美しき花
俺はノエラに魔物の相手を任せて倒れている人たちに駆け寄った。途中で電撃が迫ってくる気配がしたが、ノエラのことを信じて走り抜ける。辿り着いた木陰にいたのは、登って来る途中で出会ったあの三人組だった。大剣、大鎌、槍を持ったあいつらだ。
全員意識はなく、痙攣しているだけで自らの意思で動いていたわけではないようだ。ここまで来るのに他に人はいなかったしまさかとは思ったが、本当にこいつらだとはな。
はあ。正直ちょっと萎えたが、命は命だ。無下にしていいわけがないので、俺は三人の治療に当たる。一人ずつ治療したのでは遅すぎるので、俺は三人をできるだけ近くに寄せて奇跡を行使する。
その際に傷の原因を調べたが、どうやら精霊魔法の電撃による感電と火傷のようだ。皮膚が黒焦げになっているところもあるし、肉が爛れているところもある。酷いものだ。
それでも外傷であればすぐにでも治療すれば助かるはずだ。俺はそう信じて邪光ランタンを取り出して紫の炎からの治療を始めた。
【暗黒の濃霧】
大きな霧が三人の男を包み込む。完全に呪っているようにしか見えないが、そんなことを思っているような状況ではない。俺は体の内側、傷んでいる内臓も治療するべく、神力の細かい調整に努める。内臓まで傷んでいる場合は一人一人治療して丁寧に治療するのが定石だろうが、そんな悠長なことをしていてはノエラの援護にいけなくなる。
できるだけ彼女を危険な目に遭わせたくない俺は、高度なことをやることによって時間の短縮を図る。負荷をかけすぎないように出力を調整し、体の内側まで霧の神力を伝わせる。正直かなり難しいが、できなくはないようだ。手応えから、ここまでかなり順調にきている。あとは――。
俺が集中していると、湖の方向から、激しい雷の音がする。それに合わせて動く風の音も聞こえる。かなり心配だがここで気を逸らすわけにはいかない。気持ちを落ち着けて邪光ランタンの火を調整する。それから長いこと、ランタンを掲げているような気がする。
だが貴重な時間をかけたおかげで、三人は元の状態まで完全に回復した。濃霧が消え、晴れるのと同時。彼らが目を覚ましたところにバッチリと目があった。三人の視線が俺を見ている。そしてその後――。
「な、お前俺たちに何をした!?」
「クソッ! つけてきてたのか!?」
「これは……いや」
唯一冷静な紫髪が状況を整理した。
「俺たちはイガットを相手にして電撃でやられたはず。一瞬だったが、確かに電撃が体を貫くのを感じた。だが生きてる」
「てことはお前が――俺たちの治療をしたのか?」
「だが見てみろクリフ。こいつのランタンは紫の炎を燃やしてる。まともな神官じゃなさそうだぞ」
ああそうだよ鎌野郎。俺は光の神の神官じゃない。でも治療くらいきちんとできるっての。感謝しろよな。
「それよりもイガットは――」
しまった。こんな馬鹿どもに構っている暇は――。そう思って俺が湖の、ノエラと魔物がいる方向を見ると、ノエラは魔物の攻撃に華麗に対処していた。大きな水の弾を放ってくるイガットの魔法を、同じく水の精霊魔法で完全に無力化している。さすがだな。戦ってる様も綺麗だ。
しかし彼女はそれだけでは終わらなかった。確かな強さを持った目で、ノエラは精霊魔法を詠唱する。
『凪ぐ風に唄う鮮やかな音の葉。その旋律を囁き体現して!』
彼女の周りに現れる緑の棘。美しいにも拘らず命を奪う毒を持つ悍ましい花。ノエラはその植物の棘を次々に生み出して、魔物にそれを差し向ける。小さいから大したことはないと判断したのか、魔物は浮かばせた水でその動きを止めようとしたが、彼女の霊力を乗せた棘はそれをいとも簡単に貫通する。
それが予想外だったのか口元に生えたヒゲを動かしながら魔物は体をくねらせた。しかし大きな身体でノエラの攻撃をすべて避けるのは難しく、いくつかの棘が魔物に刺さっているのが見えた。終わった。その瞬間に俺は確信した。
ノエラが全力で霊力を放っているのを感じる。神力とは違う力だが、何らかの力が放たれているということくらいはわかるのだ。そうすると魔物の動きは急速に鈍っていき、ついには浮いていることができなくなって湖に高い飛沫を上げて落ちていった。
それから少しすると、完全に息絶えたイガットが浮いてくる。彼女はどうやら魔物を一人で倒してしまったようだ。すごいな。俺の援護なんて必要なかったのか。俺は治療した三人のことなど放っておいてノエラの元に駆け寄った。
「やっぱりノエラはすごい精霊使いだよ。強くなってる魔物に精霊魔法の撃ち合いで勝っちゃうんだからな!」
「そんな。だけど、ちゃんと一人で倒せました……!」
「ああ! やったな!」