サムさん……!」
ノエラの驚く声が空しく響く草原には、あろうことか球形に穴が空き、それはそれは大層大きなクレーターができていた。目の前にいたはずのドラゴンは完全に消え失せ、もはや跡形もない。あっ。これは……。
「サム様……」
“我が大司教よ……。一体どうするのだこの穴は……”
「ご、ごめん。ちょっとやりすぎちゃったみたい」
「ちょっとじゃありません!」
神様と天使に呆れられ、その上珍しくノエラに叱られて、俺はさっきまでの緊迫感も忘れてうなだれてしまったのだった。




