薬師の苦悩
次の日、俺とノエラは再び四力統治塔に行って仕事を探していた。俺が宿の名物になってバロンの宿を繁盛さるためではなく、人助けと月の暴走を止めるためだ。
前と同じように掲示板を見漁っていると、比較的古めの依頼が目に付いた。仕事の内容は植物の採取を行う依頼人の護衛。どうやら貴族たちはこういう依頼は好みではないらしく、先日この掲示板を見た時も張り出されていたような気がする。単純に地味な印象なのが気に喰わないのかもしれない。
会ってもいないがこの依頼人のことが少々気の毒に思えてしまい、俺たちはこの依頼を受けることにする。もはや三度目の仕事の請け負いなので慣れてきて、一連の手続きの内容も覚えてきた。手早くそれらを済ませてから、俺たちは依頼人の家に向かった。
今回の依頼人の家は住民街の端っこにあり、あまり裕福な印象ではない家屋だ。この街の住民は意外と余裕があるのかそんなにみすぼらしい家は多くないのだが、ここは残念ながら周りとは違っているようだ。俺はとりあえず古い家の戸をノックする。
するとすぐにほんの少しだけ扉が開いて、一人の少女が出てきた。前髪をパッツンと横に切りそろえ、ボブカットの形で周りも整えてある。彼女は俺たちを見るや否や、白ぶちの丸眼鏡を右手の人差し指で押し上げて上目遣いで様子を伺ってくる。この反応、恥ずかしがり屋のようだ。
「やあ。薬草採取の護衛の依頼を受けてきた神官のサムと精霊使いのノエラだ。まだ依頼は有効かな?」
「は、はい。ひ、引き受けてくれたんですね」
「ああ。君の名前は?」
「ヴィサと言います」
「ヴィサね。よろしく。依頼の内容を確認したいんだけど、話せる場所はあるか?」
「ええっと。ちょっと待っていてください」
彼女は少しだけ開いた扉の中に消えていき、それから数十秒後にまた顔を出して、恐る恐る俺たちを家の中に招き入れた。少女の家はとてつもなく狭い。だがそれは実際の家の空間が狭いというよりも、沢山の植物が干されていたり、釜のような何かの中に大量に保管されていたり、はたまた器に土を盛ったところで栽培されていたりと植物で埋め尽くされているが故の狭さだ。
かろうじて座れる椅子とテーブルが部屋の中央にあるが、他には場所がなく俺とノエラとヴィサの三人が座ればもう満員だ。アンヘルは空を飛んではいるが、天井から吊るされた植物が邪魔そうだ。
「ここに座らせてもらうぞ。さて、植物採取の目的地は東の方角にあるガモットダモの森だったか。あれ、でも東の方向にもマングココラムの森が広がってたような?」
「あ、いえ。マングココラムの森とは隣接してますが、違う森なんです。しょ、植生が全然違うんですよ」
「へえ。そうなのか。面白いところだな」
「そうですね。精霊の影響なんでしょうか?」
「そ、そうかもしれませんね。ぼ、僕には精霊のことはわかりませんが」
「となると目的地は三.四時間くらいのところにあるってことかな。あ、俺たちも植物の採取はした方がいいのか?」
「い、いえ。僕が採取しますので、魔物から守っていただければ……」
「そうか。俺は植物のことは何にもわからないから助かったよ。ところで君は薬師か何かなのか?」
「はい。僕は薬師です」
「一人でやってるのか?」
「そうですね。僕一人です」
「そりゃあ大変だな。女の子一人だと苦労も多いだろ?」
「えっ?」
「えっ?」
ん? なんで聞き返されるんだ? 俺何か変なこと言った?
「あ、あの」
「はい」
「ぼ、僕は男です……」
「…………ええっ!? マジ?」
「はい。マジです」
「ご、ごめん。全くこれっぽっちも全然悪気はなかったんだ」
「サムさん……」
俺の酷い慌てっぷりにノエラは呆れかえっているようだ。仕方ないだろ。ごく自然に女の子だと思ってしまったんだ。俺に罪はない……はず。
「だ、大丈夫です。気にしてませんから……」
めっちゃ気にしてるじゃん。超してるじゃん……。そんな露骨に反応しながら否定されても説得力ないからな? ああ、やっちゃったあ……。
「ホントごめんなあ。あまりにも可愛いもんだからつい……」
「……」
「あっ。可愛いって言われるのは嫌だったか?」
「い、いえ。大丈夫です……」
次々に地雷を踏み抜いていく俺に、アンヘルが悍ましい爪のある手を肩に乗せてくる。何だその手は。ええい! 俺は悪くないぞ!




