清算
しかしその考えも最近になって変わってきた。この機会に過去を清算してはどうかと思い始めているのだ。彼女もずっと逃亡の身では精神的にも良くない。無理に向き合わせるのも良くはないが、ここでうやむやにしてもまた同じ問題に直面することになるだけだ。
それならここでできるだけ彼女の負担を減らしつつ対処するべきではないか。ノエラにはもう少し逃げて力を蓄える時間をあげたかったが、こういう機会でもないと踏ん切りがつかないかもしれない。俺はそう思って宿に戻って話し合えるスペースに行き、彼女に提案した。
「ノエラ、クラーセン家とケリをつけて貴族にならないか?」
「……え?」
「貴族になれる貢献度に到達したこの機会に、逃亡じゃなくて前に進んでほしいと思うんだよ」
「……」
「辛いとは、思う……。思い出したくもないことばかりだろう。でもだからこそ、完璧に乗り越えるために過去にけじめをつけないか?」
「わ、私は……」
ノエラはそれから先の言葉が出なくなっていた。クラーセン家との関係を終わりにしたい気持ちと、過去のことは何も考えずにいたいという気持ちのせめぎ合いが起こっているのかもしれない。進みたいのに進めない葛藤。この状態は恐らくジリジリと彼女の逃げ場をなくしてしまうに違いない。だから俺は誰かを頼ることにする。
「どうなるかわからないけど、まずはセレーヌにこのことを相談したらどうかな。彼女は結構偉いところの貴族だと思うから、そういうことにはそれなりに詳しいんじゃないかと思うんだ。それに彼女なら俺たちに恩があるから悪いようにはしないはずだよ」
「そう……でしょうか」
「そうだよ。万が一ノエラが傷つくような展開になったら一緒にまた逃げればいいよ。他の大陸にでもどこにでも一緒に行こう」
「……はい。そう、ですね」
彼女は少しだけ希望を取り戻したようだ。失敗しても、駄目になってもどこか別の場所に行って再スタートできる。その事実は救いになる。幸い俺たちは四力がある。魔物を倒して生計を立てられるのだから他の地域になり行けば良いだけなんだ。
その考えを共有したら、ノエラの怯えたような声色は確実にやわらかくなった。まあ多分セレーヌならその辺りのことは上手くやってくれるから他の大陸に逃げるようなことにはならないだろう。俺が邪神の神官だってわかったときだってしっかり話を聞いてくれた。彼女ならノエラのことも無下にはしないだろう。
「だからセレーヌに事情を話してもいいか?」
「……はい。サムさんの足を引っ張らないように……」
ノエラは自分が俺の邪魔をしていると思ってしまってるみたいだ。でもこの貢献度の上昇は紛れもなく二人で掴んだもの。特に洪水の件はノエラがいなければこの街自体が危機にさらされて貴族だの貢献度がどうのなんて言ってられなくなったかもしれない。だから――。
「ノエラがもう過去に囚われないように、だよ。向かう先は家のない貴族だけど、少なくとも家があったときより自由だろ?」
「……はい!」
この世界では家がなくても貴族になれるんだ。クラーセン家だのなんだのとこだわる必要なんてないし、ましてや囚われるなんてありえない。だから俺たちは希望を持ってカウォンガワ神殿に向かった。セレーヌは高司祭だろうから簡単には捕まらないかもしれないが……おや、あれは。
「やあブランド。ちょっと用があって来たんだけど、セレーヌはいるかな?」
「お、お前は……。はあ。セレーヌ様ならもちろんいらっしゃるが、お忙しいだろう」
「何だよ、取り次いでくれないのか?」
「……わかった。取り次いでやるが、その前にちょっとこっちに来い」
そういうブランドに連れられて、俺とノエラはあの時と同じようにテーブルと椅子だけの簡素な部屋に連れていかれた。そのままブランドは背を向けて扉を閉め、俺を睨む。だがその次には……。
「悪かった」
「……は?」
「お前を疑ったことも、街中で邪神の神官だとバラしたことも」
「……そっか」
「お、おい。それだけか? もっとこう、何かないのか。こっちは真剣に謝っているんだが」
「いや、だってさ。そう簡単に許せることじゃないんだぞ。あの一件のおかげで街の人には痛い視線で睨まれるし、ゼブルさんが街の真ん中で誤ってくれてなかったら今頃どうなっていたかわからない。何より巻き込まれたノエラの身になってみろ。俺はともかく彼女は完全に被害者だ」
「そ、そうだな。ノエラさん。本当に申し訳なかった」
「……はい。大丈夫です」
「それにお前なあ、謝る気ならもっと早く、そっちから来てくれないと気持ちが本物なのかわからないぞ? こっちが来たからついでに謝るみたいにされたら伝わるものも伝わらないからな?」
「……くっ。そう、だな。済まなかった」
全くこの男は。必死に歯を食いしばる感じでそんなことを言われてもって感じだ。
とはいえ、恐らく本当に申し訳ないことをしたと思ってはいるんだろうな。謝りなさいと上から言われたのなら、恐らく俺の言った通りブランドの方から宿に来ているはずだ。
だからこの謝罪はすべてブランドの意思。悔しそうにしているのは、自分の非を認め難い性格だからなんだろう。